第13話


 二条先輩はここじゃなんだからと僕を教室から連れ出した。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら歩く二条先輩とその後ろを歩く僕は、静さんと一緒に歩いていた時と同じぐらい注目を浴びている。

 静さんの時と違うのは視線に敵対的なものが少なく、困惑や驚きがといった感情が多分に含まれていることだろう。

 静さんとの関係で(悪い意味で)有名な僕が、生徒会長という別の意味での有名人と一緒にいるのだから当然だろう。

 それに、話の流れで言えばこの人は……。


「あの……二条先輩」


 僕は前を歩く二条先輩に声をかけた。


「ほいほい。どうしたのん?」


 二条先輩は歩を緩めて僕の隣に並んでくれる。


「いえ、さっきの話の流れで気になったんですが、理事長というのは……」


「うん、うちのパパじゃんね」


 あっさりと頷く二条先輩に、僕は一瞬悩みつつも思い切って彼女に問うた。


「それじゃあその、二条先輩の頼みで理事長が学生を退学にしたっていうのは……」


「あああれ?もちろん嘘よ嘘。いくらなんでも身内の言葉だけでそんな無茶苦茶なことしないって」


 あっは〜と笑いとばす二条先輩に僕はホッと息を吐いた。

 もしそんな無法がまかり通るような学園だったらどうしようと心配したのだが、どうやら杞憂だったらしい。


「そ、そうですよね。いくらなんでもそんなことするわけないですよね」


「正確には生徒会が中村君の素行不良を調査して学外での不法行為の証拠を掴んだから、生徒会長として理事長に報告したんだけんどもね」


「……」


 何で生徒会が一学生の調査なんてやっているのだろう。

 というか、生徒会でということは静さんもその怪しい調査に参加していたのだろうか……。

 いや、なんだか踏み込んじゃいけない領域に踏み込んでしまいそうだからこれ以上の詮索はよそう。


「それならなんで先ほどはあんな脅すような真似を?もうちょっと穏便に済むやり方があったような気もするんですが……」


 確かに若林先輩の勧誘は問題しかなかったけれども、あんな嘘みたいな脅しで屈服させる必用はなかったと思う。

 あんな権力乱用を示唆するような話を公の前でしたら、いろいろと問題があると思うのだが……。


「大丈夫大丈夫。こう見えてもその辺はちゃんと考えてやってるじゃんね」


「と、言うと?」


「ああやって生徒会長がやる時はやるやつだって思わせておけば、やんちゃしづらくなるじゃん?あれは一種の示威行為ってわけ」


「けれど、そんなことしてたら評判に影響が出るんじゃ……?」


「へーきへーき。うちは理事長の娘なわけだし、静音ちゃんを生徒会に引っ張り込んだって実績だけで十分食べていけるもんよ」


「は、はあ……」


 そういえば静さんが先輩の頼みを断りきれずに仕方なく生徒会に入ったとか言ってたけれど、その先輩というのはこの人のことなのだろう。というか、そんなことが生徒会役員としての評判に影響するのだろうか……。


「それにしてもさっきの啖呵はかっこよかったじゃんよ」


「別にそんな……。ただあんな脅しに静さんを巻き込みたくなかっただけで。というか見てたんですか?ならもっと助けてくれればよかったのに」


「ちょうど良いシーンだったからつい。それに静音ちゃんのご主人様がどんな子なのかも見たかったんよ」


 僕の非難がましい視線に二条先輩は悪びれる様子もない。


「それにしても静音ちゃんのために脅しにも屈服せずにはっきりと断るなんて。ああやってはっきりと言うのはなかなかできるもんじゃないよ。静音ちゃんが惚れ込むわけじゃん」


「ははは……」


 僕はやたら持ち上げてくれる二条先輩の言葉を曖昧に笑って誤魔化した。

 実は東京の倉庫で一番単価が高い大口荷主が保管スペースの拡張を求めているのに空きスペースがなくて広げられないから、土建屋の建材とか単価が安くて利益にならない客が出て行ってくれないかなあ……なんてことを酒に酔った父さんがこぼしていたことがあったので、これで本当に荷物を引き揚げてくれたらラッキーだな~とか打算を働かせていたのだが、流石にこれは言わないようにしておこう。

 そんなことを話している間に僕たちは校舎からテラスに出て、歩廊から生徒会館に辿り着いた。


「里崎君はここにはもう来たことがあるんじゃんね」


「ええ……すみません」


「いいのいいの。ここは別に特定の人しか来ちゃいけないような場所じゃないじゃんね」


 そう言いながら二条先輩は扉に手をかける。

 電子キーで解錠した様子がなかったので不思議だったのだが、中に入って得心がいった。

 一階の応接には既に数人の生徒が待ち受けていたのである。


「ええと……」


 僕は予想外の展開に困惑しつつも、思い当たった予測を口にする。


「もしかして、生徒会役員の皆さんですか?」


「正解正解大正解。ここにいるのが現高等部生徒会のメンバーじゃんよ。もちろん、庶務の静音ちゃんを除いてね」


 中等部の時は生徒会長だったという静さんは、高等部では庶務であるらしい。

 まあ就任当時は高校一年生だし、二条先輩に言われて入った生徒会だから大層な役職は嫌がったのかもしれないけれど。


「あ、今日静さんが押しつけられたとかいう生徒会の仕事って……」


 思わず少々失礼な言葉が口を突いて出てしまったのだが、ソファーに座った線の細いイケメンな男子生徒(ネクタイの色が赤色なので二年の先輩だろう)が気を悪くした様子もなく頷く。


「僕が一ノ瀬に仕事を振った。彼女抜きで君と話す時間を設けたくてね」


「は、はあ……えっと」


 僕が困惑している間にイケメンの先輩は立ち上がるとこちらに寄ってきて、手を差し出してきた。


「現生徒会副会長の清水谷公孝しみずだにきみたかだ。よろしく」


「里崎義人です。よ、よろしくお願いします……」


 清水谷先輩に差し出された手を取り握手をすると、他ふたりの生徒会の人にも自己紹介をされた。わざわざ握手まで求めてきた人は清水谷先輩だけだけれど。


「まあそんな感じで紹介も済んだし、さっそく本題に入ろうじゃんよ」


 二条先輩にソファーを勧められて僕がソファーに座ると、テーブルを挟んだ対面に二条先輩と清水谷先輩が座り、他のふたりの生徒会役員は先輩達の座るソファーの後ろに立った。

 ……その立っている生徒会役員達の人も当然上級生なわけで、最下級生の僕としては非常に気まずかった。

 そんな僕の心情など気にも留めず、二条先輩が口を開く。


「先ずは話の前に、君の現状についてなんだけんども。随分と皆から注目されてるじゃんね」


「ええまあ、お陰様で。楽しい学園生活を送らせてもらってますよ」


 二条先輩の物言いに、つい皮肉が口を突いて出てしまう。


「ごめんごめん。正直な話、静音ちゃんがぞっこんなご主人様が来るって聞いて懸念はしてたんよね。まさかここまで話が大きくなるとは思わなかったじゃんよ」


「僕もイチ生徒のことでここまでの騒ぎになるとは思いもしませんでしたよ」


「それだけ静音ちゃんの影響力が大きい証拠なんだけんどもね。流石にうちの生徒もやり過ぎかな。良いとこの出の坊ちゃんお嬢ちゃんが多いから我が強くて困っちゃうじゃん」


「今後もし困った事があれば遠慮なく生徒会を頼ってほしい。生徒会はすべての生徒の力になる」


「……ありがとうございます」


 誠実そのものの清水谷先輩の口振りに僕は礼を言いはしたものの、あまり彼らを頼る気にはならなかった。

 生徒会が出張るということはすなわち話が静さんの耳に入るということだ。

 例え厄介ごとが起こったとしても可能な限り静さんに心配をかけたくない。


「それじゃ本題に入るけんども、里崎君を呼んだのは教室でも言った通り頼みがあるのんよ」


「はあ……それはどういう」


 僕が先を促すと、清水谷先輩が口を開いた。


「頼みというのは、一ノ瀬のやつを次期生徒会に立候補するよう説得して欲しいんだ」


 それを聞いて、僕は思わずため息を吐きたくなった。

 ある意味予想通りの展開である。

 そりゃあ入学して数日の僕個人に回ってくる案件なんて静さん絡みでしかあり得ないだろうけれども。


「……静さんは元々高等部の生徒会には参加しないと言っていはずです。活動に興味のない生徒を一年間役員として引き込んでおいてもう一年というのはいかがなものかと思うのですが」


 とりあえず僕は極めて真っ当な意見を述べてみる。


「わかっているとも。そもそもこんな依頼、君が受けていた強引な勧誘と同じようなもので本来ならば無理強いなどもっての外だ」


「それなら──」


 と、僕が言いかけたのを清水谷先輩が手で制して続ける。


「待って欲しい。僕達とて理由もなく彼女に生徒会役員を押しつけようとしているわけじゃない」


「これには深いふかーいわけがあるじゃんよ」


 清水谷先輩の言葉を二条先輩が引き継いだ。


「静音ちゃんが中学校で生徒会長を務めていたのは知ってる?」


「ええ、噂程度に。確か、すごい改革を成し遂げたとかなんとか」


「その通りじゃん。静音ちゃんは当時がっちがちだった中等部の服装規定を改定して、アクセサリーとか装飾類の制限を緩和させたんよ。規定の緩和なんて青嵐学園が開校してから何度も行われていない偉業だったから、生徒達はもちろん、一部教師やOB達も大盛り上がりだったわけ。言わば時の人ってやつじゃんね」


「無論、時制や僕を含めた他の生徒会役員の協力もあってのことで一ノ瀬が独力で全てを差配したわけではない。それでも旗頭として立った彼女の功績は計り知れなくてな」


「ホントとんでもないじゃんね。学生の自主自律を重んじる青嵐だけんども、流石に中等部となると高等部に比べて制限が多くてねえ。うちが静音ちゃんの前に生徒会長やってた時にもコネをフルに使って頑張ったんだけんども、静音ちゃんに押し付けることになっちゃったんよ」


「しかし、あの時は二条会長が色々な成果を残してくれたからこそスムーズに事が運んだのですから」


「そう言ってもらえるとありがたいけんどもねえ」


「……あの、そろそろ本題に」


 なんだか話が脱線してきたので僕は口を挟んだ。

 ……なんとなく話が見えてきて気が重いところではあるけれども。


「ああ、すまないな。……中等部でそれだけの実績を残した一ノ瀬だ。高等部でも当然何か大きなことをやってくれるだろうと期待が高まっている。そんな状況で、その一ノ瀬が生徒会長になるどころか生徒会役員にすらならないという。彼女自身はそれで良いとして、一ノ瀬に期待が集中していたその後の生徒会選挙はどうなると思う?」


「……つまり、他に生徒会長のなり手がいないと?」


「ま、そういうことじゃんね。ついでに君が青嵐学園生に敵視されてる一端はここにあると言ってもいいんじゃないかね」


 僕はそういうことかとため息を吐いた。

 どうやら静さんが中等部時代にあまりにも高い実績を作りすぎたせいで、本人の意向など関係無しに生徒会長就任待望論が持ち上がっている、ということらしい。

 確かに当の本人が立候補するしないにかかわらず人気を独り占めしている状況でわざわざ立候補したい人物などそういまい。


「……別に静さんでなくとも、おふたりのどちらかが立候補すれば良いのではないですか?」


 僕が水を向けると、二条先輩は肩を竦めた。


「最悪はうちが立候補しても良いんだけんどもねえ。うちは一年目から生徒会長だったし、流石に三年連続生徒会長ってのはちょっといかがなものかと思うじゃん?」


「僕としても他にどうしようもなければ異存はないが、自ら進んでババを引きに行く趣味はないのでな。一ノ瀬が生徒会長になると言うのならそれに越したことはない」


「あ、なんなら清水谷君お気に入りの西園寺ちゃんを生徒会長にするのとかどう?あの子、室町君とか内ヶ島君とかとも仲良しらしいじゃん?その辺の優秀なお友達と清水谷君がものすごく頑張ればなんとかなるかもよ」


 名案だと言わんばかりに手を叩く二条先輩に、清水谷先輩が血相を変える。


「馬鹿言わんでください!ただでさえ春香は女子生徒からいらぬやっかみを受けやすいんです!生徒会などに入れたら余計な厄介事が増えるに決まっています!」


「冗談だよ冗談。あの子自身も優秀そうだし悪くなさそうな案だけんども、生徒の支持が追っつかないだろうからねえ」


「まったく……。春香を矢面に立てるぐらいなら僕が責任を持って生徒会長を務めます」


「おうおう、清水谷君も男の子じゃんねえ」


 じゃあ僕らを巻き込まずに責任を持って生徒会を切り盛りしてくれと切実に思うのだが、そうはいかないんだろうなあ……。


「まあそんなわけで、うちらとしてはつつがなく生徒会の代替わりを終えるためになんとか静音ちゃんに生徒会に入ってもらいたいんよ。生徒会長をやりたくないって言うならそっちはうちか清水谷君がやるってことでも良いじゃんね」


「しかしながら申し訳ないが、出来る限り一ノ瀬の説得をしてもらいたい。それが一番荒れずに済むからな」


「……」


 本当ならばこんな話、迷う事なく断ってしまいたい。

 生徒会や学園生徒の都合など僕には知ったことではないし、仮にそれが理由で僕の立場が悪くなろうとも構わない。

 しかし……。


「しばらく考えさせてください」


 僕は回答を保留した。

 煮え切らない僕の態度に、しかし二条先輩は笑みを浮かべたまま頷いた。


「そかそか。まあしょうがないじゃんね。断られたからって何かあった時に助けないとかそんな嫌がらせはしないから、ゆっくり……というほど時間は取れないけんども、よく考えてちょうだいよ。個人的には受けてもらった方がありがたいね。……君自身のためにも」

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