第20話

 育美は三つの仕事を見つけて、それについて説明して呉れた。いずれも全国に店舗展開している薬局チェーンだった。条件も大同小異だった。

 健一はその中からタカタメディクスを選んだのである。そして、その会社の人事課に電話を入れてみたのだった。

 人事課の喜多さんと名乗る課長が、こちらの用件を確認して

「明日、午前中に九州支社迄お越しになって下さい」と云って支社の場所を説明して呉れたのだった。

 翌日、健一は、教えられた支社の場所を確認しながら、電車とバスを乗り継いで福岡市西区にあるタカタメディクスの九州支社に向かったのである。支社には九時過ぎに着いた。支社は六階建ての白い外壁の鉄筋コンクリート造りのビルだった。

 玄関を入って、二階の事務所フロアに上がっていった。二階フロアの入り口にあるカウンター越しから奥に向かって

「すみません。面接を受けに来た深瀬と申します」と声を掛けた。中から女性社員が出て来て

「どうぞ、こちらの方へ」と応対して、別室に案内された。そこは会議室であった。

「総務人事課の佐藤と申します。こちらで少々お待ち下さいませ」と自己紹介されたのである

「すぐに担当の者が参りますので」と言いおいて退室していった。五分後・・・・・

「お待たせ致しました」と五十歳くらいの小柄な男性が、佐藤さんの後について一緒に入って来た。佐藤さんはお盆に載せた二つの湯飲みを健一と男性の前に置いて、一礼して、お盆を抱えて退出していった。

「副支社長の岡崎です。よろしくお願いします」 と男性は名刺を出して自己紹介をしたのである。健一も

「深瀬健一と申します。よろしくお願いいたします」と頭を下げた。

 副支社長は健一が提出した履歴書に目を通しながら

「ほう、サンエーにおられたのですか?」と面接の口火を切ったのである。そして、サンエーの事を中心に過去の経歴などを三十分くらい質問して、最後に

「ところで、深瀬さんは調剤の経験はありますか?」と訊かれたのだった。

「いや、全くありません」と健一は応えた。

 健一としてはドラッグストアでの販売の業務を想定していたので、意外な質問に少々焦ったのだった。

「解りました。いやあ、実は九州でも調剤薬局の展開を考えているのですよ。現在一店舗しかありませんが、将来的に多店舗展開する予定でしてね。深瀬さんには調剤をお願いしたいのですが」と言われたのである。健一は『これはヤバイ!』と内心思ったが、落ち着いて、顔の表情には出さずに次の言葉を待ったのである。すると

「いや、経験が無くても大丈夫です。薬局には主任が居て、しっかり指導しますから」とあっさり言い切ったのである。

『オイ!オイ!』と健一は内心動揺したが、平静を装って、

「解りました。やってみます」と応えてしまったのである。

 かくして、健一は採用されたのである。面接を終えた後、岡崎副支社長は、事務所フロアにいる社員たちの一人一人に健一を紹介して廻ったのである。

 館野支社長からは「頑張って下さい」と握手されて励まされたのだった。これで、健一の四十九歳での転職はとりあえず成功したのだった。

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