第26話 不死者

 歳を取らない。

 たとえ本物のエルフだとしても歳は取る。決して不老不死なんかではない。

 本当に歳を取らないのだとしたら、それは禁忌録に記された罪。不老不死への到達ではないのか。


 背筋にゾッと悪寒が走った。

 目の前の人物が一瞬にして得体の知れない生物に見えてくる。

 

 つまり、コイツが終末を齎した元凶だ。


「ヨゾラ。キミのその怒りはもっともだ。弁明の余地もない。だけど少しだけこの老耄おいぼれの話に付き合ってくれるかい?」


 怒り。

 そう言われて俺は違和感を覚えた。

 俺の胸中にあるのは怒りではない。一番近いのは嫌悪感だろうか。

 

 確かに世界に終末を齎したのは彼なのだろう。それは断罪されるべき罪なのは間違いない。

 しかし俺たち隷属兵を死地に追いやったのはあくまで冠を被った豚Crown Hogども、エリュシオンの貴族だ。

 よって怒りをオルデュクス王に向けるのは筋違い。

 俺の、俺たちの憎悪はエリュシオンにのみ向いている。

 

「話に付き合うのは構わない。だけど訂正させてくれ。俺の怒りはエリュシオンの貴族のみに向いている」


 俺の言葉にオルデュクス王が目を見開いた。次いで悲しそうに目を伏せる。


「どうやら壮絶な経験をしてきたようだね。ならば私とキミの利害は一致しているだろう」


 利害の一致。ホタルも言っていた事だ。


「それを説明してくれるんだろうな?」

「もちろん。まずはヴァルハラの目的、もとい私の目的から話そうか」


 オルデュクス王は一度言葉を止めた。

 そして自身の目的を口にする。


「……私の目的は地上の解放。【終末の獣】から世界を救うことだ」

「地上の解放? そんなことが出来るのか?」


 【終末の獣】は強大な存在だ。

 決して殺せず、人類を蹂躙する。おそらく地球上で殺せるのは魔力を吸収するという能力を得た俺だけだろう。

 しかしそれも無限に湧き続ける【終末の獣】に対しては意味をなさない。どれだけ殺そうが焼け石に水だ。

 

 よって地上の開放なんて夢物語に過ぎない。

 しかしオルデュクス王の目は真剣だ。とても酔狂で言っているようには思えない。

 

「出来る。と私は考えている」

「どうやって?」

「罪の精算だ。不死者を皆殺しにする」

「皆殺しって事は……」

「キミの考えている通りさ。現在、世界に存在している楽園エデンは七つ。その頂点に君臨している人間は全て不死者だ」


 ……ああ。そういうことか。


 理解した。

 俺の目的はエリュシオンを堕とすこと。

 そしてオルデュクス王の目的は不死者の殺害。

 対象はエリュシオンを統べる統括議会理事長アドスト=エリュシオンだろう。

 確かに利害は一致している。


「つまりお前は罪の精算、不死者を皆殺しにしたあと、自ら命を断つつもりか?」

「その通りだよ。これが無様に生き恥を晒し続けている私の宿願だ」


 オルデュクス王は当然だとばかりに言ってのけた。

 凄まじい覚悟だ。文字通り、命を懸けている。

 

 同じ楽園エデンの主だが、オルデュクス王はアドストとは根本的に異なる存在だと俺は思った。

 自分の存在を賭けて、世界を救おうとしている。自身の犯した罪、過ちを認めながら。


「お前の言い分はわかった。確かに利害は一致しているようだ。だけど確証はあるのか?」


 罪の精算。

 オルデュクス王はそれが成されれば地上は解放されると信じている。しかし俺には確率の低い賭けにしか思えない。


「確証ならある」

「それは?」

「禁忌録の碑石さ。あれは教訓なんだ。二度と同じ過ちを繰り返してはならない、とね」

「終末は初めてではないということか?」

「その通り。終末以前から神代の遺跡を調査してきた結果、得た結論だ。世界各地から【終末の獣】だと思われる記述が多数発見されている」

「つまり今俺たちがこうして生きているのは一度、罪の精算が成されたからだと?」


 人類は過去に一度禁忌を犯している。

 もしオルデュクス王の言葉が本当ならば、今こうして俺たちが生きている説明がつかない。

 なぜならば人類は【終末の獣】によって滅ぼされているはずだからだ。二度目の禁忌は犯しようがない。

 一度目は何らかの方法で罪を精算したとオルデュクス王は考えているのだろう。

 そして今回は不老不死へと至った人間、不死者の皆殺しだ。


「キミは聡明だね。その通りだよ」

「……一つだけ聞いていいか?」

「なんだい?」

「禁忌録の碑石は解読不能な言語で書かれているとホタルから聞いた。ならなんでその内容をお前は把握している?」


 不死者の殺害が罪の精算だというならば、禁忌録の碑石を理解しているはずだ。

 そもそも本当に解読できていないのだとしたら禁忌録の碑石にという名が付いていることすらおかしいのだ。

 誰も読めないのならばそれはただ魔力を生み出す石でしかない。


「ヨゾラ。キミはかつて人類がどれほど繁栄していたかを知っているかい?」


 俺は首を振る。

 そんな記録、エリュシオンにもなかった。


「150億人だ。この世界は文字通り人類が支配していた」

「150……億?」


 俺は言葉を失った。想像を絶する数字だ。

 しかしそれは逆説的に終末によってその大半が死んだことを意味する。

 どれほどの悲劇、惨劇が齎されたのかは想像に難くない。


「150億人も居ればね、数人は異能を持った人間が生まれるんだよ。キミのように魔力を視れるような人間がね。私の所属していたアルカナトスという組織はそういう神秘を研究していたんだ」


 つまりは解読不能な言語である事は間違いないが、内容を知らなかったわけではないということだ。

 全て真実かどうかはわからない。しかしオルデュクス王が嘘をついているとは俺には思えなかった。


「わかった。ヴァルハラの事情は理解した。それで、お前は俺に何を求める?」

「その前に、ヨゾラ。キミはエリュシオンを堕とすのが目的で合っているね?」


 オルデュクス王の言葉に俺は頷く。

 

「ああ。それが俺の存在目的だ」

「その結果、何が起きるかは当然理解していると考えていいんだね?」

「当然だ。エリュシオンにいる人間は全員死ぬ。それは俺や隷属兵も含めてな」


 俺の答えにオルデュクス王は眉を顰めた。

 

「キミは自分たちが生き残るために戦っているのではないのかい?」

「違うな。俺は貴族共を皆殺しにするために戦っている。その後、俺がどうなろうと知ったことではない」


 生きるか死ぬかは二の次だ。

 そんなことを考慮している余裕なんて俺たちにはなかった。第一目標は冠を被った豚Crown Hogどもを皆殺しにすること。

 その一番効果的で確実な手段がエリュシオンという楽園エデンを堕とすことだったに過ぎない。


 なぜならば、ヤツらは必ず転移ポータルを隠し持っている。

 俺の知らない区画に逃げ込まれたら反撃を食らう可能性がある。

 だからこそエリュシオンを堕とす。そうすればヤツらに帰る場所は無くなり、もし逃げ延びたとしても夜になれば【終末の獣】に殺される。

 いくら正規兵がいようとヤツらには【終末の獣】に対処する力はない。

 

「ヨゾラ……」


 声のした方を見れば、ホタルが今にも泣き出しそうな目で俺を見ていた。何故だか胸が締め付けられる。

 俺はこの感情の名前を知らない。


「キミの覚悟はわかった。だけど結論を出す前に、少しヴァルハラを見て回ってくれないか?」

「……? それに何の意味が?」

「意味はないかも知れない。だけど私は意味があると思っている。ホタル。案内を任せてもいいかい」

「はい。わかりました」


 ホタルが頷く。

 見て回るぐらいなら俺に不都合はない。

 それにホタルも一緒であれば、トラブルが起きても対処してくれるだろう。

 だから俺も頷いた。


「わかった」

「その後の話はそれからにしよう」

「ああ」


 ひとます話は終わりだ。

 俺は俺で後ほど計画を考え直さなくてはならない。


 ……まずは遺物の回収かな。


 隠している遺物のリストは全て頭に入っている。

 ヴァルハラの力を借りればエリュシオンを堕とすことは不可能ではないはずだ。


 そんな事を思っているとホタルが挙手をした。

 

「オルデュクス様、ご報告はどういたしますか?」

「おっと。そうだった。今してくれるかい?」


 それからホタルはオルデュクス王の前で自らの身に起きた事を語った。

 魔水晶術師クリスタル・メイガスと戦い、魔力蓄積カンテラを暴走させ勝利を収めたこと。

 しかし陽標ソルスドが破損しており、【終末の獣】に襲われてしまったこと。

 そして俺に助けられ、碑石を持ち帰ったこと。


 ざっとまとめればそんな感じだ。俺が聞いていた話と相違はない。


「ふむ……。魔水晶クリスタルを持たない魔水晶術師クリスタル・メイガスか。……厄介だね」


 オルデュクス王が口元に手を当てて呟く。

 その声音は至って真剣で、深刻な色を帯びていた。


「魔力蓄積カンテラがなかったら私は今、生きていないでしょう。ですので専用遺物の開発をした方がいいと考えています」

「魔力吸収装置だね。わかった。この件は後ほどマクスウェルに伝えよう。しかし、よく生きてこの情報を持ち帰ってくれた。ありがとうホタル」

「滅相もないお言葉です」


 ホタルは恭しく頭を下げた。

 

「ヨゾラも。ホタルを救ってくれたこと、感謝する」

「感謝は受け取っておく。だけど俺が生き残るためにやったことだ」

「それでも、だよ。だけどそうなると禁忌録の碑石がある場所にはそういう魔物が現れる可能性があるってことだね。後ほど全探索者に通達を出しておくよ」

「お願いいたします。それと、先遣隊の遺品を持ち帰りました」


 ホタルが懐からドックタグを取り出した。

 禁忌録の碑石があった広間で回収していたものだろう。

 

「回収できてよかった。ありがとうホタル。後で私から家族に届けよう。記録係に渡しておいてくれるかい?」

「わかりました」


 ホタルは遺品を再び懐へとしまう。

 するとその時、今度はアイザックが挙手をした。

 

「オルデュクス様」

「ん? なんだいアイザック」

「ルーカスの家族にはオレから渡してもいいでしょうか?」

「そういえば顔馴染みだったね。わかった。そのように手配しておくよ」

「ありがとうございます」


 アイザックが深く頭を下げた。


「ひとまず螢火隊は三日ほど休暇を取ってくれ。その後は……うん。また呼ぶよ」

「わかりました。では失礼いたします」


 話が終わり、ホタルが一礼して踵を返す。

 アイザックとリリーも同じようにしていたので俺も一礼してから謁見の間を後にした。

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