大学生の日常

バールのようなもの

何がクリスマスだよ

「何が!クリスマスだよ!!!!」

 若い青年の叫びが狭い密室にこだまする。

「うるさいよ。佐藤」

 そして、同席していた青年が佐藤と呼ばれた青年を嗜める。

「叫ばずにいられるかよ!!鈴木!!」

「いいから声を抑えろ」

 窓の外には茜色の空が広がっている。

 風もビュービューと吹いており、寒さと冬の虚しさを感じさせる。

 その虚しさは、今この密室にいる男2人にも伝わっていた。

「まあ、わかるよ。こんな世間はお祭り騒ぎだってのに、今俺たちは男2人で虚しく駄弁ってんだから」

 現在の時刻は午前8時。今日は水曜日なので本来なら大学生のこの2人は学校へ行き、この虚しさを紛らわせなければいけないのだが、毎年タイミング悪く、この日から長期休講、俗に言う冬休みに入るのだ。

 偶然は重なり合えば必然となるとはよく言ったものだ。

「というか、何がそんなに嫌なんだよ。クリスマス」

「倒置法で話すのはやめてもらおうか」

「クリスマスの何が嫌なんだよ」

 倒置法の何が嫌なのか。

「なんでって、なんでってそりゃ、なんでみんな知らない人の誕生日を祝ってんだよ」

「そら、知らないからでしょ。バカは罪だけど、無知は罰だよ」

「そんな哲学的なこと言われても俺が納得するとでも?」

「いや全然」

 場所は会議室。机の上にはラムネの瓶がある。

 彼らはここで何をするでもなく、ただ駄弁っていたのだ。

 レポートが終わってない者のため、大学は数日間一応解放される。

 大学を使うのに、特に条件などは求められてないため、彼らはこのクリスマスの虚しさを何とか紛らわそうと、会議室に集結したのだ。

 結果として、胸に空いた虚空は開くばかりだ。

「と言うか、今、クリスマスじゃないだろ。クリスマスは24〜25にかけての深夜だぞ」

「だから何よ。ここは日本だ。日本では25日がクリスマスってことになってんの」

「そのミーハー具合が嫌なんだよ」

「何がミーハーだ。こんな日くらい爛れた聖夜を送るカップルを応援したらどうだ?」

「え?星矢?」

小宇宙コスモを燃やすなよ」

「とにかく!このイベントはこの歳になると恋人いないと楽しめないんだよ」

「純粋さを失ったか…。まあわからないでもないけど」

「…窓開けようぜ」

「ついに狂ったか」

 ガラリ。

 ガラガラ。

「ごめん寒すぎる」

「だから言ったろうに」

 窓は開けてノータイムで閉めた。

 世間は冬真っ只中。

 気温はすでに0度を下回っている。

「ただの企業側の策略に籠絡されやがって…」

「事実あんまり被害はないしいいんじゃない?」

「俺に実害出まくりだろ」

 あまりにも悲しい被害だった。

「もう日本のクリスマスは改名した方がいいんじゃないか?」

「どういう風に?」

「隠者大規模蹂躙型企業戦略行事兵器「クリスマス」って」

「お前一回キリストに蹂躙されて来い」

 何かの公害のようだ。

「そんなに言うならナンパでもしに行ったら?」

「それは…なんか人として大事なものを失う気がする」

「いい倫理感…なのか?」

「じゃあ、どっか行く?行けてもゲーセンだけど」

「あそこ事故って一週間休業中だろ」

 一週間前、サイドロックと自動運転の押し間違えで車が突っ込んで来たらしい。

 負傷者はいない。

「行くとこないじゃん……」

「聖なる日は俺たちも見捨てると言うのか…?」

 なんとも酷い話である。

「じゃあ今から彼女作る?」

「どうやって。水35ℓ、炭素20kg、アンモニア4ℓ、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g。 イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素、そんな材料はないぞ」

「誰が人体錬成をしろと」

 暖房の風が当たり、机の上に置かれていた赤べこの首が揺れる。

「さすがに俺たちもこの大学に入学してから1年は経ってるんだ。仲良くなった先輩とか後輩くらいはいるだろ?」

「おい、言葉を慎め。そんな人がいれば今ここでお前と寂しく駄弁ってないんだよ」

「え、いないの!?俺はいるけど」

「じゃあなんでここにいるんだよ」

「バイトが終わるの待ってんだよ」

「裏切ったな貴様」

 赤べこの首も激しくなり、ロックバンドのライブ演出のようになってくる。

「もういいや、そこらへんの雪かき氷にして食おうぜ」

「シロップはあるの?」

「教授に言ったらくれるんじゃね?調味料持ち歩いてるじゃんあの人」

「それで醤油くれたらどうすんだ」

「その時はカツヲブシも貰うよ」

 パタリ。

 首の自重に耐えられず、赤べこが倒れる。

「そういやお前、恋人のいないクリスマス過ごしてるの?」

「俺の生年月日を見ればわかる」

「そんなもの存在しないってことね」

「お前いい性格してるねってよく言われない?」

 とんでもない罵詈雑言である。

 聞くものが聞けば死は免れないだろう。

「ほんっと、もう、何がクリスマスだよ」

「ただのキリスト生誕祭だが」

「違う違う、そうじゃ、そうじゃない」

「キリストはすべての人を救うんじゃないのか?なんで俺は毎度毎度こんな疎外感を味わってんだ」

「いいじゃん。悟りを開くチャンスだよ」

「これで開けたら何人釈迦が量産されてんだよ」

「ブッタの教えって偉大なんだな」

 時計が午前9時を回った。

 日曜ならやることがるが、今日は土曜なのであいにく、彼らのスタンスに変わりはない。

「サンタも大変だよな。一歩間違えば爛れた性の6時間を過ごすカップルの家に突撃するんだから」

「いや、そんな家間違うことないでしょ」

「お前日本に何人佐藤がいると思ってんだ」

「そうかな…そうかも…」

 いつの間にか元に戻された赤べこの隣には何故か天童将棋駒が置かれていた。

 ちなみに飛車である。

「さっきから日本のクリスマスにキレてるけど、アメリカのクリスマスはどうなんだ?」

「いいんじゃないか?あっちでは日本で言う正月がクリスマスみたいなもんだし。あれは恋人と、とかじゃなくてみんなで楽しむものだし」

「そこはまともなんだな」

「文化を否定してまでクリスマスにはキレないよ」

「A、SO」

「なんだその返答」

「そういや、もうそろそろ大学も閉まるけど、どうする?」

「おとなしく帰るか」

「俺は先輩から連絡あったので」

 2人は話しながら席を立つ。

「お前も俺を裏切ると言うのか……」

 扉へ足を向かわせる。

「それじゃ、来年は何がバレンタインだよで会おう」

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