高騰に理由はない

― ハムスター候の捜索まで時間稼ぎをしたいということですか?


 会場では商品の入札が始まった。希少価値の高い鉱石レアメタルを取引通貨とする入札は数名によるグラム単位での探り合いに発展している。

 キャメル達が開催するこの夜会には一般のオークションとは異なる点が幾つも存在する。そのひとつが入札に利用する支払通貨の多様性だ。一面的には資本主義における強者、すなわち富を持つ者以外でも落札ができる機会と言えるが、他方で入札商品ごとに異なる通貨を準備すること自体が一定の負担とも言える。特に、現在入札中の商品のように、他の商品にはない支払通貨が求められる場合、負担は顕著に現れる。

 それでも数名による競りが成立しているのはキャメル達オークショニアが定めた出品リストの名が、参加客の欲を刺激するからだ。彼らは乏しい情報を基に希望の品を選び、支払通貨をかき集めてくる。

 オークション以前から参加客の欲を刺激し、入札を成立させる。それもまたオークショニアに求められる手腕なのだ。そして、今、会場に満ちる参加客の熱、これを掬いあげ、より高く、より欲する者へと引き渡す。これこそがオークショニアの使命である。

 ところが、キャットからの依頼はこの流れを乱し、水を差すものだった。


― 捜索はまもなく終わると聴きましたが?


 キャメルはオークションの進行をしながら、チャットルームで問いただす。オークショニアらにとって、現実と電子で異なる振る舞いを並行するのは日常だ。いつだって、複数思考を並列できる素質が必要になる。


― その報告は不正確でした。捜索部隊はハムスター候の潜伏先を会場に限定していました。しかし、会場ではなく運営側、つまり商品保管庫を含むエリアへの侵入が可能であるとの報告があがってきました。


― 報告は確かなのですか。


― 報告をあげたスタッフらが脆弱性を実証しました。私も他のオークショニアも確認済です。残念ながらハムスター候は商品保管庫にいる可能性があります。


 眼前では参加者たちの保有する希少金属の上限値が示されつつある。一品だけに用いられる交換通貨では最高値が出やすい。それでも手探りなのは、この通貨がオークション以外の場でも価値をもつからだ。だからこそ出品者はこれを通貨に掲げた。出品者は参加客へ商品を受け取る覚悟を問うている。


― どの程度の時間を要するのですか


― 不明です。しかし、脆弱性を実証したスタッフらには既に保管庫内の捜索を許可しています。ハムスター候の出品予定時刻までの約1時間、それまでには壇上に彼を連れて行けるでしょう。


 遅い。その見込み時刻は全ての商品の競りが長引くことを想定したものだ。

 この先の出品リストを認識しているはずのキャットが早い解決を確約できない。それだけでイレギュラーが起きているとわかる。


― 無理を言ってスケジュールに穴を開けるわけにもいきません。可能なかぎりで工夫を凝らしましょう。とはいえ、幾つかの商品は私でも遅滞させることは不可能です。

 例えば、次の出品物商品№36。これはおそらくどんなことをしても引き延ばせないでしょう。


 №36“灼けた病癖”は、現在の商品と同様に特殊な通貨を利用する。そして、その通貨を大量に保有する参加客から清算への協力依頼が届いている。手数料を払うのも惜しまない。運営にとっては依頼を断る理由がない。

 精算を確かなものにするため、スタッフの幾人かは客が指定する保管場所へ通貨の確保に向かっている。



― ああ。彼ですか。厄介ですね。私は嫌いですよ、彼の競り落としかたはね。オークションの醍醐味をわかっていない。


 モニターの向こうでキャットが渋い顔をしたのが想像できる。高く売り抜けるのであれば、異論を挟む必要はないが、キャメルもキャットの気持ちは理解できる。

 その客の入札は一口に言えば下品なのだ。


― 他の商品でも即時落札が起きないとは限りません。ハムスター候の捜索は急いでくださいね。


 会場ではハンドライトの明滅がやむ。ここで切り上げ時だと、キャメルはハンマーを叩き、落札額を宣言した。会場後方のアリクイ面の落札者がガッツポーズを見せた。

 会場内に待機する精算係が音もなく彼に近づく。それを遠目に見ながら、キャメルは舞台袖のスタッフたちに合図を送る。

 精算と並行して次の入札を始める。これはあらかじめ自らで定めた進行ルールだ。破るわけにはいかなかった。


「続いての商品をご紹介いたしましょう。商品番号36“灼けた病癖”」

 キャメルの口から品名が出た途端、アリクイ面の男の隣で小さな影が立ち上がった。影は犬の面を被りじっと舞台袖を観る。キャメルは今宵の彼の席が壇上から遠く、下品な表情がよくみえないことに安堵した。

「こちらは水の都と呼ばれる港町で発見された、ある水夫の日記です。その水夫は品が発見された町から遠く離れた街で客船の荷役をして生計を立てていたと言われています。

 客船が寄港したことのない港町にどういうわけかこの日記のみが流れ着いたのです」

 発見場所にこの商品の本質はない。一方で、来歴ではないともいえない。歴史を語るのは“熱”を煽る工夫としてオークショニアに許された権能だ。

「日記を手にしたのは港町で酒屋を営むと女主人でした。彼女は、持ち主を探すため、革製のカバーに綴じられた日記を紐解いた。

 書かれていたのは水夫の活動記録でした。荷役開始時間、船の名前、荷物の種類と数、食事、そして、必ず最後に羅列される数字。数字は5つの項でひとかたまり。何種も書かれる日と1行しかない日が疎らにあることから、女主人はこれもまた持ち主が観察した何かだと判断をしたのです。

 もっとも数字の羅列が意味するところはわからないため、彼女は客船の名前から調査範囲を絞り込みました」

 説明に区切りを設けたタイミングで、スタッフらが壇上にショーケースを運び、布を取る。そこに現れた革製の手帳、“灼けた病癖”そのものに会場が息を詰まらせる。

「女主人はそれらの客船が港町から離れた他国を運行していると突き止め、手帳の最後に書かれた客船の停泊地を突き止めたのです。すると、その翌日より、女主人は小さな異変

に見舞われはじめました」

 キャメルの説明に合わせて、スタッフがショーケースに近づき、その端に金属製のコップの底を押し当てる。

 すると、コツ、コツ、コツ、コツと硬いものを叩く音がコップを伝わり会場に響く。

「皆さま聞こえておりますでしょうか。私どもは机や壇上を決して叩いておりません。“灼けた病癖”、その日誌がケースの内側で音を立てているのです。

 初めは住み込み従業員の申告だと言います。最近は主人の就寝時間が遅く、健康が心配だ。閉店してから朝日が昇るまで、絶えず二階で歩いている。従業員はそう述べた。

 もちろん! ご推察の通り、女主人には身に覚えがありませんでした。彼女は日が変わる前には床についていたのですから」

 ならば、足音はどこから来たのか。その問いも答えも口にするのは無粋だ。コツ、コツとリズムを刻むように鳴る音が次第に重なり増えていく。コップは震え、音は会場内へと広がり始める。参加者たちは音が自分の周囲で鳴り始めたことに慄き、あるいは興奮を隠せずに熱を帯びた。

 出品者の事前説明のとおり、この商品は無差別に祟る。会場の熱も、商品の状態も、競りの開始を遅らせることを良しとしない。

「さて、どうやらこちらの商品はこれ以上私に歴史を語ることを許してくださらないようです。早く新たな持ち主と共に歩みたいとの意思が感じられます。

 交換通貨は血液BLOOD、最低落札価格の指定はありません。最後に入札開始にあたり、出品者からのメッセージを読み上げます。これは、この日誌に宿る声を引き受ける覚悟の単位である。新たな所有者となるため、汝、覚悟を示されよ。

 それでは、入札を始めます!」

 ハンマーを叩くと、数名がハンドライトを掲げた。最低は100cc。精算を考えれば妥当なはじまりだろう。続いて、110。125。体躯にもよるが、人間一人の保有する血液は概ね約5000cc。その30%を失えば失血死に至る。

 先程の商品同様に参加者にとって通貨の重みがあるため取引額はあがりにくい。

「500。大きな値が入りました。さて、皆様いかがでしょうか。これよりも強い覚悟を示されるかたはおりませんか?」

 意外にも、彼はまだ札を入れていなかった。だが、500を越える手が止まるその一瞬で、彼の手が上がる。落札の合図だ。

「2500。2500です。さて、その他にはいらっしゃいませんか?」

 精算=死の可能性を示した額に会場が静まる。落札しようとも命を落としてしまえば意味がない。異様な商品を愛でるゆえに、参加者らは命に汚い。

 ここから先で手を上げるものは、払い方をあらかじめ用意している獣だけだ。

「5000。5000です!」

 彼以外にも潜んでいた獣が手を上げる。人間一人を贄とする。その覚悟が会場に示され、他の参加客は入札手続をやめた。“灼けた病癖”から漏れる幾人分もの足音が会場内を走りまわる。これで決まる。誰もがそう思ったに違いない。

 結末を知るのはキャメルたちスタッフらと、席から腰を上げたまま動かず壇上を見つめる彼だけだ。彼の手が再び上がる瞬間、キャメルは影全体が大きく歪むようにみえた。

「30,000。30,000ccの手があがりました。さぁどうでしょうか。他に覚悟を示されるかたはおりませんか?」

 いるわけがない。そもそも、ここまで来ると示しているのは覚悟ではない。出品者には悪いが、あの客は支払いたくてたまらないのだ。血液BLOODをいくらでも支払える。その力に酔っている、それだけだ。

「それでは、商品№36“灼けた病癖”、血液30,000ccでの落札で終了です! 素晴らしい覚悟でした。落札者の方は座席にてお待ちください。係の者が手続に参ります。

 それでは、商品の引渡のために音を封じましょう。当オークションは精算中も競売を進行することをお約束しておりますが、続いての商品が到着するまでもうしばらくお待ちください」


― 予定通り、ピッグ・ミーが落札しました。次の商品まで多少の時間は稼ぎますので、捜索に力を入れてください。


 既読はすれども即答がない。キャメルはチャットルームの向こうにいるキャットの悪態が聞こえたような気がした。


 

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ミサキの指先 若草八雲 @yakumo_p

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