2025年2月14日のバレンタイン

「何がバレンタインデーだよ!」

 慟哭が轟く。

 よく物語は突然にと言うが、慟哭始まると言うのはかなり稀と言えるのではないだろうか。しかし、よくよく考えてみれば、慟哭というのは何かの合図であるわけだし、これは突然という状況にはならないのかもしれない。

 実際、彼は去年のクリスマス、最後の最後で予告をしていたわけだ。


「とりあえず佐藤、うるさい」

 宥められる佐藤という男。これは宥めるというよりは諌めるなのかもしれない。いやそうだろう。

「これが叫ばずにいられる状況かよ……」

「ああ。その通りだ。叫ばずにいられる状況だよ。」

 事実、彼は叫んでいないわけである


「というか、そんなにバレンタインで苦しむのは一体なぜなの?」

「そりゃ、ありとあらゆる悪を憎んでるからだよ」

「それじゃあ、アンパンマン闇落ち不可避じゃないか」

 特にアンパンマンはこの世のありとあらゆる悪を憎んではないと思うのだが。

「それに、ムカつくんだよ。チョコをもらえる男がさ。」

 ここまでくるといっそ尊敬すらできる。

「じゃあ、お前が女になればいいじゃあないか。」

「俺にメスガキになれと?」

「だれがメスガキと言った」

 それにメスガキというのは空想上の生き物であり、現実にいればただウザいだけの子供だ。

「ふむ。やってみるか」

 それはそれとして、佐藤はメスガキになるらしい


「ふむ。そこの兄さん。そう、お主のことよ。こんにちはいい天気で誠に清々しい気分じゃが、今日はどのような催し事があるか知っておろうぞ?」

「誰が古語でやれと言った」

「違うの?」

「違うわ」

 なぜに古語でやろうと思ったのか。

 ついにバレンタインへの嫉妬で狂ったのか

 バレンタイン初心者の我々にわかることはほぼないだろう。

「そういや鈴木はチョコもらったの?」

「もちろん。バイトの先輩から」

「裏切りやがったな」

「いつから俺はお前の仲間になったんだ…」

 突然の裏切りである。

 これにより佐藤のガラスの心はガタガタゴットンズッタンズタンとなった。

 まさにハザード。

 天才物理学者もびっくりだ。


「要するに俺は敗者というわけか。どうりで気分がダダ下がりなわけだ」

「どうやらも何も、お前は元からバレンタインだという理由で気分下げてたと思うんだけど」

 しかし真実とは残酷なもので、いまここで敗者と勝者で分かれているのだ。

 また、勝利に気づかない勝者というのも、現実の酷ポイントというものである。

 まあ、佐藤が最初から気分右肩急降下だったのは本当だが。


「しかし、しかしだな鈴木。お前、その先輩とやらどうした?普通、大学も奇跡的に休み、しかもカップル御用達のイベント真っ只中。そんな日に一緒に過ごさないとは思えないのだが」

「先輩?ああ、あの人なら「もっと美味しいもの食わせてやるです」とか言ってお菓子つくりに帰ったぞ。そして一つ訂正。俺と先輩は別に付き合ってない」

「嘘だろ....」

 誰がどこを聞いてどこを切り取ってSNSに垂れ流しても惚気話と感じられるキング・オブ・惚気だったが、衝撃的なことに彼ら彼女らは付き合ってないらしい。

 この真実は下手な正式なカップル同士の惚気話よりも、深く、より深く佐藤を傷つける。

「なんてことだ。お前のその事実によって俺は深く、深く傷ついていしまったぞ」

 佐藤はそう言って、腕をまくり、その腕を鈴木に見せる。

 その腕には、切り傷のような傷が。

「それお前がこの間貧血でぶっ倒れて木の枝で切った傷だろ。」

「そうだよ」

 なぜ長袖を着ているのに二の腕を木の枝で切ることができるのか。

 木の枝初心者である我々には到底及ばぬ世界である。


「うーん。叫んだはいいものの、まじで自分に関係ないと恨み何もなくなるんだよな.....。ヴァレンタイン卿の話ししてもいいけど、あまりそれを怒りに結びつけたくないし.....」

 変なところで誠実である。

「まあ、今日はクリスマスより勢いないなとは思ったよ」

「いや、本当に関わりないからさ、何を恨めばいいのかわからないのよ」

「そんなもうすぐ光堕ちするであろう敵幹部みたいなセリフ言われましても」

「heyスズクサ。今日の天気は?」

「お前のその呼び方のせいで、オレの心は土砂降りだよ」

 なんと詩的な文章だろうか。

「じゃあ、チョコを貰う理想的なシュチュエーション考えよう」

「何が悲しくてそんなことせにゃならんのだ」

「俺が悲しくてこんなことやるんだよ」

 そんな差も当然かのように言われましても

「そんな差も当然かのように言われましても」


「じゃ、鈴木からどうぞ」

「言い出しっぺの法則は適用されないのか.....」

 心理的物理学が根底からひっくり返りそうである。

「どうぞ」

 そう言ってペンを鈴木に向ける佐藤。

「いや、まあ、そりゃ、先輩からもらうのが、一番理想的だけど....」

「あ、ところでお好み焼きっておかずにできる?」

「人の話を聞け。それがせめてもの俺への償いだろ」

 お好み焼きはおかずになるのか。それはやきそばをおかずにするものなのかという題と同じくらい、熾烈で激烈で、熱烈な議論が繰り広げられる題である 


「やばい。やっぱり悲しいかも」

「なぜ急に」

「いや、美味しいもの食べてイチャつける人間がいるのに俺はここで駄弁ってるだけだし」

 しかし、そういう人物は洋画ならすぐに死んでしまうんで安心安全である。

「まったく。世の中はロマンスで溢れているっていうのに俺は.....」

「可哀想に....」

「おいやめろ俺をそんな絵で見るな」

「絵はここにないはずだが」

「気にするな」

 死者に近い人物を憐れみの目を向けるのは良くないのだ。

 特に今日という日は


「そして世間もロマンスを推すんじゃねえよ。もっとぼっちに優しい言葉を使いやがれよ」

「仕方ないだろ。世間はそんなボッチに目を向けるほど暇じゃねえんだよ」

「世間的に見れば圧倒的にぼっちが多いと思うんだがな」

 それはないだろう

「いや、その理屈はおかしい。家庭持ってる人間のほうが多いよ。じゃないと人口こんなに居ないよ」

「一組が頑張ってるだけかもしれない」

「どこの神だよそれは」

「とりあえず、こういうイベントは日陰者にも優しくなるようロマンス的な言葉を使うのは禁止するべきだと思う。まずは2/14を放送禁止用語に」

「天気予報できないじゃん」


「今日は最大瞬間風速的にチョコが売れる日。企業もチョコ売る方法考えるなら、もちょっと持続的に売れる方法考えればいいのに」

「けっかとしてⅠ年に一回は売れてるからこれは十分長期的では?」

「いや、せめて3ヶ月ぶっ通しで売れるような方法を」

 1理有


「おっと、もうこんな時間か」

「もうそろそろ俺達も御暇する?」

「そうしよう」


そう言って、彼らは部屋を出ていった

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