第2号 人参が舞い降りてきた夜

 晴仁が人参と出会ったのは、こんな夜だった。

 福岡は馬鹿多ばかたにあるライブハウス『バッカターレ』。現在ロック・バンド29ニクZUで活動している敬愛するベーシスト、牛蒜うしひる10の格好をまねて、晴仁は黒のチャンピオンのパーカーに黒のジーンズ、オニツカタイガーのシューズでキメて、リズムに身をまかせていた。

 牛蒜がすぐ目の前で、黒のフードをかぶってベースをかき鳴らしている。ヴォーカルの91キューイチが割れた声をまき散らす。



 ♪ヤッホと叫べば ヤッホと答える

  山になり〜たい〜



 新メンバーの08レイヤのギターソロがはじまった。するとそこで、とんでもないことが起こった。晴仁の真後ろにいた若い女が、山のような人参をステージに向かって投げ散らかしたのだ。

 女を中心に狂気の渦が巻き起こり、警備員に連れ去られる数名の客。騒動をものともせず声を張りあげ続ける91。


 警備員に答えた、女の供述。「この前Twitterツイッター(現在のX)で2106が、沖縄で食べた人参しりしりが超絶おいしかったって言ってたからさ。いっぱい食べさせてやろうと思って」

 翌日のTwitterで、牛蒜の投稿。「おれが独身なら、あんな女を嫁にもらうのも悪くない。栄養のこととか考えてくれたんだろ?」



(やれやれ、なんてこった……)

 ライブハウスを出てから、晴仁がふと首の後ろに手を回すと、フードの中に人参が一本、紛れ込んでいた。

 

 

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