レンリ・クラークは勇者の導き手である。国に帰るのは本意じゃない。
ブレイブを待つ間薬草ちゃんの相手をして、しばらくすると待ち人は帰ってくる。私のブレイブは私の勇者なので、多少遠く、目の届かないところに行ってしまったとしても、必ず帰ってくる。予想外の出来事で帰ってこないようなものなど、私の勇者にふさわしくない。よって、信じて送り出した我が子が無事に帰ってくるのは論理的に考えて当然なのだ。
それはともかくとして、いつも一緒にいるのが当たり前だった我が子と離れるのはやはり寂しいものであり、戻ってきてくれたことに安堵するのも普通のことである。森の民である私がこんな普通の人の親のような考えをするのは少し愉快であるが、それほどおかしいことでもないのかもしれない。
ブレイブの無事に喜んでいる私に対して、何かしらの罪悪感のようなものを抱いているらしい少年の姿を目に入れて一安心しつつ、我が子の心残りがなくなったことで心置きなく街を出る。もちろん夜逃げではなく、お世話になった人たちには挨拶してからだ。……私がお世話になったのなんて薬草ちゃんたちくらいだけど。
よそに行くと伝えれば、すぐに理解を示してくれた薬草ママとは異なり、まだ幼い薬草ちゃんは受け入れてくれるまでに時間がかかった。“なんで”から始まり、“嫌だ”“もう少しだけ”と拒絶と譲歩をかけてくる。今から別れようというタイミングで見せられるには非常に罪悪感を掻き立てられる姿で、本人曰くあまり仲良くないらしいブレイブも同情的になってしまった。
“もう少しくらいこの街にいてもいいんじゃないか”なんて言い出すブレイブと、その言葉に乗っかろうとする薬草ちゃん。先に別れを告げずサプライズにしたのは、こうなる気がしていたからでもあるので、私としては特に思うところはない。……嘘だ。やっぱりもう少しくらいいてもいいかなと思い始めている。
けれどそうしてしまうといつまでたっても出れなくなってしまうので、心を鬼にしながら“人差し指の女神様から使命をさずかっている”と伝えて、そのためには旅をしなくてはいけないのだと説明する。普通の人が同じことを言ったら、“こいつは頭がおかしくなったのか?”と思われるような説明ではあったが、私は人差し指様の祝福たる回復魔法を使える人間で、それでいながら教会所属でも押し付け辻ヒーラーでもない異端者である。この世界の回復魔法使いは必ずどちらかに分類されるものだから、そうではないというだけで私の異常性は存分にアピールできているわけだ。
たとえどれだけ世間知らずな少女であっても、一般的な回復魔法使いのことは知っている。うちのブレイブは少し前までそんなことすら知らなかったが、うちの子は例外だ。世俗から切り離されて育った子供なんてものは、比べちゃいけない対象である。そして、そのレベルの例外ではない薬草ちゃんは、当然のように人差し指様の信者だった。
そうなれば、目の前の少女にとって、目前の私は聖人のようなものである。直接神の言葉を聞き、使命を授かったやんごとなき存在。神様が実在する世界で、その神様の信者が、わがままを言えるような存在ではない。……うちの女神様は私に対してシャイだから、言葉をきかせるのではなく背中で読ませてきたけどね。
そうやって幼い少女の気持ち、感情を押さえつけて不満を飲み込ませたら、薬草ちゃんは涙ぐみながら快く送り出してくれるようになった。“また来てね、次にくるまでに立派な宿屋さんになってるから!”と半泣きで一方的な約束をしてくれた子供の成長の著しさには、私も涙が出そうだ。ブレイブはもらい泣きしていた。やっぱり仲良しだね。
ブレイブが絆されてここに残ると言い出しにくいように、前もってほかの知り合いたちに別れを告げさせておいた自分の先見の明を誇らしく思いながら、少女にまたねと手を振る。この街にこれ以上の用はないので、私の推測だと今後ブレイブが勇者になるまで戻ってくることはない。つまり次にここに来るとすれば私は聖剣に成り果てた後なので、事実上今生の別れになるのだが、それを教えると本泣きされるだろうから黙っておく。大人とは汚い嘘をつくものである。……仮にも神の使いが嘘をつくとか世も末だな。そういえば人の世は終わりが近いのだからあながち間違っていないかもしれない。
薬草ちゃんからもらい泣きをしつつ、それを隠そうとしているブレイブを見て温かい気持ちになりながら別れを急かすと、可愛い我が子は“泣いてない!”と言いながら袖で乱暴に涙を拭い、別れの挨拶をした。あとから聞いた話だと、“男は簡単に涙を見せるものじゃない”と冒険者の先輩方からありがたい言葉を貰ったらしい。せっかく人間には泣く機能があるんだから、十全に活用すればいいのに。そう思ってしまう私は既に人として大切な何かを失っているのかもしれないが、普通に暮らしていて無くすようなものならそれほど大切ではないだろう。
私の精神とは異なり順調に成長しているブレイブの情緒に安心しながらラチリスの街を出て、宿屋で聞かせてもらった話の実情を確認する。本人から聞く話と、私の認識の中でのブレイブを一致させる必要があるからだ。全てを確認することは難しいかもしれないが、ある程度確かめて、それらの相違を知っておけば、それ以外のものに関してもある程度想像することが出来る。
そして実際の仕上がりは、私の期待以上のものだった。基本的な歩き方や動き方など、私が森の中で教えこんだ技術はそのままに、意識の向け方等が平原に合わせてアップデートされている。“色々教えてくれる優しい先輩”達は、本当に教えてくれていたのだ。そばにいれなかった私としては、ありがたい限りである。
街に残してきた恩人たちへの感謝はさておき、今後の予定だ。私の当初の予定では、ブレイブの技術をそれなりに高めてから、あとはメンタル面の調整により目標を達成するはずだった。けれど、冒険者たちのおかげでブレイブは想定を超える成長を見せてくれたので、大幅な過程のカットができるようになった。特に、私の決めたことに逆らった事実は大きい。素晴らしき自我の芽生えだ。
自立性と呼べるものの片鱗を見せたブレイブが、次に獲得するべきものは仲間である。将来的には味方ユニットから装備にクラスチェンジする私とは異なり、脱落することのない仲間。信頼することが出来る仲間。そういうものに、私はなれない。だから作る必要があって、それが手に入る場所に、私は心当たりがあった。
「次の目的地は、森を挟んで反対側にある国、クラーク王国だ。食べ物も美味しくて、人々も優しい、いい国だよ」
“実はちょっとばかり縁もゆかりもある場所なんだ”とアピールしながら説明をして、ブレイブの頭に情報を流し込む。あの国がどれだけいい所なのかとか、あそこに行くことで手に入るであろうものとか、聖剣の材料に心当たりがあるとか。頭の中からアピールポイントを引っ張り出して伝える私は、客観的に見れば地元愛が強い少女のようである。私に愛せるような地元はないのにね。森の民の里は“愛しい地元”と呼ぶには合わな過ぎた。
私のアピールがこうをなしてか、話しているうちにブレイブはクラーク王国に興味を持ったらしく、あの国がどんなところなのか聞いてくる。これから自分が行く場所について、すぐ近くに有識者がいるのであれば、教えてもらおうとするのは自然なことだろう。私が逆の立場でもそうする。……となると、ブレイブがクラーク王国について質問してくることと、私のアピールには直接的な関係は薄いのかもしれないな。自分で考えて悲しくなってきた。
クラーク王国の成り立ち、不老の相談役やそれにまつわる信仰の話など、今のブレイブに聞かせる必要のない内容は軽めに流して、私は一通りの説明を終える。詳しく理解しようとするなら、あの国の根幹とも言える信仰について触れないことは出来ないが、そうでなければわざわざ話す必要はない。どうせ着いたら直ぐに知ることになるのだし、私にだって羞恥心がある。例えそれが事実でも、“お母さん実は昔神様みたいに崇められてたの!”なんて言いたくない。ついでに叶うのならば王国にも行きたくない。
むろん、私の個人的な欲求をブレイブの育成に噛ませるようなことはしないので、行くべき環境になれば迷わずに行く。そして今はそんな状態なので、今更目的地の変更はない。ただ私が、嫌だなと思い続けるだけである。気が重くて、乗らなくて、進まない。だって私がそのまま
「なんか、王国の話をする時の母さん、すごく優しい声だね」
帰りたくない理由も、文句も、いくらでも湧いてくる場所なのに、不思議と悪口や悪態は思いつかない。ということは、つまりそういうことなのだろう。私が自分の命を消費してでもストゥルの民を守りたいと思うようになった原因であり、私の旅の終わりの地であるあの場所を、口ではなんと言っていても気に入っていたのだ。少なくとも、我が子に見透かされてしまう程度には。
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