第2話 桃太郎伝説 桃太郎1

今は昔の物語。


  「あれが鬼ヶ島か。言い得て妙だな」

  見つめる先、山の中腹にそびえ立つ城壁。町を丸ごと囲むように立っている。

  「桃太郎様」

  声の方は振り返ること無く答える。

  「どうだった?」

  「はい、やはり出入り口はあの門だけでした」

  「そうか、やはりな」

  桃太郎は鬼ヶ島と呼ばれている城壁に囲まれた街を見ながら答える。

  「もう少し情報が欲しいな。佐助、菊、今度は近くの町を調べてくれないか?」

  「はっ」

  「はっ」

  桃太郎はいまだに鬼ヶ島から目を離せずにいる。

  やはり、策が必要か。桃太郎はそう思いながらも、鬼ヶ島を見つめている。



「ちょっと待って」

ニカが無表情のまま話しを遮った。

「どうしたの?」

「どうしたの?って、なんでいきなり桃太郎が鬼ヶ島に行っているのよ」

ニカが険しい顔をして問い詰めてくる。

その手はまだこちらに伸びていないのを僕は確認してから答える。

「まだ序章だからね。これから説明していくよ」

僕はニッコリと笑って返したが、ニカは不満そうな顔をしている。



  桃太郎は鬼ヶ島から目が離せずにいる。面倒なことを押し付けられたものだな。

  朝廷からの命令とはいえ本当に面倒な事を押し付けられた。

  桃太郎は自分の生い立ちを思い返していた。

  桃太郎の父親は朝廷に仕える武士で、朝廷に逆らう者たちを討伐する仕事をして    いた。

  父親は優秀で、朝廷の周りの土地に住む者たちの殆どを従わせる事に成功していた。

  しかし、髪が白く年老いたように見える容姿だった。

  それに、母と早くに結婚をしたが、中々子宝に恵まれなかった。

  そのため、父親の事をよく知らない人からは老夫婦だと勘違いをされていた。

  そんなある時、朝廷に反逆していた最大の勢力を父親は討伐した。

  その褒美として朝廷は桃を父親に送った。

  朝廷もこれ程に優秀な武士に子供が生まれないことを残念がっていた。そこで、不思議な力があるとされる桃を父親に送ったのだ。

  桃を食べた二人。見事に桃太郎を身籠ったのだ。そして朝廷への感謝を忘れないために、子供に桃太郎と名付けた。

  ここまでが桃太郎が幼少期から成人するまで、両親だけでなく周りの大人たちから、それこそ耳にタコができるほど、聞かされてきた話だ。

  桃を食べたおかげなのか、桃太郎は両親の良いところを受け継いだようだった。

  父親の武芸に、母親の知性、それに容姿端麗。成長するにつれ体格にも恵まれ、武芸に関して桃太郎に敵う物がいないほどだった。

  桃太郎の成長を父親はとても喜び、朝廷に、自分がいつ引退しても問題ないと言う程だった。しかし、桃太郎には朝廷が信用できなかった。

  簡単に言ってしまえば、朝廷は常に見下してくるのだ。

  町民たちを草と呼び、朝廷に逆らう者たちは鬼、鬼の残党を柴。

  自分達、自分の親族以外を人として扱っていない。人として認めていない。

  それなのに、桃太郎の父親たちをこき使う。そう、人として扱っていない。

  朝廷から送られた桃のお陰で自分が生まれた。そのことよりも、朝廷の態度が桃太郎は気に入らなかった。

  事実、父親は柴狩りと称して残党の討伐をさせられている。

  しかし、反旗を翻すつもりは無かった。ただ、朝廷に良いように使われるのが嫌だったのだ。

  だが、どうすれば家族に迷惑をかけずに朝廷の言い成りにならずにすむのか、それが思いつかずにいた。

  そんな思いを抱えていた桃太郎も成人を迎えた。

  成人を迎えた桃太郎に朝廷から命令が言い渡された。

  「吉備の国を団子にせよ」

  この朝廷の言い回しも桃太郎は好きになれなかった。吉備の国を団子、つまりは手も足も出ない状態、服従させてこい。そんな意味だが、朝廷は汚れた言葉を使うのを嫌がるのだ。

  そんな所も桃太郎は嫌いだった。やっていることは他者の征服なのに、使う言葉だけ気をつけていて、何のためなのかが分からないからだ。

  嫌な気持ちではあるが、この命令は桃太郎にとってチャンスではあった。

  この吉備の国は朝廷のいる都から遠く離れており、朝廷の影響が及んでいない地域で、朝廷の威光を示すためにも今回桃太郎が鬼退治に任命されたのだ。

  この朝廷の影響のない地域、うまく立ち回ればこの吉備の国で朝廷から独立が出来るかもしれない。これはまたとないチャンスだ。桃太郎はそう考えていた。

  朝廷は嫌いだが、吉備の国を団子にする。この命令は今後の自分や家族のためにもやり遂げなければならない命令となった。

  とはいえ、吉備の国まで連れていける人数も限られている。桃太郎のこの考えを知っており、裏切らない者。

  犬飼佐助。犬飼家の次男で、佐助の父親は桃太郎の父親の片腕として各地に参戦している。何よりも桃太郎と生まれが近く、ともに成長した兄弟のような存在。武勇に長けているのは勿論だが、何よりも桃太郎に対する忠誠心は誰にも劣らない。

  木地菊。木地家の長女で、菊も桃太郎と年が近い。木地家は情報収集に長け、潜入や情報工作も得意な家だ。菊も忠誠心は高く、特に桃太郎の武勇と知略を高く評価している。

  結局この二人とその供回りの者たちで吉備の国に向かうことになった。



「ふーん。なるほどね」

ニカは相変わらず無表情のまま話し始めた。

「桃太郎は桃から生まれたんじゃなくて、桃を食べて生まれた。ってことね?」

「うん、そうだね。実際に桃を食べて若返ったおじいさんとおばあさんが桃太郎を生んだって話もあるらしいからね。どっちが正しいとかもないみたいだよ」

「そしてキビダンゴに、イヌとキジのお供ね」

ニカは考え込んだ表情に変わる。

「じゃあ、サルは?」

「もちろんサルもこの後ちゃんと出てくるよ」

「まあ、そうよね。でも、なんでいきなり朝廷が出てきたの?」

今度は純粋に疑問を投げかける顔、って言うのか、子供が大人に疑問を投げかける顔だ。表情がコロコロ変わるのは、見た目の年相応に思える。

「うーん、そうだなあ、なんで朝廷が出てくるのかは、また後の話の中で詳しく話す予定だけど、それで良いかな?」

ニカは不満そうな顔をして頷いた。

「他に、ここまでで疑問に思うことや、引っかかるところはないかな?」

「…うん、無い」

少し思い返しながらニカは答えた。賢い子だなと僕は思った。



  吉備へと向かった桃太郎。道中では先行している木地家の者たちから吉備についての情報が入ってくる。

  なかでも、桃太郎が興味を持ったのは鬼ヶ島と呼ばれる城壁で囲まれた町だった。

  桃太郎が育ったところは城壁など無く、ましてやその中に町が入っているなんて想像が出来なかった。

  そこで桃太郎はその鬼ヶ島が一望できる場所へ行き、その鬼ヶ島の大きさを確認したのだった。

  鬼ヶ島の強大さと堅牢さが入ってくる情報でよく分かる。

  なるほど、よく考えられている。素直に感心する。うまく行けばその鬼ヶ島が自分のものになる。

  そのためにもまずは情報だ。桃太郎は気を引き締めた。

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