第39話 不安な説得

 床が波打っているとは思えない程、揺らぐほど前へと進む。

 すごいと思いながら愛実は、コウヨウが何を企んでいるのか聞いた。


「さっき、好都合だって言っていたけど。それって、どういう意味?」


 チラッと愛実を見ると、また前を向き口を開いた。


「アイ様も創設者といえど、大きな屋敷を動かすとなると体力を多く使う。だから、屋敷の操作は一つしかできないと言っているんだ。今、床が波打っているということは、他の操作は出来ない。扉を隠していた場合、今はむき出しの状態な可能性がある」


 最後まで聞いた愛実は、コウヨウの言いたい事がわかり目を輝かせた。


「創設者でも全知全能ではない。隙を突けば、抜け出せるんだ!」


 二人は、少しの希望を頼りに、走り続けた。けれど、そう簡単に逃がしてはくれない。

 それは、アイだけではなかった。


 屋敷の曲がり角、波打つ床を踏みしめ、一人の男性が拳銃を構えていた。

 銃口を向けてる先は、愛実。


 ――――パンッ


 放たれた弾は、真っすぐ愛実に向かう。

 だが、当たる直前でコウヨウが気づき後ろに跳び引いた。


「なに!?」


 曲がり角へと振り向くと、そこには予想外な人が立っており、二人は驚愕。目を開き、言葉を失った。


 二人の視線を受け止め、発砲した人物は、いつものヘラヘラした笑みを浮かべながら揺れる床を瑠き、二人の前に立ちふさがった。


「やぁ、コウヨウ。また、無茶をしているみたいだね」

「…………コウショウ…………」


 闇から姿を現したのは、コウヨウと同じ世話係をしていたコウショウだった。

 銃口からは、硝煙が上がっている。それだけで、コウショウが愛実に向けて発砲したんだとすぐに分かった。


「駄目じゃないか、コウヨウ。アイ様を怒らせては……。ココロ様を危険な目に合わせたいの?」

「確かに、危険な目に合わせてしまっている。だが、危険から逃げていれば、この場から抜け出せない。それは、本来の意味で守れたとは言えない」


 愛実は、コウヨウが自分のことを本気で考えているんだと思い、目尻が熱くなる。


「だから、悪いが、邪魔をしないでもらえるか?」


 最後まで言い切ると、コウショウは肩を竦め「やれやれ」と呆れた。


「まったく……。僕はここで君を殺したくはないんだけど、仕方がないね。僕は、アイ様には従わないといけないからね、君達二人を止めさせてもらうよ」


 拳銃を構え、銃口を向ける。

 その瞳は虚ろで、コウショウの意思を感じない。


 そんな瞳を拳銃と共に向けられ、愛実は恐怖と共にもう一つ、疑問が芽生えた。

 聞きたい。けれど、聞いてもいいのだろうか。


 今、聞くべきことではないかもしれない。

 そう思うと、声を出せない。


 口をパクパクとさせている愛実を見て、コウヨウはコウショウに聞こえないように小声で「言いたい事があるなら言え」と、伝えた。


「――――こ、コウショウ、さん」

「いかがいたしましたか、ココロ様」

「コウショウさんは、ここから出たくないんですか? ここから出て、自由になりたくはないんですか?」


 愛実が質問すると、なぜか急にお腹を抱え笑い出した。

「あっはっはっはっはっ!!」と、コウショウの笑い声が響き渡った。


 なぜ、そこまで笑うのかわからない二人は、何も言えない。

 コウショウが落ち着くまで待っていると、涙を拭き姿勢を正した。


「はぁー。いや、笑った。ここまで面白い質問をしてくるとは思わなかったよ、ココロ様」

「お、面白い?」

「はい。しかも、真面目に聞いていますよね? ふざけてでは、ないですよね?」


 コウショウからの言葉に、愛実は怪訝そうな顔を浮かべた。

 どういうことか理解できず、またしても言葉が詰まる。


「僕は、もう何十年ここにいるかわかりません。最初は確かに、逃げたいと思ったり、辛い時もありました。でも、逃げられない。アイ様が、逃がしてくれない。そう思っていると、もう、何も思わなくなってしまいましたねぇ~」


 クスクスと笑いながら言うコウショウが、今までどんな生活を送ってきたのか、どのような気持ちを抱いて世話係を全うして来たのか愛実にはわからない。


 けれど、同じ立場で生活して来たコウヨウなら、今のコウショウの言葉を理解できるだろうかと、愛実は彼を見た。


「…………そうだな。確かに、ここにいると感情がなくなるのも無理はない。俺もそうなる手前だった」

「…………その子かな、君を変えたのは。昔の知り合いとも言っていたしね」


 コウショウの言葉に、愛実は目を丸くした。

 愛実は、コウヨウが昔の少年、紅葉だと気づいたのはついさっき。白い布が摂れてしまった後。

 けれど、コウヨウは愛実がここに来てからずっと知っていた。覚えていた。


 それを、コウショウに話していた。

 そういう事だろうかと、愛実は唖然とし、コウヨウを見続けた。


「――――いや、変えたんじゃない。君は、ココロ様を見て、最初から逃げ出すことを考えていた。絶対に、ココロ様をここから抜け出させてやると、考えていたね?」


 さっきからコウヨウは、何も言わない。

 無言を貫いていることから、コウショウの言葉を肯定しているように感じ、愛実も何も言えない。


「まぁ、何も答えないならそれでいいよ。僕は、君を止める。止まらないのなら――――殺すだけだ」


 拳銃を構え、発砲。

 愛実を抱えながら、コウヨウは隣に跳んだ。


「コウショウ! このままアイ様に従っていても、そのうちこの世界は終わる! この戦いに意味なんてないんだ!」

「そんなことはない。アイ様を守り続ければ、この世界は回り続ける。終わりなど存在しない!」


 発砲し続けるコウショウの動きを見て、コウヨウは全てを見切る。

 愛実を抱えているとは思えないほどに軽快に動き、すべての弾を避けた。


 愛実は、コウヨウに抱き着き、振り落とされないようにする。


「もう、諦めなよ、コウヨウ。どうせ、不可能なんだから」

「俺は諦めない。必ず、ここから逃げて見せる」


 だが、コウヨウは出来ればコウショウと戦いたくない。

 説得するだけで終わらせたい。


 そう思うが、コウショウの気持ちもコウヨウは理解できる。

 口ではここから抜け出して見せると言っているが、不安がないわけではない。


 アイがどれだけ強いのか、この世界に本当に出入り口があるのか。

 わからないことだらけで今、コウヨウは微かな希望だけで動いている。

 説得など、不安が含まれている言葉では無理。


 どうする――――そう考えていると、愛実がコウヨウの肩を叩いた。


 見上げると、愛実の茶色の瞳と目が合った。


「コウヨウ、私を下ろして」

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