第14話

「義人さん、申し訳ございません。急な話なのですが少々所用ができてしまいまして……そこまで時間はかかりませんので、しばしお待ちいただけますか?」


 放課後うちの教室にやって来た静さんは申し訳なさそうな表情で切り出してきた。


「別にかまなわいよ」


 少々待たされるぐらいわけなかったので僕は即座に了承する。


「ちょうど良い機会だし、僕は図書室を覗きに行ってくるよ」


 元々図書室には早いうちに顔を出すつもりだったのだけれど、入学早々からいろいろとありすぎて未だに訪れることができずにいたのである。

 それに教室で静さんを待つぐらいだったら、図書室を探検している方が余程心の平穏を保てる。

 僕が悪目立ちしてしまっている現状、下校したり部活動に参加したりで数が少ないとはいえクラスメイトの残る教室でぼんやりと座っているのはなんとなく気まずいし。

 僕の心の癒やしであったりそうでなかったりする与坂さんは、お菓子が待っているからと茶道部の活動に向かってしまったし(廊下を走って向かおうとする与坂さんを郡山君が首根っこを掴んでなんとか制御しようとしているのが印象的だった)。


「ありがとうございます。すぐに片付けて来ますから」


「そんなに急ぐことないよ。生徒会の活動とかそんな感じ?」


「ええ。生徒会長が本日提出の書類を放置して溜め込んでいたことが発覚しまして。まったく、あれほどしつこく確認したのにまだ手をつけていないなんて……とにかくすぐに片づけてきますから」


 僕の問い静さんはぼやくように答えてから足早に去って行った。僕は気にしてないし、急ぐことはないのに。

 しかしあの生徒会長──二条先輩はけっこうちゃらんぽらんな性格をしていらっしゃるらしい。

 いや、二条先輩は静さんを生徒会に引き留めたいみたいだし、生徒会の仕事を静さんに回すことで離れがたくする作戦なのかも……まあそれはないか。

 僕がそんなことされたら逆に生徒会の仕事を嫌になりそうだし、単純に二条先輩がそういう人だということだろう。

 僕はかばんを持って教室を出ると、図書室に向かう。

 図書室は教室棟の二階、廊下の突き当りにあった。


「へえ……」


 両開きの扉を開いて中を覗くと、僕の口から思わず声が漏れる。

 図書室は想像していた以上に広かった。その上最新の雑誌や新聞が並べられた棚があったり調べもの用なのか比較的新しそうなパソコンが置かれていたりで、質は僕の通っていた公立中学とは雲泥の差である。

 流石私立高校はお金を持っているんだなと感心しつつ中に入り、蔵書の物色を始める。

 やはり学校の図書室ではあるからか、図鑑や国語の教科書に載っているような古い小説が多いけれども、最近刊行された本もそれなりに入っているし新刊コーナーには先月刊行された本も入荷していた。

 いくつか興味を惹かれる小説や気になっていた新刊が置いてあったので、しばらくは読むものに困らなそうだ。

 しかし、これだけの設備や蔵書があれば利用者もけっこういそうなものなのだが、図書室の中は閑散としている……というか訪れている生徒の姿はなく、なんならカウンターに司書さんや図書委員らしき生徒の姿もない。

 もしかして今日はやってない日だったのかしらと不安に思っていたのだが、ちょうどカウンターの奥の扉が開いて中から人が出てきた。

 司書さんかと思って声をかけようと思ったのだが、出てきた人物を見て僕は思わず目を丸くした。


「……あら?」


 中から出てきた人物の方も、僕の存在に気が付いて目を見開いている。

 その人物は制服を着ており胸元のリボンの色が赤なので、司書さんではなく二年生の女子生徒だというのは一見して理解できた。カウンターの内側から出てきたところを見ても図書委員に違いない。

 僕が驚いたのは、その女生徒が絵に描いたような美少女だったからである。

 容貌の整った垂れ目で柔和な顔立ちと、腰のあたりまで伸びた絹糸のように艶やかな黒髪の美人さんが、僕に微笑みかけてくる。


「一年生の子ね。ごめんなさい、ちょっと裏で作業をしていたものだから」


「い、いえ……おかまいなく」


 彼女の言葉に、僕はしどろもどろに答えてから内心で舌を打つ。

 おかまいなくってなんだおかまいなくって……。動揺していたとはいえなんとも間抜けな答え方をしてしまった。

 まいったな。美人は静さんで慣れていたつもりだけれども、こうもタイプが違うと勝手も違うらしい。

 静さんには可愛らしいところがいくつもあるが、基本的には背が高くきりっとしたできるキャリアウーマンタイプの人だ。

 ひるがえってこの人は教室の窓際で本を開いているのがお似合いの文学美少女といった感じだろう。

 そんな人を眼前にして僕は柄にもなくそわそわしてしまい、つい言わなくても良いことを口にしてしまう。


「その……こんなに良い図書室なのに、利用者が少ないんですね」


 言ってから僕は激しく後悔した。

 図書委員がこんなこと言われても不愉快になるだけだろうに。

 僕はその図書委員の先輩に謝ろうとしたのだが、しかしその先輩は気に留めた様子もなく頷いている。


「ええ、本当に不思議ね。この図書室、今日だけではなくて最近はずっとこんな感じなの。私が入学した時はもうちょっと利用者がいたと思ったのだけれど」


 僕は相手が話しに乗ってくれたことにほっとしつつ会話を続ける。


「へえ……。何か理由があるんですかね?」


「それがさっぱりわからないのよ。なんとか利用者を増やせないかと思ってドラマの原作小説を入荷してみたり定期購読の雑誌や新聞を置いてみたり、いろいろやったつもりだけれどさっぱり効果がなくて……。世間で若者の読書離れなんて言われていてもあまり実感がなかったのだけれど、この様子を見ると本当に本って読まれなくなったんだなって思ってしまうわ」


 図書委員の先輩は困った顔で頬に手をあてながら図書室を見渡していたが、思い出したようにこちらを振り向いた。


「ああ、ごめんなさい。私ったら一年生の子にこんな話を聞かせてしまって。本を借りるなら受け付けるわ」


「あ……はい。ちょっと待ってください」


 もうちょっとゆっくり品定めしてから借りる本を選ぶつもりだったけれど、どうにも彼女と話していると落ち着かなくてついそんなことを言ってしまったので僕は慌てて目をつけていた本を書棚へ抜き取りに行く。

 数冊の小説を手に取ってカウンターにとって返すと、彼女はカウンターに座って僕のことを待ち受けていた。

 カウンターの上に本の置くと、彼女はバーコードリーダーを手に持ちながらもう片方の手を僕の方に差し出してきた。

 彼女の意図がわからず固まる僕と、そんな僕のことを不思議そうな目で見つめる彼女の間に気まずい沈黙が落ちる。


「……ああ。もしかしてあなた、外部受験組の子かしら?」


 しばらくして、彼女が何かに気がついたような表情をして僕に確認してくる。


「は、はい。そうですけど……」


 僕が頷くと、彼女ははにかんだような笑みを浮かべる。


「ごめんなさい、説明不足だったわ。ここの本の貸し借りは学生証で管理しているの。中等部の図書室も同じ仕組みだし、ほとんどの子は中等部上がりだからついそのつもりで対応してしまって」


 頭を下げる彼女に僕は焦って声を上げた。


「い、いえ!そんな、大丈夫です!外部受験組なんてほとんどいないって話ですし、そんなことで謝っていただかなくても!」


 先輩に頭を下げさせてしまっていたたまれなかった僕は急いで学生証を取り出して彼女に差し出す。

 彼女は学生証を受け取るとバーコードを読み取ろうとし……そして学生証の名前を見てわずかに目を見開き、そして小さくつぶやいた。


「……そう、あなたが」


 その様子を見て僕の心はずきりと軋む。

 今までこの学園の中で僕の事を知った人の反応は、たいてい碌なものではなかった。

 このお淑やかな人からも同じような反応をされると思うと……それは少しばかり辛かった。

 どんな言葉を浴びせかけられても心を強く持とうと身構える僕に、しかし彼女は予想外の言葉を投げかけてきた。


「この学園、普通の学校と比べるといろいろ変わっているから大変でしょう?」


「え、ええ……それはもう」


 頷く僕に、彼女は大真面目な表情で語る。


「私もここしか高校を知らないから比較はできないけれど、皆考え方が大人びているというか独善的というか。良くも悪くも我が強い人が多いから人付き合いも大変。……ただでさえ外部受験組は肩身が狭いのに、あなたは一ノ瀬さんの事もあるから尚更よね」


 あまりにも真っ当にこちらを慮《おもんばか》る言葉を聞いて僕は愕然としてしまった。

 冷静に考えれば変な話なのだが、まさか今の環境でこんな事を言われるなんて思いもしなかったのである。

 思わずちょっぴり泣きそうになりながらも、僕は彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。

 それが何なのか答えに行き着く前に、彼女が柔らかな微笑みと共に口を開く。


「私は西園寺春香。貴方と同じ外部受験組なの。学園のことで困った事があったらなんでも相談してちょうだい」

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うちのメイド(自称)が人気者すぎて学園生徒の敵になった僕の話 萬屋久兵衛 @yorozuyaqb

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