第34話 読み違い

 一時間ほど掛けて俺は頭の中で組み立てた計画を全て説明した。俺の計画には分岐点が多く設置してあり、成否でルートが分かれる。その数、合計578パターン。

 エリュシオンに囚われている隷属兵を救うという条件が追加された為、数が膨大になっている。

 全てを説明し終える頃にはホタルは机に突っ伏していた。


「……ヨゾラ。まさかこれ全部覚えるの?」

「覚えてほしいが、まあ無理だろうな」


 俺は小さく息を吐いた。

 

 俺の計画は複雑に分岐する。例えば使者としてエリュシオンに侵入することが出来た時、周囲に正規兵が五人いたらAルート。十人ならBルート。それ以上ならCルートといったようにだ。

 そして当然、そこからさらにルートは分岐したり合流したりする。

 

 これを全て覚えるのはエリュシオンにいた頃の仲間たちでも無理だった。

 一番記憶力の良かったZ1465Zですら俺の半分も覚えられなかったぐらいだ。

 だけどそれでも問題ない。皆が皆、俺のように出来るとは初めから思っていない。俺に出来ないこともあるように、人に出来ない事があるのも当然だ。

 適材適所というヤツだろう。


「すべて覚える必要はない。そうだろうヨゾラ君?」

「マクスウェルの言う通りだ。自分が関係するところだけでいい。それだけでだいぶ減るはずだ」

「それでも十分多いけどね……」

「まあそれはがんばってくれ。俺も全ての状況を把握できるわけじゃないからな」


 俺の目の前で予期せぬ事態イレギュラーが起こるのならばいい。俺が指示を出して解決する。

 しかし離れたところで起こったのならば各自で解決し、俺が計画したルートに戻らなければならない。

 よって自分が関係する部分を覚えておくのは必須だ。


 するとホタルは身体を起こし、大きく深呼吸をした。


「そうだよね。協力するって言ったのは私だし、がんばるよ」

「決意を新たにするのは構わないが、あとで各自の端末にヨゾラ君が立てた計画は送っておくよ」

 

 俺たち隷属兵には端末なんて支給されなかった。だけどヴァルハラの探索者には全て支給されている。

 だからマクスウェルの提案は盲点だった。

 端末で計画を確認できるのであれば確実に負担が減る。

 さすがに戦闘中に確認はできない為、覚えておくことに越したことは無い。だけど余裕のある時に確認できるだけでもだいぶ違うだろう。


「盲点だった。それはありがたいな」

「助かります。マクスウェル博士」


 ホタルがお礼を言うとマクスウェルはひらひらと手を振った。


「それが私の仕事だからね」

「ヨゾラ。私からも質問いいかな?」


 オルデュクスが挙手をした。


「なんだ?」

「第一段階の実行部隊は螢火隊とヨゾラだけかい?」

「そうだ。というより使者という形を取る以上、どうしても少数精鋭にならざるを得ない」

「アイザックとリリーではなく、他の特級探索者でもいいんだよ?」


 オルデュクスの言いたいことはわかる。

 今回の作戦にはヴァルハラの最高戦力である特級探索者がホタルを含め、四人が参加する予定だ。

 これはヴァルハラの防衛に残る三人を除き、全員となっている。

 よって戦力を集中させて、一気にカタをつけることも不可能ではない。

 

 確かにオルデュクスの言い分には一理ある。しかしそれ以上に大切なこともまたあると俺は考えている。

 

「いや信頼関係は重要だ」


 いくら計画を立てたところで完璧であるはずがない。不測の事態イレギュラーは確実に発生する。

 重要なのは不測の事態イレギュラーが発生してもに収めることだ。

 それには信頼関係が大切になってくる。


「それに他の特級探索者は第二段階に移行することになったら絶対に必要になる」

「わかった。キミが言うのならばそうしよう。それで、決行はいつに――」


 オルデュクスがそう聞いてきた瞬間、言葉を遮るようにマクスウェルの通信機からノイズが走った。


『マクスウェル博士。応答願います。B級探索者マクシミリアン・クーパーです』

「こちらマクスウェル。どうかしたかい?」

『先程、廃劇場に到着。指示通りピアノを調べた所、鉱石型の遺物を発見しました。しかし問題が……』

「なんだ?」

『その……遺物は他にもあるとの事でしたが、どのような形状かを教えていただけますか? 周囲に見当たらなく……』


 マクスウェルがこちらに視線を向けてきた。

 俺は自分の記憶からN8地点に隠した遺物リストを掘りおこす。


「N8地点は筒状の遺物が二つ、球状の遺物が三つ。それと剣の遺物が一つだ。全てピアノの中に隠してある。大きいから屋根を開ければすぐにわかるはずだ」

「聞こえていたな?」

『はい。聞こえました。しかし……』


 通信先のB級探索者、マクシミリアンが押し黙った。その沈黙は現在の事態を如実に表している。


「ない……か?」

『……はい』

「ヨゾラ君?」


 マクスウェルが俺に視線を向ける。しかし俺はそれどころではなかった。

 

「……まさか、動いたのか?」


 俺が失踪してから数日しか経っていない。いくらなんでも早すぎる。

 そしてあまりにも無謀だ。当初の計画は俺の頭の中にしかないモノもかなりある。伝えてある計画ではエリュシオンを堕とすことはできない。

 それは同志たちも重々承知のはずだ。


 ……やけになったか!?


 考えられない話ではない。

 たとえエリュシオンを堕とせずとも、一矢報いようと行動を起こした可能性はある。


「――ゾラ、ヨゾラ!」


 ホタルに名を呼ばれ、意識を引き戻された。

 

「あぁ。すまない。それだけ回収してもらってくれ」

「わかった。マクシミリアン。聞こえていたね? 鉱石型の遺物だけ回収してくれ」

『かしこまりました。直ちに帰還します』

「頼むよ」


 ノイズが鳴り、通信が切られる。


「大丈夫かい、ヨゾラ君?」

「ああ。問題ない。だが計画の見直しが必要だ。まさか動くとは思っていなかった」


 こうなった以上、ヴァルハラ内部での協力は望めない。計画の修正は必須だ。

 

「動いた、と言ったね? それは確定なのかい? 他の場所に遺物を移しただけの可能性は?」

「それだと単方向転移石を置いていく理由がない。襲撃に使えないから置いていったと考えた方が自然だ」

「それは……そうだね」


 マクスウェルもわかっていたのだろう。苦々しい表情をして俯いた。

 

「……すまない。すこし読み違えていた。計画の優先順位を変える必要がある」

「ヨゾラ。それはいいの。貴方は大丈夫?」

「ああ。何も問題ない」


 俺は毅然と頷いた。しかしホタルは誤魔化せない。

 ルビーのような紅い瞳が俺の心の底を見透かすように見つめてくる。

 

「そんなわけないよね?」

「……っ!」


 思わず表情が歪む。

 冠を被った豚Crown Hogどもは怠惰だが、決して甘いわけでは無い。叛旗を翻した者には容赦せず、拷問をして殺す。

 恐怖というものは抑止力になるからだ。


 よってエリュシオンの仲間たちがもし動いたのならば、おそらく全員生きてはいないだろう。

 

 そう考えると胸が苦しくなった。

 腹の底に異物が蟠っているような感覚だ。心が挫けそうになる。

 

 だけどここで立ち止まるわけには行かない。

 もう前に進むしか無いのだ。そうしなければ死んでいった者たちに顔向けできない。

 俺は挫けそうになる心を叱咤して、一度大きく深呼吸をした。


 俯いている暇なんてない。悲しむのは全てが終わった後でいい。


「俺がやるべきことは冠を被った豚Crown Hogどもを皆殺しにすることだけだ」


 俺は敢えて口に出して呟いた。

 冠を被った豚Crown Hogどもを放っておけばいずれまた悲劇は起こる。

 この連鎖を食い止められるのは俺だけだ。俺がやるしかない。だから俺は「大丈夫」だと言い続けなければならない

 全てが終わるその日まで。


「……わかった。だけど覚えておいて。ヨゾラには私たちがついてるからね?」


 ホタルの言葉に心の底で蟠っていた異物が解けていくのを感じた。

 不思議な感覚だ。言葉一つでこうも心持ちが変わるとは。


 ……やっぱりこの変化はだったんだな。


 俺はそう自覚した。


「……ありがとうホタル」


 お礼を言うとホタルは微笑んだ。

 俺は小さく息を吐くと、マクスウェルに視線を向ける。


「マクスウェル。昨日頼んだ装備が完成するのはいつだ?」

「一週間ってところだね。十日は掛からないよ」

「ホタル。計画を頭に叩き込むのに何日かかる?」

「五日ちょうだい。全部は無理でも必要なところは全て覚える」

「わかった。俺は今の計画をベースに二日で完璧に近付ける。よって決行は十日後だ。オルデュクス。作戦に加わる探索者たちへの通達は任せてもいいか?」

「もちろん。私が責任を持って伝えよう」

「頼む。じゃあ各自、残り時間で準備を整えてくれ」


 ホタル、オルデュクス、マクスウェルが真剣な顔で頷いた。

 残り十日。

 決戦の日は近い。

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