第2話

雨上がりの午後、街はどこか洗い流されたように静かだった。

濡れたアスファルトの上に、青い傘が一つ、ゆっくりと近づいてくる。僕はその横を通り過ぎようとして、ふと立ち止まった。


「……落としましたよ」


そう言って差し出されたのは、僕のノートだった。さっきカフェでうっかり椅子に置き忘れたものだ。拾ってくれたのは、見覚えのない女性だった。


「ありがとう。……よく気づいたね」


「このページ、開いてたから」


彼女が指を差す先、ノートには走り書きのような言葉が残っていた。

“あの子の目がまだ、頭から離れない。”


思わずノートを閉じる。恥ずかしさよりも、何かを読まれてしまった感覚が強かった。


「……他人のノートを覗くの、趣味?」


「違うよ。…でも、書きたくなるくらい好きだったんだね、その子のこと」


彼女の声は不思議とまっすぐで、嫌味も探りも感じなかった。ただ、僕の気持ちにそっと触れてきただけだった。


「もう終わった話だよ」


「それでも残るのが、“ほんとの好き”ってやつじゃない?」


小さな沈黙。僕は言葉を返せなかった。ただ、彼女の青い傘の内側に差し込んだ光が、雨上がりの空と同じ色をしていたことだけは、なぜかよく覚えている。


「コーヒー、もう一杯いける?」


不意に彼女がそう言った。意味がわからず顔を見ると、少しだけ笑っていた。


「さっきのカフェで、でしょ? あなたが座ってた席、隣だったから」


僕は一瞬だけ迷ったけれど、すぐに頷いた。

本当に、ただコーヒーを飲むだけかもしれない。だけどそれでいい。始まりなんて、そんなもんだろう

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