第2話 涙色の酒

「エミル、おい!エミル!」

「あっ!じいちゃん。」

 肩を揺すぶられて俺は目を覚ました。


「ちょっとの間、店番を頼んだだけなのに、居眠りとはな。」

「眠ってなんてないよ。」

「そのヨダレは何じゃ?」

 あれ、ヨダレ垂らしてたかな?カウンターの木の匂いがする。あー糸引いてら。

 

 俺の名前はエミル。エミル・Dダイアナ・アサネ、27歳。職業は・・・ああ、無職だ。

 この春まで、冒険者なんてことしてたんだけど、足を怪我しちまってあえなく廃業だ。

 世間は厳しいね。まともな仕事をしてこなかった上にこの足だ。仕事がみつからねえ。


 それで今は、母方のじいさんの家に転がりこんでバイトだ。兵隊と違って退職金なんかねえからな。冒険者には。


 じいちゃんの店は、ここサーナ国で一番大きい町、ラーナリーにある装具店だ。アウロンド装具店という。


 武器、防具、道具それに各種薬の販売、買取、鑑定そしてクエスト案内の下請けなど手広くやってる。


 それに、じいちゃんは品物に魔術付与エンチャットや逆に解呪ディスペルもできる。実はこの町一番の腕利きだ。


 俺?俺は・・・何にもできねぇ。子どもの頃から店番はしてたけど、15の時に飛び出して冒険者になってケガして終わりだ。・・・情けねえ。だから店番やってるのさ。恥ずかし気もなく。


 しかし、じいちゃんは言ったもんだ。「ああ、おかえり。待っとったぞ。」

 なんだそりゃ、預言者か?


 しかし、夢とはいえ嫌なこと思い出しちまったな。

 俺は、前の人生の記憶がある。転生者ってやつだ。


 あの日、息子が因縁の鎖を切ってくれて、魂だけになって生まれ変わった。


 ありがとうな。でもこっちでも、あんまりパッとしなかったかな。父ちゃん。



 呼び鈴が鳴ったな。

「いらっしゃい!んっ?」

「おお、居やがった。エミル、似合ってんじゃねーか。店番がよ。」

 アカロ、冒険者だ。組んだことはないが、たまに絡んでくる嫌なやつだ。

「おめーーさんの元パーティ、おめーの代わりに新しく入ったやつがさ、ちょーデキるやつでさ。大躍進してるぞ。」

「ご用件は?」

「んあぁ?まぁ聞けって、おめーが足引っ張ってたって持ち切りだぜ。おめーがいない方がよく回るってよ。」

「要件はないのか?」

「んだよ!客に向かってその口の利き方は?あん?」

 まったく、面倒くさいヤツだ。つまみ出すか?

「まぁいいや!買い取ってくれや!」

 袋から何か取り出す。ナイフか?

 刃渡り15cm、地金はダマスコだな。手入れも行き届いている。柄と鞘の意匠は・・・孔雀バーヴォか。柄尻に琥珀アンブロ、キラキラと粒があるけど何の欠片だろう。

 ともかくこれは、コイツが持ってていいもんじゃないぜ。

「じいちゃん、買取だ!」

「ああん、どれどれ。」

 じいちゃんが、虫眼鏡を取り出した。この虫眼鏡凄いんだよ

「銘は百鳥王妃バーヴォレギーノか、あぁあぁ、ふむ。装備しているだけで抜刀なしで風系の魔法なら術者の魔力を2割増ししてくれる。琥珀アンブロに宿したその羽の粉末に魅惑チャームの効力あり。戦闘用ではないな。固有技はない。しかし高貴な女性の護り刀でぇ・・・持っていた人物としてはぁ・・・。」

「おい、じいさん!そんなことはいいんだよ!いくらで買い取ってくれるんだい!」

 じいちゃんがアカロを見つめている。

「・・・買わないよ。だってコレ盗品じゃもの。」

「証拠はあるんかコラ!」

 さてと、準備しようかねぇ。足は痛いから棒ねえかな?あぁあの安い槍でいいかぁ。

「だって、ナイフがそう言っとる。盗まれた家に問い合わせようか?三日前に賊が入っておる。」

 あっやっぱり逃げるんだね。俺は床板の間に槍を差し入れた。

 アカロは盛大にコケてくれた。ナイフを放り出して逃げた。さて、衛兵に連絡しようかね。


 その夜、喫茶むらさめ。

 エミル行きつけの店だ。夜は酒も出してくれる。木を基調にした温かい雰囲気の店だ。


「はい、いつものマグダラのマリアよ。それで、どうなったの?」

 カウンターの中の美しい紅い短髪の女性がグラスを差し出す。その酒は深く蒼い涙色だった。


「うん、やっぱり盗まれてた。」

 あのナイフは、じいちゃんの鑑定だと300万Cジークロ、元の世界でいう300万円はくだらないそうだ。

 でも、金の話はよそう。酒がまずくなるし、彼女も聞かないだろう。


「クエストで手に入れたものではなかったのね。その人捕まったの?」

「まだ逃げてるらしい。まぁ、所属パーティは分かっているからね。廃業だろうよ。」

「また、少し街が荒れてるのかしら?」

「俺はここで酒が飲めればいいよ。」


 彼女は笑った。

「一曲歌うわ。」

「ああ、頼むよ。マチルダ。」


 ピアノの演奏と共に甘い香りがしてきた。対照的に彼女の歌声は情熱的だった。


 俺がいなくても、元仲間パーティは回るんだな。


 涙色の酒は沁みるな。

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