第27話 溶ける竜槍と消えたい光
バロウ家に賊を招き入れたのは、ミュリエルの兄ダリルだった。当主になれない憤りをギャンブルに当てていた。そして、借金はかさんでいく始末。社交界に出れば、ルイスの怒りを買っていたダリルは居場所がなかったと言う。
それも相まってか、さらにギャンブルにのめり込んでいた。父親が他界し、バロウ家の資産を咎める人間がいなくなったせいだろう。
ミュリエルと違い、ダリルは父親から次期当主として育てられたと聞いていた。資産も自由に使えたのだろう。
ミュリエルが『魔眼』の力で捕らえた賊を尋問すれば、ギャンブルのオーナーはバロウ家を乗っ取ろうとしていた。だから、目撃者のいるバロウ伯爵邸を全滅させて、ミュリエルを傷つけてでも捕らえようとしていた。ミュリエルの自由を奪わせるためには、殺す勢いだったのだ。
実際に、ミュリエルを死んだことにするつもりだった。そうしないと、グリューネワルト王国の陛下の側妃となったミュリエルを返さねばならないからだ。
そのうえ、ルイスのミュリエルに対する執着も終わらない。
「……っ胸くそ悪い」
腹が立ちすぎて、報告書が握り潰された。
「ここまで、酷いものとは……少し予想外でした。せめて、側妃にあげるのは、ミュリエル様がバロウ家の当主になってからにするべきでした。申し訳ありません」
リヒャルトが、謝りながら言う。
「お前のせいではない。側妃にあげたのは俺だ。決めたのも俺だ」
ミュリエルを側妃にあげたのは、自分で決めたこと。打算のあるものだった。それでも、ミュリエル以外は、形だけでも側妃にあげようとは思わなかったのも事実。リヒャルトもそれが分かっているから、側妃にあげることに反対をしなかったどころか、積極的だった。
「バロウ家は、兄ダリルのせいで借金まみれです。若いメイドたちは借金の形に売られそうになっていました。没落は時間の問題かと……」
だから、嫌がるメイドたちは馬車に乗せられて、連れて行かれそうになっていた。ミュリエルがすぐに気づいてルキアを仕掛けたおかげで難の逃れた。
「問題は金ではない」
問題は金ではない。そう言いながらも、ミュリエルの境遇を利用しようとしていた。
権力でミュリエルを側妃にして、彼女の立場をいいことに後宮に閉じ込めた。
後宮で大事にしていれば、ルイスのことでも、実家のことでも、傷つくことはない。それで、十分なのだと思い込んでいた。
ミュリエルも何も言わない。だから、余計にそう思ってしまっていた。
彼女のことを何も知らないまま、好きになろうとしていた。だから、「好きになる」とミュリエルに宣言した。
そうすれば、自分にとってもミュリエルにとっても、それが最善なのだと思い込んでいた。
__傲慢だ。
自分が一番嫌いな女たちの傲慢となんら変わりがなかった。一番嫌いなことをミュリエルにしていたのだ。
♢
ホークからの緊急の連絡を受けたのは、ルイス様だった。ゲオルグ様と手紙のやり取りをする前は、ルイス様と同じことをしていたから、ホークはルイス様のところに飛んで行ったのだろう。
すぐにルイス様とチェスター様が騎士団を率いてバロウ伯爵家にやって来た。
ゲオルグ様とリヒャルト様がすでにバロウ伯爵家を制圧していて驚いていたけど……そして、今は、私はお城で保護されていた。
執事を筆頭に使用人たちは、私のおかげで生き残りました、と涙ながらに感謝していたけど、みんながみんなそうではない。すでに、何人もの使用人が死んだのだ。
兄上がやったことでも、私の責任は重い。流されるままにルイス様と恋人になり、グリューネワルト王国に逃げたのだ。
それにゲオルグ様とリヒャルト様が来なかったら、どうなっていたか……。
思い出すだけで、血の気が引くほど恐ろしい。
__コンコン。
部屋のノックの音がした。ここに来られるのは、ゲオルグ様や一部の人間だけだ。熱くなった目尻をグッと抑えて扉を開けると、心配したルイス様がいた。
「ミュリエル……」
「ルイス様……どうして……」
「君が心配だからに決まっている」
いつもいつも、私は何かを飲み込んだ表情をしている。ルイス様が昔にそんなことを言っていた。
そんな雰囲気をまとった私をルイス様がそっと抱き寄せた。
「やめてください……」
「やめない……ミュリエル。このまま、俺の後宮に入ってくれ。もうどこにも出せない」
「……無理です」
「無理ではない。ステラはすべて承知だ。だから、彼女と結婚を決めた……ゲオルグのところには、二度と帰らないでくれ」
「……」
「……一度もミュリエルに触れないままで、ゲオルグに君を託すのではなかったと後悔した。そして、この事件だ。もう、誰にも渡したくない……頼む。ミュリエル。このまま、俺のところに……」
奥歯をかみしめるような言い方だった。
私のせいだ。バロウ伯爵家で、子供の時から疎まれていた。『魔眼』を宿して産まれたせいで。だけど、そんな寂しい孤独な気持ちをルイス様が見つけてくれた。そして、ルイス様に私は縋ってしまった。
優しいルイス様を、ここまで思い詰めるほどに……。
胸が痛い。私が逃げたせいで、何もかもが壊れていっている。
ルイス様が私に向けられる感情すら、今の私には重かった。一度だけでも、ルイス様の夜伽をすれば、私を諦めてくれるのだろうか。私を引きずっていては、ルイス様は幸せにはなれない。早く終わらせなければ、また何かがズレていく。
私を忘れてくれないと、ルイス様は私を傷つけた人を嫌うのだ。だから、あんな事件が起こってしまった。
頭がぐちゃぐちゃだった。
「ミュリエル……?」
何も言わない私の顔を見ると、ルイス様が何かに気づいたように目を細めて表情を歪めた。
「ミュリエル!」
ルイス様の穏やかな声と違う、低い声が私を呼んだ。振り向けば。ゲオルグ様が急いできたような様子で駆けつけていた。
思わず、泣きそうな顔でルイス様の手を離してゲオルグ様に駆け寄っていた。両手で私を受け止めてゲオルグ様が私を腕のなかに閉じ込めるように抱き寄せた。
「……どうした? ミュリエル」
「ゲオルグ様……私……」
涙が出た。今まで、人前で泣かないように押し込めていた感情がゲオルグ様の腕のなかで壊れている。
「グリューネワルト王国に、帰りたい……でも、償わなくては……」
「そうか……」
押し殺したような声音で、やっと出てきた言葉をゲオルグ様が私ごと包み込んだ。
「ミュリエル……過去は誰にでもある。過去の初恋に罪悪感を持つ必要はないんだ」
ルイス様に報わなければとも思っていた。でも、ゲオルグ様は違うと言う。そんなことを言われたことがなくて、戸惑った。ゲオルグ様を見上げれば、竜のような瞳が私を優しく見つめてそっと額に口付けをした。
「ルイス。ミュリエルはグリューネワルト王国に連れて帰る。ミュリエルは俺が娶らせてもらう」
「……そうか……そうなのだろうな……」
ゲオルグ様と私の様子を見ていたルイス様が呆然としたままで、踵を返した。そして、振り向くことなく去っていった。
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