第40話 涙の本音
「ココロ?」
首を傾げ、愛実を見るが、絶対に譲らないという強い意志を感じ、コウショウから距離をとったところで優しく下ろした。
揺れる床に足を突けると、思っていた以上に床が大きく波打っており何度も転びそうになった。
「やはり、また抱えようか」とコウヨウが問いかけたが、「大丈夫」と一点張り。コウヨウから離れ、怪訝そうな顔を浮かべているコウショウを見た。
「――――コウショウさん。コウショウさんも、ここから逃げましょう?」
「…………はぁ?」
逃げようとしている二人を止めるコウショウに、まさか手を伸ばすとは思っていなかった。
コウヨウも愛実の言葉には驚き、目を開く。
「コウショウさん。貴方はただ、諦めているだけですよね? ここにいたいから、ここが好きだから私達を止めている訳じゃないですよね?」
愛実の質問に、コウショウは答えない。
それを、彼女は肯定と受け取る。
「辛かったですよね――……」
まだ、言葉を続けようとしたけれど、それはコウショウの悲痛の叫びによりかき消される。
「簡単に言葉にするな!!」
「っ!」
豹変したコウショウに、愛実は一瞬狼狽える。
けれど、すぐに気を引き締め、口を開いた。
「そうですよね。そう簡単に、口にしてほしくないですよね」
「なにが、言いたい…………」
「言いたいことが言えない気持ちは、少しだけわかるんです」
そこから愛実は、悲し気に視線を落とし、ポツポツと言葉をつむぐ。
「私も、言えないんです。怖いから、我慢すればいいと思って、ずっと言えなかった。でも、私は、コウショウさんの気持ちをわかるとは、言いたくない」
顔を上げ、愛実は言葉を繋げた。
「だって、コウショウさんやコウヨウ、アネモネは、私より何十倍も苦しくて、辛い思いをしているから。私では想像できないほどの、辛い思いを抱えていると思うから」
コウヨウもコウショウも、何も言わない。
「さっき、私が言いたかったのは、辛かったですよねという、軽い言葉だけで終わらせたくないということです」
床を踏みしめ、愛実はコウショウに手を伸ばした。
「辛かったですよね、悲しかったですよね。そんな言葉より、コウショウさん達は何十倍も頑張ってきた。私みたいに怖くて言えないんじゃない。言いたくても、言わせてくれなかった。私は弱いから言えなかったけど、コウショウさん達は上からの圧力により言わせてくれなかった。そんな人に、私は軽々しく、わかっているような風な言葉を言いたくないんです!!」
徐々に声が大きくなる愛実に、コウショウは聞いた。
「だ、だったら、何をするというんだ…………」
「――――助けたい」
愛実の声が、震える。
見ると、彼女の綺麗な瞳から、透明な涙が零れ落ちた。
その瞳から流れる涙に込められている思いは、一つ。
「今までつらい思いをして来た貴方を、私は助けたいんです!! 言葉だけで終わらせたくない。行動で貴方を説得して、助けたい!」
愛実の言葉に、コウショウは歯を食いしばる。
何も言えず、拳を握った。
揺れる床を歩くと、慣れていない愛実は何度も転ぶ。
けれど、コウヨウが何度も手を伸ばそうとするがそれを止めた。
ここで助けを求めたら、コウショウに本気は届かない。
「お願いコウショウさん! 私の手を、握ってください!! 一緒に逃げましょう!!」
愛実が必死に訴えるが、コウショウは手を伸ばさない。
歯を食いしばり、拳銃を握る。
「…………」
「コウショウさん!!」
愛実の叫びは虚しく、コウショウは握った拳銃を上げ、銃口を二人に向けた。
刹那、発砲音が響き渡る。
愛実は動けない、コウショウが手を伸ばすが、間に合わない。
――――カキン!! ドカン!!
「な、なにが……!?」
弾は、なにかによって弾かれ、愛実には当たらなかった。
何が起きたかわからないコウショウの天井には、斧が刺さっている。
フワッと、スカートが闇の中を翻す。
気配に気づいたコウショウは、後ろを向いた。目の前には、斧が振りかぶる。
「っ!?」
何も口に出せず、反射で避ける。
皆、何が起きたのか理解できていない。
そんな中、波打つ廊下に一人、撫子色のハーフアップを揺らし、斧を握りしめる女性が立った。
「――――どういうつもり? アネモネ」
そこには、死んだはずのアネモネが斧を片手にコウショウを睨み、立っていた。
「アネモネさん!!」
愛実が笑顔でアネモネを呼ぶ。
彼女は、斧を握り直し、床を踏みしめコウショウから目を離さない。
「ココロ様、コウヨウ。ここは、私に任せてください」
「え、それって、どういう…………」
愛実が困惑していると、アネモネが自身のスカートの丈をおもむろに引きちぎった。
「なにをっ!?」
裾が短くなる。それにより、動きやすくなったアネモネは、今度は靴も脱いだ。
「コウショウ。私、思うの。こんな世界、長くは続かない。必ず終わりが来る。それなら、ここで終わらせても、いいんじゃないかしら」
靴を脱ぎ放り投げたアネモネは、藍色の瞳を光らせコウショウを見た。
殺気の込められているような、射抜く視線にコウショウは息をのむ。
「アネモネ、裏切るつもり? 今までより酷い目に合うかもしれないよ? もう、死にたくても殺してくれないほどの、苦痛を味わうかもしれないけど、それでもいいのかい?」
脅すような言葉に、アネモネは一瞬体を震わせた。
けれど、不安そうに自分を見てくる愛実を見ると、ここで怖気づく訳にはいかない。
「――――確かに、これはアイ様を裏切る行為。なにをされても仕方がないと思うわ。けれど、それでも私は、ココロ様にはここにいてほしくないの」
アネモネの言葉に、愛実は目を大きく開く。
「私、ここの世界での暮らしは、本当に苦しいの。なんで、こんな場所に連れてこられなければならなかったのかと、恨んだこともあった」
アネモネの声には怒気が込められ、恨みが込められる。
「私、生きていた時でもいじめられて、捨てられて……。自殺して解放されたかったのに、こんな世界に連れてこられて……。死なせてもくれなくて。本当に苦しくて、辛かった」
視線を下げ、斧を握る手を震わせる。
「もう、絶望の毎日。何も期待できなくて、希望もなくて。そんな時、ココロ様が私に笑顔を向けてくれた。楽しそうに話してくれて、私が来るだけで笑顔で出迎えてくれる。それだけで私は、本当に心が救われたの」
アネモネの本心を聞いて、愛実の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
嗚咽が漏れる。でも、ここで泣いても意味は無い。
せっかく、アネモネが時間を作ってくれる。
今は、アネモネの気持ちを裏切ることなく、走るだけ。
コウヨウが愛実の背中を撫でると、すぐに涙を拭き顔を上げた。
「アネモネさん、また会いましょう」
「えぇ、今度は、もっと恋バナしましょうね」
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