第2話 家に来る?

 文芸部に誘われた際、俺は先輩からこう言われた。


『家に来る?』


 だからではないけど、俺は今、その先輩と同じことを言ってしまった。


「いや、なんか暇そうにしてるから。俺、文芸部で、部員は俺以外に誰もいないから。一緒にどうかなと思って」

「あ、文芸部への勧誘?」

「そうそう」


 なんとかごまかせた。

 だけど、根元ねもとさんは快く受け入れてくれるだろうか。


 今日は誘いを断りまくっていたからな。

 いや、別に断られてもいいのか。

 うっかり誘っちゃただけだし。


「そんなの行くわけ……んん」


 やっぱり断られるかと思ったが、言葉を途中で切り、邪念を振り払うかのように頭をぶんぶん振っている。


「行ってやってもいいわよ」


 腕を組み、ない胸を反らしている。

 偉そうな態度は変わっていない。


 ♡


「ようこそ……って言ってもなにもないけどね」


 あるのはテーブルとイス、そして本棚。

 テーブルの大きさは4人用。イスは4脚。

 本棚は大きいのが1台。


「……同じ」

「なにか言った?」

「ううん、なにも」


 珍しい物はなにもないはずなのに、部屋の中を興味深そうに根元ねもとさんが見ている。


 2人とも席に座る。

 俺が本棚がある側。根元ねもとさんが壁しかない側。

 誘っておいてなんだけど、なにもすることがない。


「すきにしてていいよ」

「うん」


 困った。非常に困った。

 なにが困ったって?

 スマホを取りに教室に行ったはずなのに。置き忘れたままだ。


「ごめん。ちょっと席外すね」

「わかった」


 誘っておいて放置とはいかがなものかと思うも、やはりスマホがないとどうにもならない。


 ♡


 俺は教室に置き忘れていたスマホを回収し、部室に戻ってきた。


「どこ行ってたの?」

「教室」

「は? さっき行ったのに、また行ったの?」

「誰かさんが1人で悲壮感に浸っていたせいで本来の目的を果たせなかったんだ」


「なに? 私が悪いって言いたいわけ?」

「別に悪いとは言ってない。ただ、なにをしたいのか、甚だ疑問なだけだ。聞くだけ聞いてやってもいいぞ」


「別に聞いてほしいなんて思ってないし。余計なお世話」

「なら言わなくて結構」


 俺はワイヤレスキーボードとスマホをテーブルの上にセッティングする。


「なにしてるの?」

「執筆」

「執筆って……どういうこと?」

「小説、書いてるんだよ」


「へぇ〜、なに? 趣味?」

「趣味といえば趣味だが……一応、仕事」

「仕事ってことは稼いでるってこと?」

「まぁな」

「へぇ〜、すごいじゃん」


 面と向かって言われると恥ずかしいな。

 始めた動機がさちへのコメント力を鍛えるためだからか、なおさら恥ずかしい。

 訊かれたらどう答えようか。


「ちなみに始めた動機は?」


 訊かれてしまった。


「……なんか、カッコイイから」

「ウソね」

「なんでそう思うんだよ」

「顔に書いてあったから」


 するどい。


「じゃあさ、私のこと正直に話すからさ。あんたも正直に小説を書くようになった動機を話してよ」


 あんたって……。


「なんでそうなるんだよ」

「いいじゃない、別に」


 強引だな。まぁ別にいいか。

 よくよく考えたらネットや文庫のあとがきにさちへのコメント力を鍛えるために始めたことを公表しているし。


「それじゃ、悲壮感に浸っていた理由を聞こうか」

「たいした話じゃないんだけどね」

「話したくないんなら結構」

「ううん、話す」


 話すのか。


「私、クラスのみんなと仲良くなりたいの。だけど、緊張してうまく話せなくて配信なら大丈夫なんだけど」

「配信?」

「!? そこは忘れて!」

「ああ」


 言うつもりではないことまで言ってしまったのか?


「ねぇ、どうしたら仲良くなれると思う?」


 もしかしたら根元ねもとさんは前の学校でもツンケンオーラを振りまいて孤立してしまったのかもしれない。


 そして、その空気に耐えきれず転校してきた。

 だとしたら訊く相手を間違えているな。


「自慢じゃないが、俺に友達はいない! だから俺に訊いても無駄だ」


 根元ねもとさんは「ふふ」とか「はは」とか声を漏らして笑い出した。


「なんだよ?」

「いや、なんか……私と同じで孤立してる人いるんだと思ったなら急におかしくなっちゃって。ごめ、ぶふっ!」

「失礼なやつだな」

根元ねもと小幸こゆきよ」


 困惑していると根元ねもとさんが言葉を続けた。


「さっきから名前で読んでくれないじゃない」

「ああ、そういうこと」


 あんた呼ばわりするやつに言われたくはないがな。


「あんたは?」

「俺は成瀬なるせ大知たいち

「そう、成瀬なるせくんね。なんだか、あんたとなら仲良くなれそう」


 類は友を呼ぶ、とでも思われているんだろうか。

 友達がいない同士ってやつ。


「それで、聞かせてくれる? 小説を書くようになったきっかけ」

「ああ、好きなVTuberがいて。その子へのコメントをよりよくしようと思って始めたんだ。当時は中学1年生だったな」


「へぇ〜……同じ」

「?」

「ううん、なんでもない。そっか、いいね。そういうの」

「なにがいいんだ?」


「好きが溢れてるっていうか、何振り構わないっていうか」

「キモいだけだろ、こんなの」

「そんなことないよ。そのきっかけになったVTuberの子も、そのこと聞いたら嬉しいと思う」


 本人に言われた気になってしまった。声が似ているせいだな。

 胸にじんわりと温かいのを感じる。

 正直に言うと嬉しい。


 俺はこんな理由で始めた自分を、自分で否定していた側面があったのだろう。

 認められ、受け入れられ、そして安心させられた。


 教室でのツンケンが嘘のように、小幸こゆきの笑みは聖母のように柔らかかった。


「私、もう行くね」

「ああ」

「また明日」

「ああ、また明日」


 そのまま去るかと思ったら、扉から顔を覗かせて根元ねもとさんは言った。


「私達、もう友達だよね?」

「そうだな。友達だ」

「じゃあさ、大知たいちって呼んでもいい?」

「ああ、もちろん。それじゃ、俺は小幸こゆきって呼ぶな」

「うん。じゃあね、大知たいち

「ああ、また明日、小幸こゆき


 部室から小幸こゆきがいなくなってからさちの動画を再生し、声を確認する。


「やっぱり、そっくりだよな」


 ♡


 部室の鍵を職員室に返却し、帰宅前にスーパーに寄る。


 一人暮らしを始めたばかりの時は自炊をしていた。だが、段々と面倒になり、1年経った今ではスーパーの弁当を漁るようになっている。


 残った調味料は親にあげた。

 1人暮らしをしているとはいえ、実家は車で30分もすれば着く距離にある。

 月1程度で様子を見に来る。ささと掃除をして帰る事が多い。


 ありがたいような、うざったいような……文句を言ったら罰が当たりそうなので好きにさせている。

 実家に戻ることを検討したことがあるが、俺の目的がまだ果たせていないことから戻れずにいる。


 そんなことを考えながら弁当売場に向かう途中、小幸こゆきをみつけた。

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