第26話 長い血の夜

ゲオルグ様の馬鹿力で開けられた部屋の木箱をずらすと、執事たちが隠れていた。メイドたち女性は肩を寄せ合っている。男性の使用人たちは、ワインボトルや木箱の破片など、少しでも抵抗しようとしていた。


「みんな。大丈夫ですか?」

「ミュリエル様……って、よくぞご無事で……ダリル様は、いかがなされました? ダリル様にも、ミュリエル様と同じようにすぐに不審者が来たと、お知らせに言ったはずです!」

「私に知らせに……?」


では、廊下で絶命していた使用人たちは、私と兄上を逃がすために来たのだ。そして、私のところに来るまでに……。


「……兄上のところにいた下僕は逃がしました。でも他のみんなは……」

「ああ、そんな……っ」


執事が顔を覆ってうめいた。聞いていた使用人たちも、悲しみに打ちひしがれていた。

でも、その中にアニータの姿が見当たらない。


「アニータは? アニータはどこですか!?」

「わ、わかりませんっ……みんな、逃げてくるのに必死で……」


私のせいだ。私がゲオルグ様の後宮に入って、一度もバロウ家には帰らなかった。何も解決をしないままで、逃げたせいだ。


「ミュリエル? しっかりしろ」


泣きそうになる。でも、泣いている暇などない。


「泣きません。すぐにアニータを探します。他にも生き残りを探して無事を確かめないと……」


ギュッと目尻に力を入れて拭いた。


「とりあえず、お前たちはそこから出ろ。すでに、部下が邸の制圧をしているから、すぐに終わる。他に生き残っている奴はどこだ? 心当たりがあるなら、簡潔に言ってもらおう」

「で、では、私たちも探します!」

「大丈夫なのか?」

「邸のことを詳しい人間が探したほうが早いはずです……それに、ミュリエル様のお姿を存じてない者もおります。失礼ですが貴方様も……」


だから、私とゲオルグ様も賊と勘違いされる可能性があると言う。こんな状況だ。知らない人間には警戒するのは当然だ。


「そうか……では、俺が一緒に行こう。お前たちはその後に続くといい」

「わ、わかりました……」


執事たちが不安気に部屋から出てくる。部屋のなかは食糧庫だった。だから、木箱もたくさんあり、バリケードが張られたのだと、いまさらに思えた。でも、ここに逃げられなかった使用人たちは? 


不安になる。それ以上に、邸にいるみんなが気になり、早く探さねばと気がはやる。


「ミュリエル。外でも音がする」

「音?」

「先に庭へ行くか……」

「庭には、ルキアがいるはずです。メイドたちが馬車に乗せられているのがみえて……」


ルキアが外の不審者をやっつけているのかもしれない。


「庭なら、すぐにキッチンから出られます」

「では、行くぞ」


ゲオルグ様に続いて、お互いに支えあって使用人たちがついて行くと、ルキアが巨大化しており、ルキアの下には不審者たちが倒れていた。


「ルキア!」


ルキアに駆け寄ると、巨大化したスライムの身体が元に戻る。そっと抱き寄せればルキアは嬉しそうに鳴いた。


「ミュリエル様!」


聞き覚えのある声に振り向けば、アニータが私に向かって走ってきた。


「アニータ! よかったです。無事で……探しに行こうとしていたんです」

「私を……? ダ、ダメです! 私よりも、ミュリエル様は、すぐにここから逃げないと……っ、陛下が何というか」

「ゲオルグ様なら、ここにいるから大丈夫です」

「……え?」


抱きついて来たアニータを抱き寄せていると、アニータが後ろを見た。そこには、怖い顔のゲオルグ様がアニータを見下ろしている。


「へ、陛下!?」

「無事でよかったな。アニータ」

「わ、私のお名前を……」

「ミュリエルが、アニータのことはよく言っていた」


正確には、アニータのことも手紙で書いていたからだ。


「ほかの使用人たちはどうした」

「は、はい! 私たちは、リヒャルト様が来られて……」

「ああ、それで庭に逃げて来たのか……リヒャルトはどこだ?」

「上から降りてきて、反対側の階段を上がっていきました……今はどの階にいるかは不明です」

「そうか……では、アニータはミュリエルとここにいろ。決してミュリエルから離れるな」

「は、はい! 命にかけても!」


そう言って、ゲオルグ様が竜槍を持ったままで玄関へと向かい邸へと入っていった。



バロウ家に入ると、どれだけの賊を招き入れたのか……あちこちで賊が倒れていた。


「リヒャルトが手加減などするわけがないだろう……」


リヒャルトも、自分と一緒に戦へと何度も出ている。統率も取れてない賊、ただの邸を制圧するのに、時間がかかるはずもない。


だけど、あまりの血まみれの光景にミュリエルには見せられないと思う。

進行方向から悲鳴が聞こえ、角を曲がれば目の前に血が舞った。


「リヒャルト。そこにいたか」


リヒャルトが、大剣を持って立っている。周りは血の海だった。その中で、大剣を肩に乗せていつもの調子で聞いてくる。


「ゲオルグ様。ミュリエル様はどうされました?」

「外にいる。窓から見てみろ」

「ああ、無事でよかったです」

「当たり前だ」

「自信満々ですね。それよりも、どう思いますか?」

「ただの強盗かとも思えるが、人数が多すぎる」

「ですよね……しかも、玄関はどこも壊されてないんです」

「……誰かが引き込んだのか?」

「先ほど逃げていた下僕を見つけました。引き入れたのは、ミュリエル様の兄上だと言ってました。だから、その兄上様を探しているんですけどね……もう逃げたかな」

「なら、無駄だ」

「もしかして、もう助けました?」

「いや、すでに死んでいた」

「は?」

「ミュリエルが確認しているから、間違いない」


その時に、外から多くの灯りが近づいてきた。馬の足音が響いてくる。


「アルドウィン国の騎士団は、ずいぶんと早いな」

「平和な国ですけどね」

「では、後始末は必要ないな。行くぞ」

「はい」


お互いに遺物を身体に収めて、ミュリエルのところへと戻った。




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