第16話 非力

「ちょ、セラート!」


 腕を掴んでやめさせると、セラートは首を横に振り始め、ニット帽から耳がはみ出す。


「私は獣人です! 誰か私をころ──」

「やめろ!」


 その口を塞ぐと、荒々しい吐息が手に当たる。

 辺りを見渡すと、人は歩いてない。

 でも何なんだ、何でこんなこと……勇者のヤツ、セラートに何を伝えやがった。

 ……手に当たる息が弱まっていく。


「急にどうした。そうやって死ぬのは違うだろ」

「こうした方がいいんです」

「なんでだよバカ野郎! オレは何のためにキミを助けたんだよ!」

「知りませんよ、そんなこと」


 肩を掴んで顔を覗くと、同じ虚ろな目をしていた。

 生きようとしてたヤツが、もう死のうとしてるなんておかしいだろ……。


「セラート、キミがどうしようとオレは勇者を倒す。キミをこんなふうにしちまったんだからな」


 あの時と同じだ、またしがみつかれる。

 でも今回は、すげぇヤな気分だ。


 ──ドタッ。


 石造りになっているアーチの先で、ベージュ色の髪……ウッ、遠目でもケツのライン丸見えなスパッツ、あと上にパーカー着てる。

 下には何も着てないんじゃないか……? 酷い服装の女の子だ。


「どうしたんだ? 大丈夫か?」


 近付いて、うつ伏せに倒れているその子を足で転がす。

 顔はやつれていて、お腹の鳴る音がすごい。


「や、焼肉屋へ……。焼肉屋へ連れてってェ……。お金ならあとで払うからァ……」

「かまわねーけどよ、何で肉なんだよ」

「肉以外はアレルギーキツくて食べられないのぉ……」


 アレルギーなら知ってるぜ。

 まあ、獣人を食えなくなってからは人肉でも食ってりゃいいんだ。

 セラートはオレから離れ、行き倒れの子の口に人差し指を突っ込む。

 その子はチュパチュパと、キショい顔をしながらセラートの指に吸い付き始めた。


「とりあえずは私の指を。シヘタさんが勇者を倒せないと言っていた理由、分かったんです。それに、勇者を倒しても……格闘家さんのように町は築けるかもしれませんが、私の自己満足でしかない」


 セラートは行き倒れの子をおぶろうとするが、その子の重さに潰れる。

 あの時獣人にも負けてたし、随分と非力らしい。

 オレがおぶり、セラートはアクェの手を引き焼肉屋『ヤキニク園スドオリ』へと入っていく。

 入った瞬間に、セラートは嗚咽する。


「おい、大丈夫かよ」

「……世界を変える方法があるんです。勇者によって切り離された二つの世界を元に戻す、そうすると人類がどうなるのかは分かりませんが、魔族側に残った獣人たちが私たちに手を貸してくれる」

「手を貸してくれるって言い切れるのか?」

「ええ。向こうの世界からは私たちの世界を覗くことができますし、夢の中で繋がっています。私に名前を付けたのは向こうの世界の人なんです、助けたいとも言ってくれています」

「確信はあるのか?」

「夢の中で、私は母親と何度も会っていますから」


 そういや、小屋でもそんな風なこと言ってたな。

 夢の中で名前を付けてもらった〜とか。


「おいオマエら、あの席に座るぞ。はよう」


 行き倒れていた子がオレの背から降りると、汚ねえ涎を床に垂らしながら、テーブル席へ着き……オレらが来るのを待たずにタッチパネルを操作する。


「あんじゃんステーキ! ……でかさは3キロにしとこ。いあいあ、アチシみたいなどチビだけじゃ入店拒否されるし助かったよ」

「良かったな。それで、どうやって二つの世界を元に戻すんだ?」


 勇者にはできるかもしれんが、やんねーしな。

 ムリなんだろ、どーせ。


「勇者の仲間になる素質がある人、その誰かが強くなれば……望みを叶えるほどの強力な、その人だけの魔法。固有魔法を使えるようになるそうです。勇者は、シヘタさんなら世界を元に戻せるかもしれないと言っていました」

「んっ、それじゃセラート。キミはどうして壁に頭叩きつけたりなんか……。キミも仲間の獣人も、上手くいけば助かるかもしれないだろう」

「……二つになっていた世界が一つに戻ると、どうなるのかが問題なんです」


 ほ、ほーお? 難しい話になりそうだぜ。

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