オークショニア:キャット
20階。空中庭園最下層は、21階の土台であり四方を壁で囲まれている。数カ所に貼られた分厚い強化ガラス勢の床から見える下方の景色。それだけが、この場が浮いていることを示している。
しかし、19階から15階は空洞だがここに面する窓はない。そのため、陽が落ちれば空洞に光源はない。特に夜間に至っては床をみとも空中と確信ができない。
空中庭園としての価値がない代わりに、ここでは地層部分の展示や、空中庭園の管理法の紹介、講堂での講演、映画上映などを行っている。アルコン内ではバックルームと呼ばれているらしい。今宵のオークションもバックルームの講堂で行われる。
会場前の講堂では、接客スタッフが参加者を席に招き入れたりオークションの最終点検をしたりと大忙しだ。
リストバンドの故障を訴える客がいるかと思えば、出品リストと倉庫の商品の順番が違う、決済時の立会を希望する出品者が会場に戻らない。何度開催しても問題は起きないことがない。
それでもスタッフ達は逐次提示されるタスクリストに従い着実に準備を進めていく。
「なんとか時間通りに始められそうだね」
舞台袖に燕尾服に身を包んだオークショニアが現れる。彼の声が聞こえると、出品物の点検中のスタッフ達が一斉に姿勢を正した。
「開場挨拶は予定通り15分後です」
進捗報告をしたのはスーツに蝙蝠のネクタイピンをつけたハスキー犬。彼女は会場設営係のリーダー兼警備班副主任だ。
オークショニアは満足げに頷き、白猫の被り物を微笑ませる。他のスタッフのヘルメットでは不可能な表情の変化は彼が特別であることを窺わせるが、そのことを気に留めるスタッフはいない。
「粗相をした客はいませんか」
「ありません」
「不足している出品物は」
「ありません」
「参加予定の出品者は」
「ハムスター候が到着遅れとの連絡が入っています。21階を捜索中です」
「候のことだ。エントランスの食事を楽しんでいるのでしょう。彼の出番は後半ですから取り急ぎ開場に障りありませんね」
「ありません」
「よぉし。それでは残りの時間いっぱい最終点検を怠らないようにしてください。時間になったら始めますよ」
そういうと白猫はウインクを残して舞台袖を後にする。入ってきたときに比べて足取りは軽く、ステップを踏んでいるようだ。
「点検に戻れ。時間厳守のお達しだ。数字の若い商品に問題がないように注意しろ」
副主任が舞台袖のスタッフ達に檄を飛ばすと、彼らは再び点検作業へと戻る。細かい手順は常に表示されている。指示にさえ従えばミスはない。
―――
さぁさぁ。お待たせいたしました。時間となりましたので、今宵のメインイベント、秘密の夜会を始めて参りましょう。
―――
照明が落とされた講堂に、やや高めの男声が響く。会場が静まりかえると、講堂前方のステージに小さなスポットライトが灯る。ライトの下には木製で丸い座面の椅子が置かれている。座面上には空っぽの鳥籠。
会場内で幾つもの小さな光が点灯する。参加者たちが入札準備のためリストバンドの電源を入れたのだ。
「開催の挨拶前だというのに皆さま気がお早い。いえいえ、電源を落とす必要はありませんよ。私は皆さまのその意気込み、夜会への期待が嬉しくなってしまったのです。
本来であれば夜会の歴史の説明、はたまたオークションの手順の再説明などを行うべきなのでしょうが、期待に応えてサクサクと始めてまいりましょう。
それでは、ステージ上、スポットライトに照らされた商品にご注目! 姿はみえずとも主君には従う。危険を見つけることこそが使命。その存在は使命のためだけにある! 商品№1。“
おっと、自己紹介がまだでした。今宵の夜会。前半部の進行役を務めます、オークショニア、キャットでございます!」
口上に合わせて壇上にもう一つのスポットライトが灯る。司会進行用の台では木製ハンマーを掲げた燕尾服の白猫が笑みを浮かべている。彼こそが今宵前半の進行役、キャットである。
「商品№1の交換通貨は$。現行通貨での取引とは大変お優しい出品者ですね。それでは5000$からスタートいたしましょう!」
キャットが軽快にハンマーを叩くと、これを合図に講堂全体が薄らと明るくなる。同時に何人かがリストバンドをつけた腕を掲げ、オークショニアに価格を示す。キャットはその様子に、瞳を薄らと細めてみせる。
「25番、7500! 28番、7750! 12番、8500! 3番、9000! さて、9000が出ましたが他はいませんか? 25番、10000! 桁があがった。さぁさぁ」
キャットの呼び声に応じて何人かの腕が上がり、リストバンドが光る。釣り上がる落札額に競りの当事者も傍観中の参加者も静かな熱を帯びていく。
ここでは他で買えないモノを買える。
他では売れないモノを売れる。
集まった誰もが熱を帯びる魅力に満ちたオークション。それこそが秘密の夜会なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます