第14話 超危険人物(シエラ視点)

▱▱▱


「ここが、水の都」


 白に黄緑の三角模様が付くシャツに青のジーパン、そして長い金の髪を後ろに束ねた男パダスは、サングラスに指を掛けながらそう呟いた。

 水の都、キュラリー。

 あちこちに人口の滝があり、白いレンガの道と溝に流れる水が特徴的なここは年中を通して涼しく、観光地としての人気が高い。

 ただ、この水面の下では──悲鳴と断末魔が毎日のように響いている。


「その格好、なんで店に入ってそれなんだ? バカっぽいぞ」

「あ。赤とか黒の上着買い忘れた。リネル、買ってこい。サイズ違ってたら殺す」

「うひっ……分かったよ」


 側にいる癖っぽくて長いベージュ色の髪をした子、リネルが大きなバッグを抱えながら衣料品店へと戻っていく。

 服装はピンクのフード付きパーカーに黒いスパッツ、こちらの格好の方が問題である。

 当のわたくしはというと、サラサラで透き通る金色の髪、前髪は両脇を編み込みシースルー気味に薄めにしたおかっぱペア。

 目は王族代々の碧眼、白にピンクのアクセントが効いたワンピース。

 靴は高級ブランド品で特注の……ンフッ、白いウェッジヒール、底面は訳あって赤い。

 こう美形でありながら着飾りはしているが、二人と一緒にいると浮くのは私の方である。

 ダラダラと歩くリネルを見ながらパダスは舌打ちし、ため息混じりに叫び始めた。


「それが済んだら昼食にする! リネル、お前の大好きな焼肉だ」


 リネルはピッと姿勢を正し、足早に衣料品店の中へと向かった。


「パダス」

「焼肉といってもメニューは色々ある。イヤなら肉を食べなければいい。どのみちあの山々ができるほどの量は捨てられている……」

「そうではなく、私たちはこの下にある屠殺場を破壊しに来ているのですよ? それなのに、こんなチグハグなことをして目的を果たし切れるとお思いで?」

「あ……シエラ様に逆らうつもりではなく。すみません」


 パダスは直様に、私の前で土下座する。

 私はこの民衆行き交う街中で土下座して貰いたい訳ではなかったと、断っておきたい。

 早速、ざわめきと共にこちらへ目が向けられている。


「おほほほ……もうよろしいんですのよ? パダス。皆さまが驚いていますわ」


 パダスは起きてベリリとシャツを割き、その下に着ていたチョッキの鞘から剣を抜き取る。


「何見てんだよ……。まだ見続けてくるような生きてる価値のないヤツらはッ」

「ちょっと!」


 パダスが剣を振ると、周囲にいた数人が切れ崩れ、血を吹き出しながら倒れる。

 悲鳴、逃げ惑う足音、子供の泣き声。

 血溜まり、死肉からずり出る臓物。

 まただ。


「殺されて当然。そんな世界に変えなくては、姫様の願いは叶わない」


 そんなことする気、私にはない。

 この男、召使いの中でも強いので私の護衛として連れてはきたが、王室を出て最初に着いた町でもこうなり、間違いだったと気付かされた。

 下品な態度にはもう慣れたものの、治安を気にせず犯罪を簡単に犯す。

 制止しても聞かない。

 最初に獣人問題へと取り組んだのもあって、私はケモナー過激派と呼ばれる始末。

 リネルはリネルで陰で私のことをヘンタイケモナー暗黒乳首姫と呼んでおり、町行く人々からも時々そう呼ばれ、白い目や見せ物でも見るような好奇の目を向けられることがよくある。

 こんな旅、早く終わらせたい。

 名誉の回復などはどうでもいい。

 いつか運命の人を見つけ、幸せな家庭を築く。

 そんな夢を叶えられるなら、このような現状はきっといつか、笑い話になるというものなのだ。

 悲鳴を聞きながら、死体と血を剣でパダスを眺める。

 いつものことながら、体が硬直してしまう。

 こんな酷い光景には、全然慣れない……。


「すみません、靴に血が……少しですが」

「ふ……。こ、こんな風に無関係な人々を殺害するなんて、なっ、い。いっ、い」

「い?」

「な、なぜですか。いつもいつも……」

「この神器DX生きているソード食べますくん(2d8+4.5)があれば完全犯罪が可能なので、問題ありませんよ」

「そ、ひょ、ふっ、はひっ、ぐっ。問題大ありですッ!」

「とにかくお召し物を変えましょう。おいリネル! 聞こえてんだろ! 姫様の靴も買ってこい、サイズ間違えんなよ!」


 ……ああ、胃が痛いどころではありません。

 私はどんなに悲惨な末路や最後が訪れようと、受け入れる覚悟だけはできております。

 運命よ、彼を止められない無力な私にいかなる罰もお与えください。


「泣き虫ですね、姫様は。さ、リネルが買い物してる間に焼肉行きましょう」

「が、あがっ」


 声すら出せないとは情けない。

 私は今日も、ただパダスに腕を掴まれて引っ張られ、フラフラと着いていくことしかできなかった。

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