第1話


喪服を纏う深晴は涙を拭い、ある決意をした。深晴の凛とした眼差しは輝斗の遺影を見据えている。遺影の中にいる輝斗は笑っていたが、どこか陰を落としているような気がした。


――輝斗をこんな目に遭わせた奴を俺は許さない。


「あれ、君…」


誰かに話しかけられ、深晴は振り返る。目立つ金髪をした男性が深晴を見てひどく驚く。男性の目には復讐に燃える美しい少年が映っていたのだから。


「もしかして、ミハルくん?」


なぜ名前を知っているのだろう。


「どなた、ですか?」

「あ、探偵の大和っていいます。輝斗くんとはちょっとした知り合いでね」


深晴は大和の腕をつかんだ。


「協力してください」


大和の柔らかった表情は一変し、険しい顔つきになりこう尋ねた。


「それは、復讐をするということか」

「はい」


即答した深晴に大和は困ったように頭をかいた。


「まずはここにおいで」


渡されたのは大和の名刺だった。真っ黒な背景に彼の名前と探偵事務所の名前、住所などが記されていた。


「よく考えてみな。それでも復讐したいのならここにおいで」


優しい言い方ではあったが、その言葉の裏には『復讐なんかやめなさい』の意味が含まれていた。


「一応聞くけどさ、君はなんで復讐したいの?」

「…輝斗は俺の憧れだったんです」


そう、憧れだった。


明るくて優しくて誰とでも仲良くなれる。人見知りで話すのが得意ではない深晴とは正反対だった。輝斗の周りには常に光が照らされていた。まるで物語の主人公のように。深晴はそんな主人公を引き立てるための脇役の一人に過ぎないはず、だった。


輝斗は幼馴染である深晴を親友として接してくれた。表面的な優しさでも、同情からくる優しさでもなく、ただ一人の幼馴染として接してくれた。それがどれほど嬉しかったか。


「輝斗は俺に安らぎをくれたんです」

「安らぎ?」


そう話す深晴の横顔が美しくも、儚かった。今にも泡沫の如く消えてしまいそうな、そんな顔をしていた。


「一緒にいるだけで胸が温かくなる、安心する…それが安らぎというものでしょう」

「そうだね。君にとって輝斗くんがそういう存在だったんだね」

「はい」


大和はうーんと考える仕草を見せた。


「ま、どっちみち今の君には考える時間が必要だね。考えて、考えて、それでも復讐したいのならおいで」


手をひらひらさせて、葬式会場から去っていった大和の背中をいつまでもいつまでも眺めていた。








二週間後。深晴はある探偵事務所に来ていた。いかにも幽霊が出そうな古いビルの中に入居している探偵事務所。廃れた扉を目の前にして、深晴は深呼吸をしてからドアノブに手をかけた。


カラン、コロン。


訪問者を知らせる古風な音が響いた。


彼は深晴が来ることをまるで分かっていたかのように、こちらを見て笑っていた。


「待っていたよ。きっと来るだろうと」

「…お願いがあります」

「まあまあ、まずはお茶でもしようよ。君、コーヒー飲める?」


拍子抜けした深晴は遠慮がちに「ミルク多めでお願いします」と返事をした。


「了解」


大和はコーヒーに多めのミルクを入れて、深晴に渡した。


「…美味しいです」

「それはよかった。さて、話を聞こうか。その顔から推察するに、君はどうしても復讐をするんだね」


観察眼のある人だ。少ししか話したことがないのに、全て分かっているような眼差しをしてくる大和に深晴は小さな声で話し始めた。


「遺書を読んだんです」


遺書に書かれていた輝斗を裏切った人物がいることや輝斗が悩んでいることに気づけなかった自分を許せないと話す。


「俺は許せないんです。親友の心を殺したやつを。輝斗を救えなかった俺を」

「だから、復讐をすると?」

「はい」

「いいかい?復讐からは何も生まれないよ。そんなことが分からない馬鹿でもないだろう、君は」

「それでも、俺は復讐をします」


昏い眼差しをする深晴に大和はため息を吐いた。ここで話を聞いて、あわよくば復讐心を消せば万歳だったんだがな。どうしても彼は復讐をしたいらしい。


「おれ、輝斗くんとは知り合いでさ」

「ああ。前に言っていましたね。…なんで知り合ったんですか?」

「これから話すことは君にとっては残酷な話になるかもしれないけど、それでも聞く覚悟はある?」


覚悟などとっくに決めている。


深晴は力強く頷いた。その覚悟を確かに見た大和は話し始めた。


「おれと輝斗くんはあるゲイバーで会った」


輝斗がいなかった空白の二ヶ月を追うように、深晴は耳を傾けた。


「遺書にもあるとおり、輝斗くんは男しか好きになれない性的指向を持っていた。そんな自分に悩み、自分と同じ人と話してみたくてゲイバーに行ってみたと彼は言ってた」


深晴には言いたくなかったのだろう。親友ではあったが、どうしても打ち明けられない輝斗の心情を察する。太陽のような輝きを持っていた彼だが、翳りもまた持ち合わせていたのだ。


打明けてくれなかったことに淋しさを覚えた。


「おれはある依頼でゲイバーにいたんだよ。探偵がする調査などたかがしれている」

「…浮気調査とかその類いでしょうか」

「その通り」


とっくに冷めたコーヒーを一気に飲み込み、大和は話を続けた。雨が降り始め、ザーザーと強く地面を打ち付けている。


「おれの依頼人もゲイだった。自分の恋人が浮気しているか調べて欲しいと依頼されたのが始まりだった」

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空白を埋める 氷魚 @Koorisakana

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