第2話 美奈実のしゅーかつ
どうやら前を走る電車が踏切で衝突事故を起こしたらしい。車内アナウンスの情報が更新されるたび、美奈実は身体が冷える心地がした。どこから情報を得たものか、前に立つ学生風の二人組が「肉片飛んでるって」「まじか」と囁き合うのには身震いした。予定の電車に乗り遅れてよかったと心底思った。そんなものを目撃してしまったら、今日どころかこの先の人生にずっと支障をきたしてしまう。
電車は一つ先の駅で停まり、乗客の大半はそこで降りた。運転再開は早くて一時間後になると聞かされ、美奈実の緊張は一気に増した。今日の就職面接ばかりは遅刻はできない。書類や一次面接で落ち続けた中、やっとこぎつけた最終面接なのだ。例え美奈実に非がなくとも、遅刻なんて心象は悪いに決まっているし、平常心で臨めなくなるのは大いに困る。乗り遅れてよかったはずがない、事故になんて巻き込まれないくらい早く家を出るべきだった。
駅員に尋ねれば、目的地まではタクシーが一番早いと言うので仕方なく乗った。とにかく急いで欲しいと頼み込む美奈実を、運転手は「セクシーだねえ」と笑った。見ればタイトスカートが腿まで捲れ上がっている。美奈実は真っ赤になって座り直した。やっぱりパンツスーツにするべきだった、ぎりぎりで着替えてしまったのがよくなかった。朝家を出るときに母親とあんなやりとりさえしなければ、今頃は無事に着いていたかもしれない。
違う、と膝の上で拳を握る。後悔はほどなく怒りに変わった。肉付きのいい太腿が露わになってしまった、だからなんだ。笑われる理由がない。だいたい人身事故ってなんだ。なぜ今日、この時間なのだ。事故だか自殺だか知らないが、死ぬ時は一人で静かに死んでほしい。
何かの陰謀かと思うほど道は混雑しており、運転手は何度か話しかけてきたが美奈実はひたすら「急いで下さい」と繰り返した。目的地に着いたのは面接時間の8分前で、カード決済に手間取り車を降りた頃には8分は2分になっていた。
ダッツだ、と美奈実は決めた。終わったら絶対にコンビニでダッツを買う。絶対にラムレーズン。なければある店を探すまで。それで今日のことは全部忘れる。だから頑張る。地獄の就活は今日で終える。
目的のビルは横断歩道を挟んで反対側だった。予め教えられていた番号に電話を掛けながら、信号が青になったのを確かめて、美奈実は駆け出した。
電話の向こうの女性が企業名と採用窓口を名乗った。左手側から車が走ってくるのが見えたが、当然信号前で止まるだろうと、美奈実は足を止めなかった。
「お世話になり──」
ます、と言い終えることはできなかった。
スマホは宙を舞った。誰かが悲鳴をあげるのを、美奈実は空に放り出されながら聞いた。
身体の左側に遅れて衝撃が走り、また別の衝撃が全身を襲った。
視界が真っ白になり、真っ黒になった。轢かれたのだ、と理解したところで、すべてが手遅れだった。
全身が引きちぎられたように痛んだ。実際どこか引きちぎられたに違いない。現界を越えた痛みは燃えるような熱に変わり、同時に急速冷凍されていく。猛烈な勢いで血が流れ出て行き、脳がシャットダウンするのが分かった。
死ぬのか、と美奈実は思った。
まじか。人生ゴミじゃん。
気が付いたとき、美奈実はコンビニにいた。
他に客の姿はなく、レジでは外国人の店員二人が喋っている。美奈実の耳には分からない言語だったが、店内に踊る文字はすべて日本語で、そこが日本であることは確かだった。
己の姿を見下ろした。短大の頃から使い続けているリクルートスーツに、形の崩れたリクルート鞄。ストッキングは伝線していて、パンプスは踵の合皮が剥げている。
しかし傷跡も血痕もない。両手両足は揃っている。
「……すみません」
美奈実はレジに声を掛けた。店員達は話に花を咲かせたまま、こちらに気付く様子はない。
「エクスキューズミー。……コップンカー。ナマステー」
言語の問題ではないだろう。手旗信号よろしくばたばたと腕を振ったところで、彼等は全くの無反応だった。
そんな予感はしていた。自分の手や足元を見れば、向こう側がうっすらと透けている。
握りしめていたスマホを見れば、日付は面接日のちょうど一ヶ月後になっている。位置情報は東京都文京区。面接に訪れた会社は新橋、東京都港区のはずだった。違う場所なのは明らかだが、そこそこ近いのかかなり遠いのか、美奈実には東京の地理がよく分からない。そもそもこのスマホは生きているのか。メールやLINEは面接日の朝のものが最後になっていて、何度更新をかけても変わらない。
入ってきた客とすれ違ってみる。外に出て、道行く人に声をかけてみる。しかし案の定、誰からも反応は返ってこなかった。
歩き回るうちに足の痛みを覚えて、美奈実は戸惑う。死んでいるのに、ヒールがきつい。引きちぎられた腕は少しも痛まないくせに、合皮に擦られた指や踵がじくじくと痛む。全身死ぬほど痛かったのに、というか実際、死んだのに。
往来の真ん中で立ち止まると、背後から知らない男が美奈実の身体を通り抜けていった。何の感覚もない、ということにまずぞっとしてから、むくむくと湧き上がる怒りを覚えた。人の身体がここにあるのに、何を勝手に通過しているのか。
脱いだパンプスを投げつけた。既に男の背中は遠く、届く距離ではなかった。コンクリートの上を転がったそれは、消えもせず、行き交う人々に踏みつけられることもなく、ただそこにあるままだった。その様を美奈実は長い間見つめていた。
「……意味わかんない」
吐き捨ててその場にしゃがみこむ。結局は拾い上げた靴を乱暴に鞄に突っ込んでからも、立ち上がることはできなかった。
ふと気が付けば、目の前には背の高いガラスケースがあった。上から下まで冷凍食品が詰まっている。
いつの間にコンビニに戻ったのかと背後を振り返り、景色の違いに驚いた。そこは元のコンビニとは明らかに異なる、大型のスーパーマーケットのようだった。
「……なんで」
情けない声が出た。スマホのGPSを信じるなら、美奈実の現在地は川崎市川崎区、つまりは神奈川県だった。東京ですらない上に、住まいの宇都宮からはむしろ遠ざかっている。
視線を上げた先に、ガラスの中のパッケージが目に入った。死ぬ直前に思い描いた、アイスクリームのアソートパック。
ああそうか、と思い至る。私はこれを目当てに来たのか。悔しくて悲しくてこれを食べずして死ねなくて、ふらふらと神奈川なんかまで。
美奈実はガラス扉に手を伸ばした。何秒後かの未来には、この透明な体はきらきらと天に昇るのだと信じて。
しかし扉は開かなかった。把手を握ることすらできず、何かに触れる感覚すらなく、伸ばした手はするりとガラスを通り抜けた。
「……なんで?」
尋ねたところでどこからも答えは返ってこない。手には冷たさも熱さも感じない。
美奈実は裸足のまま歩いた。アスファルトは陽射しが照り付けて熱いのだろうが、足裏には何も感じない。
歩くことに目的はない。立ち止まろうが歩こうが、ふと気がつけばまるで景色の違う場所にいるということを繰り返して、地図アプリを開くことはやめていた。何故かスマホの充電は減らず、日付も一向に変わらないので、時間の感覚も失った。
また意識が遠のく感覚がする。やがてすべてが分からなくなるまで、あとどのくらいの時間を無為に過ごせばいいのだろう。
「阿久津美奈実さんですか」
突然声を掛けられて、美奈実は高い悲鳴をあげた。長らく閉じたきりの喉からそれだけの音量が出たことに、自分で驚いたほどだった。
振り向けば、美少女がいた。
制服のような白いセーラーワンピースに、高く結ったポニーテールをレースのリボンで結んでいる。二重と涙袋が印象的な瞳に、通った鼻筋につるりとした肌。可愛いよりも美しい、むしろ眩しいという言葉が似合う。
「急にごめんなさい。あの、どうか落ち着いてください。あたしたち怪しい者じゃないです」
鈴を転がすような可愛らしい声で言いながら、美奈実に対して両手を上げ下げしてみせる。
隣には背の高い男が立っていた。開襟シャツからスニーカーまで全身を白い装いで包み、なぜか真っ赤な雨傘を携えている。仰ぎ見ればこちらも驚くほど整った容貌の持ち主で、太陽の光を後光に錯覚してしまう。
え、あ、と美奈実は意味のない音を漏らした。
「……て、天からのお迎えとかですか」
「あれっ」
美奈実が問えば、美少女は大きな瞳を更に大きくした。
「もしかして、亡くなったこと自覚されてますか」
反射的に零れたのだろうその問いかけが、美奈実のすべてへの答えだった。
「調査書間違ってる」「二十四時間後に意識が戻ったんだろう。珍しいことじゃない」白い二人組が囁き合う。
そこはどこかの公園だった。少女は美奈実の足元に気付くと慌ててベンチに腰掛けるよう促し、自分も隣に腰を下ろした。男は立ったままでいる。
「あたしは桜といいます。こっちは拓ちゃんです」
「拓真です。阿久津美奈実さん、ですよね」
美奈実は辛うじて頷く。
傍には動物を模した遊具が並び、小学生男子たちの遊び場になっていた。彼等は手元の携帯ゲーム機に集中して、突然奇声をあげたり誰かを怒鳴りつけたりと忙しい。桜や拓真の姿が見えているのかは分からない。
「遅くなってごめんなさい」と桜は言った。
「美奈実さん色んなとこに行かれていたので、今日やっと見つけてお声掛けしたんです。もう少し早く来れればよかったんですが」
「私のせい?」
言いたいことも尋ねたいことも山のようにあった。それらが一気に溢れた結果、美奈実の口から漏れたのはそんな言葉だった。桜が慌てて「違います」と言うのも、最後まで聞かずに続けてしまう。
「色んなとこ、行きたくて行ってない。気が付くたびになんか知らない場所色々移動してて、訳分かんなかったのは私のほうだし。死んでるから私のこと誰も見えないし、どこ行ってもなんにも触れないし。アイス一つが永遠に買えなくて、だから成仏もできなくて」
二人は顔を見合わせた。
「アイス?」
「ダッツ。面接終わったら絶対食べようって、撥ねられる直前に思ってたの。だから食べるまで死ねなくて、私ずっとふらふらしちゃってたんでしょ。違う?」
「うんと、違うような違わないような」
「とりあえず食ってみてから話します?」
拓真は親指を立て、公園の外を示した。向かいの通りにコンビニの青い看板が見えている。
「え? や、だから、言ったじゃないですか。私食べられないって」
「味は? こっちで適当に選ぶんでいいですか」
「え、え、ラムレーズン……なかったらストロベリー」
「かしこま!」
可愛らしく敬礼して、桜は駆け出していった。美奈実は唖然としたまま拓真を見上げた。彼は肩を竦めた。
「あいつのあれは、たぶん自分が食いたいだけです」
「……や、待って、色々追いついてないんですけど。食べるの? 買えるの? え? あなたたち人間なんですか?」
「今はまだ、そうですよ。おれたちも美奈実さんも」
自分が当然のようにファーストネームで呼ばれていることに、美奈実はそのときやっと気付いた。もっとも彼の声は低く静かで、馴れ馴れしさとは遠くにあった。
「酸素も水もなくても存在できる、摩訶不思議な人間ではありますが。普通、赤の他人からは見えるはずですし、物も触れるはずなんです。アイスも肉も食える、酒だって飲める」
「うそ」
「ほんとです。ただ、あなたの場合は、ご自分の死を強く意識しすぎていた。死んだ自分が他人に見えるはずがない、見えてしまってはおかしい、困る、くらいの意識でいたでしょう。だから何もできないまま、簡単にあちこち飛ばされてしまった」
「……やっぱり私が悪いんですか」
「そんなことは言ってません」
彼はあくまでも穏やかに言った。
あたりには子供たちの声に混じって、蝉の声が響いている。日差しは眩しく、気温はきっと高いのだろう。しかし拓真の肌は青みがかって白く、触れれば冷たいのだろうと思われた。
「今のあなたはわりと最強なんです。望んだことはほとんどすべて実現できる」
「死んでるのに?」
「死んでるから」
ほら、と拓真が顎で示す。膨らんだビニール袋を手に、桜が走ってくるところだった。
「ラムレーズンありました! ラッキーでした! それにほら見て見て、華もちのやつもあったので買ってきちゃいました。もう絶対美味しいに決まってるじゃないですかこんなの。食べましょ食べましょ」
両手で捧げ持つようにして、桜は丸いアイスクリームの容器を見せた。期間限定と書かれたパッケージや、四角い箱が次々とベンチに並べられていく。
手が出せないでいる美奈実のために、桜は容器の蓋を取り紙スプーンの袋を剥き、一匙掬うところまで世話を焼いた。美奈実がそれを受け取ってからも、支える手は離れない。あーん、は恋人ごっこのおふざけなのか介護なのか、どちらにしてもひどく恥ずかしいと思いながら、美奈実は口を開いた。
冷たい、と思った。温度は分からなくなっていたはずなのに、舌先がまずそれを感じ取った。すぐに甘さが追い掛けて広がる。バニラと洋酒の香り。歯で弾ける果肉。僅かに舌の上に残る皮。美味しいと思った。こんなに美味しかっただろうかと思うほど。
ほっとしたような表情で、桜がそっと手を離す。美奈実はもう一匙を口に運んだ。
「……美味しい」
「よかったです!」
視界が歪み、零れた涙が頬を伝う。周囲の音が遠くなり、身体が浮く感覚がする。すっかり慣れた感覚に意識を飛ばしかけたところで、下からの重力に強く引かれた。
見れば、拓真に右の手首を掴まれていた。慌てて立ち上がった桜に左手も強く掴まれて、身体がベンチに着地した。文字どおり地に足が着いた。
「飛んでくなよ。あんた探すのに何日かかったと思ってるんだよ」
「拓ちゃん」
拓真の粗野な物言いに、桜が非難の声をあげた。なるほどそれが素なのかと思えば、美奈実はむしろ初めてまともに彼の瞳を見ることができた。
「……成仏できるのかと、思った」
「もしそうなら止めたりしません。そんなに単純じゃないでしょう、あなたという人は」
怒るべきなのか納得するべきなのか分からなかった。美奈実はまだ人間なのだという。そしてこの見目麗しい二人組も。それぞれに掴まれた両手が熱を持つような錯覚を覚えたとき、その手は離れていった。
「自己紹介が遅れました。お察しのとおり我々は天からの遣いのようなものですが、天使やら死神やらの怪しい類ではありません」
二人は、衣服のポケットから名刺ケースのようなものを取り出した。差し出された紙を何かと思いながら受け取ってみれば、それは正しく名刺なのだった。
「我々は、回収人です。美奈実さんの魂の回収をサポートさせていただきます」
「魂の、回収」
「ご説明いたします!」
桜が元気に挙手をした。大きな黒いリュックサックからタブレットを取り出し、桜柄のラバーカバーを剥く。「ご覧下さい」と見せられた画面には、ピクトグラムが踊っていた。
女性の声とも男性の声とも判断がつかない、特徴的な機械音声が流れていく。──死んだ人間の魂は普通、七日以内に外の世界へ向かいます。強い思いや未練を残していると、長くこの世に留まってしまうことがあります。云々。
「……なにこれ」
内容そのものよりも、その映像のクオリティに意識を引きずられてしまう。絵や文字のサイズは疎らで、アニメーションのテンポも良くない。なんとなく残念な出来だった。
「桜ちゃんが作った動画?」
「いえ、編集したのはお役所の方です。可愛いですよね!」
「いや……。え、お役所? って、冥府の番人的な」
「うんと、ご想像されてるのとは違うと思います。ちゃんとしっかり生きてる人です。本物の日本の、国家公務員のお兄さんです」
「……国家公務員? え? まさか桜ちゃんも?」
「いいえ、あたしたちは違います。あたしたちはアルバイト的な、業務委託? みたいなやつです」
「冥府の番人のような存在が実在するのだとして、我々はその孫請けの孫請けのようなものです」
つまり、と美奈実は必死に咀嚼する。動画の中でも何か言っていた。回収人の仕事とは、不良債権(まいごのたましい)の回収代行というところか。
「交通事故の後、美奈実さんは救急車で病院へ運ばれ緊急手術を受けましたが、意識が回復しないまま一週間後にお亡くなりになりました。……実際はその一週間の間に、少なくとも一度は意識を取り戻されていたようですが」
美奈実の身に覚えは一切なかった。自分が病院に運ばれたことすら知らなかった。
「死亡診断日から数えて、今日は三十九日目です」
回収期間が四十九日だというのだから、あとは簡単な引き算だ。
「美奈実さんの時間は、あと十日あります。アイス以外にも、欲しいものとかやりたいこととか、何でも仰ってみてください。できるだけ全部やりましょう!」
美奈実は返事しなかった。手にしたままのアイスクリームを口に運ぶ。美味しい、ということ以外は何も分からない。長い夢でも見ているのだろうか。
暫くそれを見守ってから、桜はいそいそと自分の分を開け始めた。大きな一口を含み、ぱっと花が咲くような笑顔を見せるのが、よくできたCMのようだった。見つめていると「もう一個食べますか?」と差し出される。美奈実は首を振った。
ベンチに置かれたアイスクリームは結露もせず、触ればまだ驚くほど冷たいのが不思議だった。小学生男子たちは相変わらずこちらに見向きもしない。こんな美少女がいるというのに、いい歳の大人たちがアイスパーティーを繰り広げているというのに。
何が起きているのだろう、とずっと考え続けている。拓真や桜の話はあまりに突飛だが、もう何日も何週間も、理屈では説明できない状況は続いている。理解できようとできなかろうと、自分がここにいる事実は変わらないのだ。
「……なんか、すごく、疲れた」
頭に浮かんだ言葉がそのまま口に出た。
「今、何がしたいかって言われたら私、寝たい。ずっと寝てないし、猛烈に眠い。どこでもいいから、静かにベッドで眠れるとこに行きたい」
「どこでもいいんですか? じゃあじゃあ温泉旅館とかにします? 日本国内ならどこでも行き放題ですよ」
美奈実は黙った。出会ってから一時間も経たないうちに、彼女等には「は?」と「え?」と「なんで?」を何度連発すればいいのか。
「とりあえず」と割って入ったのは拓真だった。自らのスマホの画面を見せてくる。「駅前のビジネスホテル、大人二人で予約しました」
「……二人?」
「桜を貸します」
「喜んで貸されます! 目覚ましにも抱き枕にもなりますよ、ちょっと体温低めだけど有能ですよ。もちろんお話相手にもなりますし、邪魔だったらずっとお布団被って静かにしてます」
なんで、と今度は尋ねる前に理解した。桜は見張り役なのだ。つい一瞬前のように、美奈実がまたどこかへ飛んで行っては困るということなのだろう。
翌朝はスマホのアラームに起こされた。
それまでの不調が夢だったかのように、拓真から転送されたホテルの予約メールは美奈実のスマホでも閲覧できた。フロントではスタッフとの会話に不自由することもなく、ただの宿泊客二名として扱われた。
薄汚れたリクルートスーツを着て、靴擦れの目立つ足にパンプスを騙し騙し履く。自分の姿が鏡に映るという当たり前のことが奇妙に思えた。肌のコンディションは面接の日の朝から少しも良くなっておらず、手持ちのコンシーラーでニキビを塗り隠す手間は削れない。破裂したはずの内臓は腹の中に収まっているというのに、全く奇妙なことだと思う。
待ち合わせに指定されたファミレスに向かうと、拓真は奥のテーブルでブラックコーヒーを啜っていた。前日の服装をそのまま全身黒染めしたような格好で、傍らの真っ赤な傘がやはり浮いて見えた。
「美奈実さん、あんまり寝てないんじゃないですか」と顔を見るなり言うので驚いてしまう。
「分かるんですか」
「なんとなく」
美奈実の隣で、桜は口を開けていた。わかんなかった、と音に出さず口のかたちだけで言う。
「……色々考えたら、眠れなくて。人生でやり残したことなんかいっぱいあるけど、やり残したことしかないけど、でも成仏できないほどの未練なんて心当たりなくて。私一体何がしたいんだろうって、書き出してみたりしてたら、気づいたら明け方になってました」
きづかなかった、と桜はまた口をぱくぱくさせた。そうだろうなと美奈実は思う。昨夜の彼女は、ベッドに潜るなりすぐに深い眠りについた様子だった。放っておいてほしいと頼んだのは美奈実だったが、少し恨めしい気持ちにもなった。
「書き出したもの、ありますか? 拝見しても?」
「……これ」
鞄からメモ用紙を取り出す。部屋の抽斗に入っていた、ホテルのロゴと電話番号入りのものだ。そんなものを使ったのは子供の頃、旅行先のホテルで兄と散々落書きをして怒られた以来かもしれない。
五枚にわたるそれに、拓真は静かに目を通した。見終えた紙から桜に渡していく。桜はタブレットを構えて写真に収めた。美奈実は一瞬戸惑ったが、抗議するのもおかしい気がして押し黙る。
テーブルには桜の注文した料理が運ばれてくる。小エビのサラダにコーンクリームスープ、シナモンフォッカチオ。「どうも」と拓真に声をかけられて、女子店員の顔つきが変わったのを美奈実は確かに見た。やば、イケメンいた、とでもいうような。
やはり彼の姿はきちんと見えているのだ、と思ったとき、店員の目は美奈実にも向けられた。眉が顰められたと感じたのは被害妄想ではあるまい。
「我々がサポートできるものは、半分くらいかと」
拓真はタブレットの画面を示していた。
写真から文字起こしされたものらしい。殴り書きに近い美奈実のメモが、リストの形に整えられていた。
「上からいきましょうか。もんたに会いたい、はるちゃんに会いたい──もんたはおうちの猫ちゃん、はるちゃんは、姪御さんの阿久津陽歌さんのことですね」
鳥肌が立つ感覚がした。彼は何かを調べた素振りもないのに、なぜ言い当てられるのか。
「すみませんがこれらについては、我々は介入できません。自身の死を知る人に会いに行くことや、自身の死を身近な人に伝えることは、認められていないので」
「……人に、カウントされるんですか。猫と赤ちゃんですけど」
「当然です。むしろ尚悪い。あちらがそれを言葉にしないというだけで、乳児や猫のような感覚の鋭い動物は、死んだ人間をはっきり見分けてしまいますから」
動物って言った、と揚げ足を取りたくなる。
もっとも、心当たりはあった。ふらふらと彷徨い歩く途中、ベビーカーの中から熱い視線を送られた気がして、思わず飛びついて「見えるの?」と尋ねたことがあった。そのやわらかな生きものが返事するはずもなかったが、小さな眉が寄ったかと思うとふえふえと泣き出した。
カラスとはたまに目が合った、気がした。猫たちには必ず距離をとられて近づけなかった、気がした。一方で犬や鳩は決まって無遠慮に身体を通り抜けていくので、何かの偶然に違いないと思っていたが。
それから、と拓真は滔々と述べた。
「国外には行けません。パスポートや免許の類は発行されません。借金はできませんし、建物や土地の売買はできません。非倫理的な行動、公序良俗に反する行為はもちろん認められません。各種法令の適用範囲は生前と同じだとご認識ください。また意図して他人の肉体を害すれば、未来永劫、人間の身体を持って生まれ変わることはできなくなります」
「ちょっと待ってください」
抗議する声は震えた。
「できませんできませんって。昨日と全然話が違う」
拓真はごく僅かに首を傾げた。
「昨日のおれは何を言いましたか」
「望んだことは何でもできるって。嘘じゃないですか」
「嘘ではありません。基本的には何でもできます。我々がお手伝いできないというだけで、物理的にはできることは、結構な数あります」
長い指が画面を滑る。声のトーンが少し上がった。
「でもこのあたり、……ホスト遊びしてみたい、煙草吸ってみたい、あたりはまあ、いいとして。吐くまでお酒飲みたいとか、めちゃくちゃに酔っ払って全部記憶飛ばしたいとか……これは、ほんとにやりたいことですか?」
「……分かんないけど、なんか、死ぬまでに一回くらい経験したかったなって」
「経験したらしたで後悔しませんか」
「知りません、やったことないから」
彼は数秒美奈実を見つめたあと、読み上げた文の横に三角印をつけた。バツでないのは気遣いなのか何なのか。「ねえねえ」と桜が無邪気な声を上げた。
「さっきから思ってたんですけど、美奈実さんすごい、字が綺麗ですね」
ね、と拓真にも同意を求める。彼が素直に「うん」と頷くので、美奈実も毒気を抜かれてしまった。
「……別に、そんなことないと思うけど。けど母親が書道の先生してて、それで直されたのはあるかもしれない」
「えー、すごい。あたしなんかいつもミミズがのたくってる字って言われちゃうので、尊敬です。しごできの女子って感じします」
しごできの女子。仕事ができる女子。
不自然な沈黙で悟ったのだろう、言ってから桜も静かになった。何かまずいことを言いましたか、と目で窺う。拓真が訊ねた。
「前のお勤め先は、倒産されたんでしたか」
「そう、です。けど私その三ヶ月前に辞めて、それから死ぬまでずっとニートでした」
そうだった、と小さく呟き、桜は両手で頬を覆った。その反応で美奈実は確信する。彼等はやはり、美奈実の身辺情報を予め調べ上げてきたらしい。
「しごできの、真逆でしょ」
自嘲の笑みが漏れる。美しくない自分の経歴を勝手に知られたのかと思うと、気分は良くない。しかし取り繕わなくていいのは楽でもあった。
「あとたった三ヶ月頑張れてたら、失業保険とか履歴書に書けることとか、たぶん色々違ったのに。頑張れなかった。無理だった。自分のことでいっぱいいっぱいで、会社の将来なんて全然見えてなかったし。……ほんとそういうタイミング最悪なんです私。要領悪いっていうか、とことん選択間違えて。受験も中高大ってぜんぶ失敗してるし」
「第一志望には受からなかったと」
「そう。私ってほんとに残念なんです。自分では努力してるつもりでも、結果ぜんぶだめになっちゃう」
晒さなくていい恥だと分かっていても、一度口火を切ってしまうと止まらなかった。
「勉強は、したんです。だから模試とかはそれなりに良かった。でも受験当日の朝に盲腸になったり、インフルエンザこじらせて脳炎になりかけて入院したり。当時の飼い猫が試験前日に死んじゃって、ものすごく取り乱しちゃったり。そんなのばっかり」
「それは、ただただものすごく運が悪いとしか」
「悪すぎる、地獄でしょ。今年だってそう。お正月に占い行って、あなた肩になんか憑いてるから事故に気をつけなさいって言われたんです。だからちゃんとお祓い行ったのに、何も祓えてなかったし」
拓真と桜は顔を見合わせる。
「少なくとも美奈実さんの事故には、一般的に霊と呼ばれるようなものの干渉はなかったはずです」
「そんなの分かるの?」
尋ねておいて返事も待てずに言い募る。呼吸が浅くなり、胸が詰まるような感覚がした。
「ねえ、じゃあ、私を轢いた人は? 男の人、たぶん相当おじいちゃんだった。ボンネット乗り上げたときにあっちはエアバッグ広がってて、一瞬しか目が合わなかったけど、でもなんかあの人自分が何したのか、全然状況理解してない顔だった。あれ何、何だったの? アクセルとブレーキ踏み間違えた? 認知症? まさか飲酒運転とか言わないよね」
「お答えできません」
「答えられないって、知ってるってこと?」
「守秘義務があります、あっ」
テーブルに置かれたままのタブレットを持ち上げると、美奈実が触れた途端に、画面はホワイトアウトした。そこに全ての情報が集約されているのだろうに、押しても叩いても、真っ白な画面が表示されるだけだ。
「だめです、何も見せられないです、返してください」
「……炙り出しとかすれば出てくる?」
「普通に壊れます!」
桜の細い腕が奪い返していく。一体どういう仕組みなのか、画面は一瞬で元に戻った。スマホといい、拓真の腕のスマートウォッチといい、彼等は美奈実よりよほどガジェットを使いこなしている。幽霊は電子機器と相性が悪いと相場が決まっているだろうに。
「……あの人、まだ生きてるよね。私の四倍くらい生きてるよね。それって何? やっぱり私よりあの人の方が、生きる価値があったってこと?」
「そのご質問の答えは、我々の知るところではありません」
拓真は無機質に答えた。
沈黙が訪れた。二人はただ、美奈実の書いたものに目を落としている。慰めやフォローの言葉を探すような様子はなく、その静寂は美奈実の心に痛かった。
「……私飲み物もらってきます」
「あっ、あたし行きます」
「いいよ。桜ちゃんは食べてて」
テーブルの端に追いやられた皿を示す。長話のうちにスープはすっかり冷めてしまったはずだ。
喉は乾いていなかった。前の客に倣うようにしてドリンクバーのカップを取り上げ、機械にセットする。惰性だけでボタンを押すと、位置取りが悪くコーヒーの滝が派手に跳ねた。飛沫は美奈実の手にかかったが、熱さは感じなかった。思いついて抽出口に直接指を当ててみたところで、温度はおろか水圧さえも感じられない。
当然か、と思う。この身体は本来ここにないものなのだ。そもそも水分も栄養も必要としない身体なのだから、こうしていることに意味はない。
「何してるんですか」
ふいに背後から肩を掴まれた。拓真だった。
「火傷したいんですか?」
その顔が怒っているように見えて、美奈実は笑ってしまう。
「してないし、するわけないですよね。私もう死んでるんだから」
すると彼は美しい形の眉をぎゅっと寄せた。なぜそんな顔をされるのか理解ができない。立ち尽くしていると、彼はやや乱暴な手つきでグラスに氷水を汲んだ。
「冷やしてください」
「え、意味ない」
「いいから」
手を掴まれ、指を氷水に浸される。無論冷たさも感じなかったが、指先は急激な温度変化に反応したかのようにピンク色に染まった。
拓真の視線の先を追うと、シャツの袖にコーヒー色の染みが点々と飛んでいた。
「確かに我々のような存在は、心臓に包丁を突き立てられたって何にもなりません。でも肉体の皮がない分、魂は常に剥き出しで脆いんです。自分を傷付けて試すような真似はやめてください」
「別に、そんなつもりなかったけど」
「そうですか。ならいいんです」
彼はどこからか調達した紙おしぼりで、袖口の染みを拭いにかかった。美奈実はされるがままだった。顔の良い男に腕をとられたところで感動はなく、心底どうでもいいと思う。もともと糸がほつれていたような安物のシャツだし、本物は血でぐっしょりだったのだから。
連行されるようにして席に戻ると、桜は並んだ皿の最後の一口を食べ終えたところだった。拓真に渡されたカルピスをはしゃいで受け取る。その様があまりにも無邪気なので、美奈実はささくれた気持ちになった。
「……桜ちゃんも嘘つきだね。温泉行けないじゃん」
「へ? なんでですか? 行けますよ?」
「お湯触ったって熱くないのに。楽しくないよ」
桜はきょとんとしている。説明を求める顔で拓真を見るが、彼は応えるつもりがないらしい。
「美奈実さん、あのね」
桜は言った。にっこりと笑う。
「あたしたちは無敵なんですよ。熱くないって思ったら熱くないし、あったかいないい気分だなって思ったらそのとおりになるんです。だから温泉とか百パー最高だし、ごはんは毎日絶対美味しいです」
「なにそれ。思い込み次第ってこと?」
「違わないです。あたしたちは、心の在り方が大事なんです、ってお伝えしてます」
美奈実はコーヒーを口に含んでみる。味がしない、するはずない、と思ってみても、鼻に抜ける独特の香りと苦味と酸味が邪魔をした。
「美奈実さんの心は、昨日よりちょっと強いです。それってすごくいいことです」
「……イライラぶつけてても?」
視界の端で拓真が目を見開いた。自覚があったのか、という顔だ。桜は相方の様子に気付くことなく、ただにこにこと笑顔を浮かべている。
「全然ぶつけた内に入らないです。感情がたくさん動くのはいいことです。ね、美奈実さん。これ、できることできるだけたくさんやりましょうね」
東京タワーとスカイツリーに登りたい、大きなポップコーンを持ち込んでラグジュアリーなシートで映画を観たい。水族館プラネタリウム遊園地に行きたい、夢の国に行ってみたいライブハウスとかドームとか行ってみたい新大久保に行ってみたい。東京の女子たちがこぞってインスタに写真を上げている映えスイーツ映えフードを食べてみたい──。
美奈実のエンディングノート兼ウィッシュリストから、できそうなこと、の丸印が付けられたものを抽出してみる。並んだのはまるで子供の願い事だった。七夕の短冊か、サンタさんへのお手紙か。二十三の女が人生の最後にしたいことが、これでいいのかと思ってしまう。
その点桜は、むしろ本人よりも乗り気だった。映画館ならここがいい、水族館ならここがいいとあれこれ候補を挙げてくる。美奈実が適当に選んだ結果から、拓真は移動コスパ最良の東京観光ツアーを組み立てた。残された十日間は、丸印のすべてをクリアするのには充分な時間だった。
拓真のプランニングには隙がなかった。ある日のスケジュールでは新大久保からは歌舞伎町まで歩いたが、彼は別件があるからと同行せず、桜だけがついて来た。おかげで美奈実の人生最初で最後のホスト遊びは、看板とアドトラックの写真を撮るだけで終了した。平日の昼に制服姿の少女同伴では、悪い遊びができるはずもない。
桜は楽しそうだった。見たもののほとんどすべてにスマホを向け、SNSには上げられないからと、LINEのアルバムに大量の写真を寄越してくる。一度は外国人に声をかけられて慄いたが、桜は翻訳アプリを駆使して完璧な道案内をしてみせた。「すごいね」と言えば「だって案内人は本職ですから」と返ってくる。しごできの女子じゃん、と褒めるのはさすがに嫌味かと堪えた。
寝床に決めた漫画喫茶のブースで、桜は美奈実の邪魔にならないようにと、隅で器用に丸くなって寝ていた。朝は必ず美奈実が先に起き出して、暫く天使の寝顔を眺める。遺伝子の悪戯というものは酷だと思わずにはいられなかった。桜や拓真は、きっと両親も綺麗な顔をしているのに違いない。
ある日目が覚めると桜はいなくなっており、「ごめんなさい今日だけ別のお仕事に行きます」というメモが机に置かれていた。
代わりに美奈実を迎えにきたのは拓真だった。
「着替えられますか」
開口一番に言われて、美奈実は己の格好を見下ろした。胸元に大きく『無味無臭』とプリントされている。渋谷のドンキで桜と笑いながら買ったTシャツだった。
「だめですか、これ。桜ちゃんとペアルックなんですけど」
「存じてます。写真が送られてきました」
面白がってもらうつもりはなかったが、くたびれたリクルートスーツよりはいくらかまともな服だと思って着ていた。同じように桜に唆されて買った花柄のワンピースもあったが、それよりもこちらの方が恥ずかしくない。
拓真は細身の黒いパンツに黒いジャケット、インナーは白シャツという出で立ちだった。彼のドレスコードは常にモノクロであるらしい。
彼はその場で美奈実にいくつかLINEを送った。星印のついた美奈実のリストと、グルメサイトのリンク。
「今日はこれ、桜とは行きにくいところに行きましょう。回らない寿司とかバーとか。だからその服ではちょっと、敷居が高いかもしれません」
「バー!」と美奈実は高い声をあげてしまう。すると拓真は僅かに笑った。
「六本木や銀座じゃなくてすみません」
「港区ですか」
「いえ、台東区、浅草の近く、と言えばイメージがつきますか。昔は地味な下町だったんですが、最近は洒落た店が増えてるみたいです。おれも随分久しぶりに行くので、曖昧な情報で申し訳ないですが」
東京が分からない美奈実には、それ以上返事のしようがなかった。代わりにずっと思っていたことを口にしてみる。
「あの、敬語やめてもらえないですか。なんか仕事みたいでむずむずする」
「おれは仕事ですから、このままで。美奈実さんは好きに喋ってください」
「でも、たぶん拓真さんの方が歳上ですよね?」
「おれが死んだのは、今のあなたより一つ下のときでした。それからどのくらい経ったかは、正直よく分かりません」
それは予想しないカウンターだった。そうなんですか、と呟いた次の言葉が出なかった。謝るのはおかしい、桜ちゃんはどうなんですかと尋ねるのも違う気がする。
拓真は気にする様子もなかった。空を仰いで眩しそうに目を細める。
「よく晴れてますね。おれはわりと雨男なんで、今日は降るかと思ってたんですが」
言われて初めて、今日の彼はあの赤い傘を持っていないのだと気付いた。
もっとも美奈実が彼等に会ってから、雨に降られたことは一度もなかった。思い返してみれば、事故後に一人であちこちを彷徨っていた間も、天候にだけは恵まれていた。もくもくと育つ入道雲に季節を感じたことは何度もあるのに、夕立にも雷にも遭った記憶はない。
自称雨男との一日は、土砂降りの雨に見舞われても完璧なスケジュールが組まれていた。ソファのような高級シートで映画を観た後は、ミシュラン掲載のイタリアンレストランでランチ。到底手が出ない値段のブランド店を冷やかしてから、プラネタリウムで星空鑑賞。タクシーで移動後回らない寿司を夕食にして、バーで軽く飲んで喋って、夜が深くならないうちに解散。
映画館やプラネタリウムが桜と行きにくい場所に入るのは、拓真曰く「桜は三分で寝るので」なのだという。彼女の羨ましいほどの寝付きの良さは、美奈実も何度も目撃している。
時間はあっという間に過ぎた。食事は美味しかったし映画は興味深かった。プラネタリウムは星を見るというよりクラシック音楽を聴くようなプログラムになっており、途中の記憶がないので桜を笑えない。拓真は船を漕ぐ美奈実に気付いていたはずだが、見なかったふりをしてくれた。
「拓真さんて、もっと怖い人かと思ってました」
美奈実の呟きにも、彼は表情を崩さなかった。
感情に乏しく、どちらかというと怒りやすいタイプに見えたが、そんなことはないらしい。口数は多くないが、沈黙の長さが気まずくならない程度には話題を広げてくれる。結局着替えたワンピースは「似合いますね」と短く褒められたし、箸置きが可愛いと呟けば「パステルカラーが好きですか」と訊かれたので驚いた。スマホケースや財布がそんな色だからと言う。よく見ている。
「正しいですよ。桜と並べばおれは冷酷非道です」
「そんなことなさそうだけど」
バーでは入口近くのカウンターを案内されたが、拓真は店員と短く会話して、奥のソファ席に美奈実を招いた。仕事柄なのか生来のものなのか、彼は明らかに人をエスコートするのに慣れていた。
「それを言うなら美奈実さんも、初対面とは随分印象が変わりました。沸点が低いタイプなのかと思いましたが、ただ他人に心を開くのに時間がかかるんですね。とても真面目で素直な方なんだと思います」
美奈実は空気の塊と共に酒を飲み込んだ。軽く咳き込み、周囲の注目を集めてしまうのがいたたまれない。
「水を」
「大丈夫です、すみません」
グラスの中身は、初心者におすすめのものをと頼んで出されたカクテルだった。甘みが強くジュースのようで、オレンジとピンクのグラデーションが可愛らしい。名前は聞いたがすぐに忘れた。
「拓真さん、桜ちゃんとはどんな関係なんですか」
「同僚ですよ。ご存知のとおり」
「実は付き合ってたりしませんか」
彼は一瞬間を置いた。僅かに笑ったようだった。
「なぜ?」
「だって拓真さん、桜ちゃんのことすごく可愛がってますよね。桜ちゃんの話するときだけなんか、声のトーン違う感じします。二人とも美人だし兄妹かなって思ったけど、顔のタイプ違うし名刺も苗字違ったし」
「おれとあいつに恋愛関係は成り立ちませんよ」
拓真の前にも同じグラスが置かれていたが、彼は美奈実に合わせるつもりなのか、あまり口をつけていなかった。隣の水の方が減りが早い。
「その手のことは、ごく稀に言われることもありますが。そのたびに桜はキレてます。あいつは今立派に恋する乙女なので、想い人の耳に変な噂が入ったら困るって」
「え、そうなんだ。相手どんな人なんですか」
「善良な人です。もしかしたら、美奈実さんはこれから会うことがあるかもしれない」
「……回収人の人ってこと?」
彼は曖昧に微笑むだけで答えなかった。ノーではないということか。
「回収人って、たくさんいるんですか」
「どうでしょう。日本全土で言えば、百人は超えるのかな。十じゃ足りないことは確かですが。分かりません」
「分かりませんて。そんな感じなんですか?」
「そんな感じです」
彩度の低い照明の下で、拓真の横顔に影が落ちている。それは美しい画だった。完璧にレタッチされた写真のように、微かな違和感を覚えるほど。
あの、と口にしてから、美奈実は躊躇った。膝の上で両手を握る。
「死んだあとの世界って、どんななんですか。……や、今がそうだろって感じだけど、そうじゃなくて。今の私みたいな中途半端な間のことじゃなくて。魂が回収? されたあとは」
「その質問にはお答えできません」
「守秘義務ってやつですか」
彼は首を横に振った。
「単純に、おれたちも知らないんです。あの動画の内容がすべてで、他は上から教えられていないし、実体験としても知らない。おれや桜は狭間から戻されたクチなんです。無事回収されようというときに、する側のリクルーターに捕まりまして」
「……それはなんか、納得かも。二人とも美人だから」
「この顔や体は後付けですよ。生きてた頃は似ても似つかない顔をしてたはずです。たぶん名前も違いますね」
「たぶん?」
「そのあたりの記憶は残っていないので」
「でも拓真さん、昔の蔵前はどうとか覚えてた」
「そういう、概念的な記憶はあるんです。おそらくは仕事に困らないように、人と会話できる程度の知識は残されている。だけど自分の住所や家族の名前のような情報は、綺麗さっぱり消えています」
透明なグラスの中で氷が滑る。涼やかな音が響いた。
「お伝えできるのは、それは皆同じだということです。人は一度死んだ後は、過去の自分を取り戻すことはありません。……それは絶望だという人もいれば、それで救われる人もいるでしょう。おれや桜がどちらだったのかは、知る術もありませんが」
美奈実さんは、どちらですか。
そう問われた気がした。
拓真は手元のグラスを引き寄せた。チェイサーではない、空のグラスを。
「ところで、これはお酒ですね」
「え? はい」
「桜の前では立場上止めるようなことを言いましたが、今のおれは止めませんよ。……一度くらい、めちゃくちゃになってみます?」
顔は下を向いたまま、目線だけを美奈実に向ける。
なんという顔でなんということを言うのか。
理解している。彼はただ、吐くまで飲みたいとか記憶を失くすまで飲んでみたいとか、美奈実が書いたままのことを言っているだけだ。
美奈実は深呼吸した。
「……気持ちの問題、なんですよね。私が酔えないって思っちゃったら、それはもう、酔えないですよね」
「鋭いですね。そのとおりです」
彼は笑った。ふっと息を零すような、歯を見せない笑い方。この人は、自分に与えられた顔と声の良さをよく分かっているのだと、美奈実は思う。
タイムリミットとされた日まであと三日。リストに付けられた丸印は、ほとんどが達成済みを示す花のマークに変わっていた。
桜から送られた写真は千枚近くになっていた。多くは食べ物や景色の写真だが、桜の自撮りに美奈実が巻き込まれたものもある。画面をスクロールしてもスクロールしてもまだ続く。生前の美奈実がインスタにあげていたすべての写真の、軽く十倍はあるだろう。
「すごい。私の人生のどこと比べても、間違いなく今が一番パリピでウェイ」
「このくらいでウェイなんて、本物のウェイの人たちに大爆笑されちゃいますよ。もっとこう、ひぁひぁぽんぽーんってしなきゃです」
ひらがなの発音で言う桜も、ウェイの人たちには遠いだろう。拓真は実は結構遊んでいる、と言われた方が納得できる。あんな夜を演出された後では余計にだ。
美奈実らはファストフード店の二階にいた。『ジャンクフード思い切り食べたい』の項目に花を咲かせたばかりで、目の前にはバーガーやらポテトやらを食べ散らかした後のトレイがある。そのビフォーアフターも桜はしっかり写真に収めていた。
ないはずの胃がずっしりと重い。一方で桜はまだ満腹には遠いようで、二つ目のアップルパイに手を出していた。
「これは回収人からの真面目なアドバイスですけど、美奈実さんはもっと、ぱーんって弾けちゃっていいです。今は言わば人生のボーナスステージで、でもそれはあとちょっとしかないんです。ハッピーに過ごさなきゃもったいないです」
「弾けるとか言われても。髪ピンクにするくらいしか思いつかない」
「あっそれ絶対可愛いです似合います!」
適当に言えば実に適当な返事があって笑ってしまう。
「染めないし」
「えー。あ、じゃあじゃあネイルとかどうですか? ストーンとかリボンとかいっぱいつけてきらっきらにして」
「そりゃおまえの願望だろ」
隣の拓真は初めからフードファイトには不参加を決め込んで、コーヒーばかりを啜っていた。呆れているようでやはり声音は優しい、と思うのは、美奈実の気のせいなのだろうか。
「ハッピーに、過ごしてるよ私。充分」
美奈実は言う。半分は己に言い聞かせるように。
「二人に会ってから、一人じゃできなかったこと色々やれて、ありがたいと思ってます。ほんとに。こういうとこ来るのだって五年ぶりだし」
「五年! 宇都宮ってマックないんですか? 餃子がファーストフード的な感じですか? って、あ、これあの全然東京マウントとかじゃなくて、あたしほんとにものを知らなくて」
「マックはあるし、餃子はそんな、言うほど食べない」
「えっ」とまた桜はお手本のようなリアクションを見せる。
「家によるんだろうけど、うちは全然。……懐かしいな、高校のときも同じような会話したよ。マックって初めてかもって言ったら、同級生たちに宇宙人見るみたいな顔された」
「高校生のときって、それが五年前ですか?」
「うん」
見るつもりもなく周囲に目をやる。夕方の店に集まっているのは、制服姿の学生が圧倒的に多かった。スマホで動画を見ているグループも、参考書を広げている二人組もいる。
桜の白いセーラー服はその中の誰とも似ていないが、彼等は共通した光のようなものを纏っていると思う。桜はまだ素直で幼く、拓真のような妙な凄味は持っていない。
「文化祭の打ち上げでカラオケ行って、誰か男子が月見食べたいって言い出して、そのままみんなで食べに行ったの。若かったし、運動部の子達とか食欲無限だから、ポテトとかナゲットとかもばかみたいに頼んで。ぜんぶわーってお盆に広げて、ずっと食べてずっと喋ってた」
行き帰りは全員で自転車を走らせて、徒歩組は誰かと二人乗りしたりしながら。多少声のボリュームを間違えていたのだろう、周囲の客にはやや迷惑そうな顔をされたが、高校生たちは気にしなかった。集団になった自分たちは無敵だと思っていた。
「それがなんかすごく楽しくて、文化祭そのものよりよく覚えてる。母親から鬼電来てたのも無視しちゃって、帰ってからものすごく叱られたんだけど」
「へえ。青春ですね」
拓真が穏やかな相槌を打った。桜は神妙な顔で聞いていた。残り少なくなったパイを殊更小さく齧っている。
「ていうか、遊んだ思い出ってほんとそんなのしかないかもしれない。私ずっと実家で、学生のときも家遠くてバイトもできなくて、夜まで外にいたこと自体少なくて。彼氏はほんと一瞬だけいたけど、付き合って一週間で三股だって分かって、即別れたし。だからまともなデートもしたことなくて」
「男運もないんだ」
思わずというように桜が呟く。言ってから口を覆うのがおかしかった。
「あるわけないじゃん」
「わけないって、なんでですか。美奈実さんすっごく素敵で可愛いのに。ねえ拓ちゃん」
「ええ」
思わぬところにボールが飛んで美奈実は慌てた。
「や、や、いいですそんなお世辞」
「お世辞じゃないです、本心です」
数日を共にした美奈実には分かる。桜は嫌味のつもりもなく、真っ直ぐに口にしているのだろう。天使と見紛うような外見の、中身も愛らしい美少女にそんなことを言われて、何の劣等感も持たずに受け入れられる女子は少ないだろうに。
返事しない美奈実の顔を窺うようにして、桜は上目遣いに尋ねた。
「……もしかして、美奈実さんのおうちって、ご両親厳しかったですか?」
「母親はね。でも父親は空気みたいな人だったから、足して二で割ったらそんなじゃないと思う」
「どんな人なんですか、お母さん」
美奈実は逡巡した。
尊敬できる人です。と、面接なら答える。とてもきちんとした人で、私は幼い頃から、他人に迷惑をかけないように、人として恥ずかしくない振る舞いをするようにと教えられてきました。
「……ちゃんとした人。ちゃんとしすぎて、ちょっと融通が利かない人」
言葉にしながら自覚する。母親への感情を、乱暴に好悪で分けるなら、これは後者になるのだろう。
案の定、拓真は強い視線を向けてくる。桜は手にしていた包みを置いた。黙って先を促される。
「……死んだ日の朝も、私はパンツスーツで出掛けようとしたのに、母親がスカートにしなさいって言ってきて。パンツスーツの女の子は気が強いって思われて面接落ちやすいとか、脚の形が出るからよくないとか。意味わかんないよね。スカートのほうがよっぽどお尻ぴったりだし脚出るじゃんね」
「でも、美奈実さんはそのアドバイスを聞き入れた」
「……それまで私、受験とか全部だめだったじゃないですか。そんなんじゃあなたまた失敗するよって、呪いみたいなこと言われちゃったら、勝てなくて」
対岸の席で二人が視線を交わすのが分かった。仮にも魂の回収人という人を相手に、呪いというのは不適切な言葉選びだったかと思う。不謹慎な冗談に聞こえるように、美奈実は笑った。
「でも、だから着替えたのに私、面接落ちるどころじゃなかったですね。死んじゃった」
「……分かっちゃった気がします」
桜が呟いた。
「美奈実さんが、ずっとふわふわしてる理由」
「え?」
桜が手を伸ばす。ひやりと冷たい温度が、美奈実の指先に触れた。
「あたしたちと会う前から、会ってから今までも、美奈実さんの魂はずっと迷子です。こんな場所にいたくない、でもこのままいなくなるのは悔しいし悲しい、わけわかんないって、おでこに書いてあります」
このままいなくなるのは、悔しい、悲しい。
まっすぐな桜の瞳から逃げたくて、美奈実は拓真の方へ視線を投げた。
「……そんなこと書いてあります? おでこに?」
「ええ」
思わず両手で額を隠した。拓真は僅かに微笑んだが、その柔らかさはすぐに消えてしまった。
「我々は、美奈実さんがやりたいと仰ったことをできるだけ消化して、少しずつ魂の質量を取り戻してもらう計画でいました。でも、美奈実さんの後悔や悲嘆は思うより深くて。正直、必要のないことに連れ回して、時間を無駄にさせてしまったかもしれません」
「や、連れ回すって。そもそもこれ、私発信のリストだし」
「でも、楽しくなかったでしょう。桜やおれといても」
「そんなこと」空気の塊を呑んだ。「なかった、です。ほんとに。楽しかった」
でも、と美奈実は俯いた。桜の顔は見られなかった。
「……私ほんとにこんなことしたかったのかなって、ずっと思ってたのも、ほんとです」
短い沈黙が訪れた。
店内のBGMが止んで、若いアーティストの短いトーク番組が始まる。シンガーソングライターだというその男性を、美奈実は知らない。
「もし、お母様に会えるなら、会いたいですか」
拓真に問われて顔を上げた。咄嗟に問い返してしまう。
「会えない、ですよね。一番最初に言われました。もんたもはるちゃんもダメだって」
「我々がお手伝いできないというだけで、物理的にできることは結構ある、ともお伝えしました」
「……物理的には、会えるってことですか?」
「いいえ」
間髪入れない返答に口を噤む。
「初めにお伝えしたとおり、自らの死を知る人に会いに行くことはできません。美奈実さんの姿をご家族に見せることはできませんし、物理的に近付くこともできません」
猛烈な既視感だった。なんなんですかと叫びたくなる。できないなら言ってくれるな、無駄に感情を引っ掻き回してくれるなと思う。
「でも、いくつか策はあります」
百面相する美奈実の向かいで、拓真の表情は変わらなかった。不思議なのは、隣の桜が目を丸くしていることだ。何か言いたげな顔で見上げる少女に、拓真は頷きを返すだけだった。
iPadに映し出されたのはマンションのエントランスの風景だった。
『聞こえますか』
くぐもった拓真の声が右耳に直接響く。左のイヤホンを分け合った桜が「ばっちり」と答えた。
画面はゆっくりと右に移動し、同じ速度で左に移動した。均一に並んだ郵便受と、壁際に一鉢だけ置かれたポプラの木が映る。『映像は』「大丈夫!」二人が会話する横で美奈実は、そんな観葉植物がここにあっただろうかと、己のぼんやりとした記憶を探っていた。
ファーストフード店を出たその足で、拓真は一人で宇都宮に向かった。肉親には会えない決まりの美奈実の代わりに、彼が美奈実の実家を訪ねるというのである。彼の言う『策』とは要するにそのリモート中継のことで、美奈実は都内の漫画喫茶の個室にて、桜と二人、iPadを覗き込んでいる。
拓真は度のない眼鏡を掛けていた。黒いフレームには超小型カメラとマイクが仕込まれており、彼の見たもの聞いたものがそのまま映像として映し出される仕組みである。法的に大丈夫なのかと問いたくなる便利眼鏡だが、曰く、公的な支給品であるらしい。
『じゃあ行きます』
短く宣言して彼はインターフォンを押した。部屋番号は508。当然美奈実がその番号を教えた覚えはなく、心の準備をする間は与えられなかった。
『はい』
ノイズ混じりの声がすぐに応えた。全身に鳥肌を覚える美奈実をよそに、拓真はその魅力的な声ですらすらと述べる。
『夜分に突然申し訳ありません。僕は、美奈実さんの友人の、山下と申します』
返事はなかった。インターフォン越しの相手は、美奈実の母は、無言で様子を伺っている。
『この度はほんとうに、ご愁傷様でした。美奈実さんのことを聞いて、勝手ながら、お悔やみをお伝えしたくて参りました。……美奈実さんの、お母様でしょうか。少しご挨拶させていただけませんか。長居するつもりはありません』
『……お待ちください』
受話器を置く音と共に通話が切られる。
沈黙は長い時間だった。
Web会議の時間表示で7分を数えたとき、画面が突然激しく上下した。天井のライトと床のタイルが回る。何事かと思えばただ拓真が首を回しただけのことらしく、桜が強く抗議する。
「拓ちゃん! 酔う!」
「あ。悪い」
緊張がすっかり解けたと思ったそのとき、耳の奥で電子音がした。美奈実には聞き慣れた、エレベーターの到着音。また映像が揺れたのは、拓真が素早く首を捻ったためだろう。彼の息の音が聞こえた。
エントランスの中央、開かれたガラス扉の前に、女が立っていた。
膝上丈の白いチュニックにジーンズという格好のせいで、遠目には若くも見えるが、近付くとそうは思えなくなる。しっかりと化粧で作りこんだ顔や、白髪を許さず完璧な黒に染め上げた髪も、美奈実が最後に見た母親の姿と何も変わっていなかった。
隣の桜が美奈実を見て液晶を見て、もう一度美奈実を見た。やっぱり似てるのかな、と美奈実は思う。他人にはいつもそう言われた。
『山下さん?』
『はい』
『美奈実の母です。わざわざご足労いただいて』
会釈しながら、視線が拓真の全身を舐めていくのが分かった。自分に向けられた視線のようでどきりとするが、彼女はレンズ越しの娘の存在など知りようもない。
『本当に突然すみません。わざわざ降りてきてくださってありがとうございます。それから、このたびは、本当に』
『山下さん、下のお名前は? 娘とはどこでお知り合いに?』
拓真の言葉を奪うように質問が飛ぶ。拓真は一呼吸置いて静かに答えた。
『拓真といいます。美奈実さんとは学生の頃に、友人の友人として知り合いました』
『友人? どなた?』
『結衣です。鈴木結衣』
『ああ、結衣ちゃん……お葬式に来てくれたわ。派手なネイルして、靴もヒールの裏が真っ赤だったから驚いたけれど』
「こわ」と桜が呟くので、美奈実は低く「うん」と答えた。そうだ、母はこういう人なのだ。何かちくりと人を刺さずにはいられない人。緊張と弛緩を同時に覚え、膝の上で手を握る。桜は慌てたように両手を振った。
「違います、お母さんじゃなくて、拓ちゃんが。だって拓ちゃん、鈴木結衣さんのことすごいナチュラルに呼び捨てしてる」
そういう桜もナチュラルにその名を口にしている。鈴木結衣は、美奈実の幼馴染だが、なぜ二人がその存在を知っているのか。
結衣は葬式に来た、と母が言ったことが答えなのだろう。目の前のタブレットを叩いて、芳名帳の写しが出てきたとしても驚かない。
或いは結衣については、美奈実よりも拓真や桜の方が詳しく知っているのかもしれない。美奈実と結衣は中学から短大までの8年間を同じ学校で過ごしたが、いつも別々の友人グループに属していた。顔を合わせれば会話する程度の仲ではあったが、卒業後に結衣が東京で一人暮らしを始めてからは、一度も会わなくなっていた。
上京後の結衣は、誰もが名前を知る大企業で働いていた。初めは派遣だったのがすぐに直接雇用になり、契約社員から正社員へと、着実にステップアップしたらしい。男の人に気に入られやすそうだものね、というのが、母親の結衣への評価だった。
それでも母は、結衣に娘の死を知らせたのかと思う。娘の友人というものを他に知らなかったのに違いない。
『美奈実さんとは、僕も親しくさせていただいていたんです。突然押し掛けて恐縮ですが、せめてお線香だけでもあげさせていただけないかと、思いまして』
『そう。すみませんけど、お線香は、うちにはないの。お仏壇もないし、置くつもりもありませんから』
『そうでしたか』
『それに今は、夫が家にいないので。男の方を家には上げられません』
なんだろう、と美奈実は思う。私は何を見ているのだろう。拓真の語る“美奈実さん”が自分のことだとは思えず、母の態度に感慨を覚えろと言われても難しい。
『お父様は、お仕事ですか? お帰りは遅いんでしょうか』
『どうかしらね。あの人のことは分かりませんけど』
顎を上げるように首を傾げ、彼女は続けた。
『山下さん、あなた、目的は何? 宗教の勧誘か何かでいらしたなら、先にお断りしておきます』
しゅうきょう、と隣の桜が呟いた気がしたが、美奈実は何も反応できない。年齢よりもずっと若く聞こえる母の声が、耳の中へ潜っていく。
『私たちはきちんと娘の死を受け入れていますし、事故を起こした方ともきちんとお話し合いを進めています。妙な水やら石やらは買いません』
『いえ、僕は、そんなつもりで来たわけでは』
『でも、娘と親しかったなんて嘘でしょう?』
『え?』
拓真は戸惑いをそのまま口にした。巧みな役者である彼が、どこまでを計算して振舞っているのかは分からない。
『あなたみたいな人が、うちの子を気にかけるなんておかしいもの。結衣ちゃんなら分かるわ、でも美奈実なんて』
『……失礼ですが、それは、どういう。僕みたいな怪しい男が、ということですか』
『あなたみたいなモテそうな男の子が、よ』
母は微笑み、どこか遠くへ視線を投げた。もちろん、画面を隔てた娘に向けたのではない。
『美奈実は、だって』
「拓真さん」
反射的に美奈実は呼びかけている。
「やだ、聞きたくない」
『残念な子だったでしょう』
母親の声はそこで途切れた。映像はまだ続いていて、その唇は動き続けている。ぎこちなく首だけを動かして隣を見ると、桜はすぐに答えをくれた。
「拓ちゃん、音声切ったみたいです。……けど、たぶんなんか、一番よくないタイミングで切れちゃいましたね」
初めて聞くような低い声で言う。
「どう、しましょうか。退出しますか、このままがいいですか」
「……このままで、いいよ」
「かしこまりです。もし、やっぱり音が聞きたいとか、あったら、言ってください。こっちの声は、拓ちゃんには聞こえてるはずなので」
うん、と美奈実は小さく返した。鼻で大きく息を吸い、呼吸しない肺を空気で満たした。
音は要らない。
途切れずにずっと動き続ける母親の口から何が発せられているのか、聞こえなくても分かってしまう。
――美奈実は、残念な子だから。
家族で囲む食卓で、子供の親達の懇親会で、親戚が集まる冠婚葬祭の場で、それは幾度も繰り返された言葉だった。
お兄ちゃんは綺麗な顔をしているのに、この子はお父さんに似てしまって。可哀想に。頭もよくなければ運動もできなくて、何をさせてもだめなの。試験なんかの勝負運もないし、愛嬌もないし、我が娘のことながら、これじゃ会社でいじめられたって仕方ないと思っちゃうわ。
美奈実が死んだ日のこともそうだろう。
だから言ったのに、と母は言ったに違いない。
東京なんて、行かなければ良かったの。私は止めたのよ。私の言うことをきいて素直にまた地元で就職すればよかったのに、身の丈に合わないことをしようとするから。
――ね、美奈実。
無音のイヤホンから声が聞こえるようだった。
──ほら、分かったでしょう、お母さんは正しいことしか言わないでしょう。
液晶に映る母の、目線や手の動きの一つ一つさえ、脳内の声にぴたりと符号する。
──お母さん大変だったのよ。あなたがあんな遠くの病院で亡くなるから、毎日あちこち走り回って、疲れちゃった。いろんな人に頭を下げて、警察やら役所やらの対応もぜんぶお母さんが一人でして。お父さんもお兄ちゃんも何もしてくれないの、分かるでしょう?
ねえ、聞いてる? 美奈実。
あなたを轢いたおじいさん、あの人だって、気の毒だわ。いくら信号が青だからって、あなたがあのとき、走り出さなければよかっただけのことなのに。あなたのおかげであの人は人を殺したことになっちゃったのよ。もういいお歳だもの、残りの人生を平穏に過ごしたかったでしょうに。可哀想に。
きっと、己の空耳は間違っていないのだと思う。拓真は細やかな人物だ。一つでも美奈実に聞かせたいような言葉があったなら、ミュートは勝手に解除されて然るべきだ。それがないということは。
『ところで』
まるでそんな考えを読まれたかのように、右耳に声が響いて飛び上がりそうになる。
『もんたくんは、お元気ですか』
『……もんた? 猫のこと?』
『はい。こう見えて僕は無類の猫好きでして。美奈実さんと仲良くなったのも実はもんたくんがきっかけで。美奈実さんは彼の写真を待受にしていらしたでしょう、それで僕が話しかけたんです』
驚くような早口だった。
いつの間にか役者拓真は、また違う仮面を装着したらしい。眼鏡のブリッジを持ち上げる長い指の向こうで、母もさすがに面食らっているように見えた。
『……あなたもしかして、うちに来たのは、猫が見たかったからなの?』
『まさか、そういうわけではありませんが。いえでも、非常に正直に申し上げて、お伺いした理由の五分の一くらいは、そうだったかもしれません』
確かに言葉のとおりだった。他に頭数に入れられたのは、両親と兄と姪っ子か。母は露骨に顔をしかめる。
『……そんなこと仰ったって、会わせられませんけれど』
『当然です、構いません。僕はただ知りたいだけです、もんたくんはお元気なんですね?』
『…………元気ですよ。毎日よく寝て、起きたと思ったらごはんの催促ばっかり』
美奈実の口から漏れた息は、拓真にも聞こえたことだろう。
拓真の遥か頭上、阿久津家のリビングで、お気に入りのラグの上で、大きな毛玉が眠っている様子が目に浮かぶ。美奈実がいなくなったあとも、猫は変わらずにいるらしい。大きな安堵とともに、ごく僅かに寂しい気持ちも抱いてしまう。
『よかったです』
『ご満足? なら、もういいかしら』
「お母さん」
踵を返そうとする母に美奈実は呼びかけた。震える声は、しかし目的の相手には聞こえないのだと気付いて、「拓真さん」と呼び直す。
「母に、訊いてくれますか。……私が死んで、お母さんは、ちょっとは泣いてくれたのかって。出来の悪い娘がいなくなって、家族にはよかったのかもしれないけど、けど、お父さんもお兄ちゃんも、ちょっとは悲しいと思ってくれたのかって」
空気がつかえて、たどたどしい音になる。しかし拓真はそれをきちんと聞き取った。
ごく短い時間躊躇って、彼はそれを伝言した。出来の悪い娘、のくだりは省かれた。
母は微笑みを返した。それは優しげに見えて人を突き放すための笑みで、美奈実は胸を穿たれるような痛みを覚える。
『結衣ちゃんから聞いたでしょう?』
『何を、でしょうか。僕は、ご家族のことは何も』
『ひどいお葬式だったんです。来ていただかなくて正解よ』
今度は音声が切られることはなかった。
『北斗は、美奈実の兄は、恥さらしもいいところでした。あの子はお焼香の間にも、妹の骨を拾った次の瞬間にも、平然とスマホを触ったの』
『……それは何か、ご事情があって?』
『事情と言えば、そうね。あの日は孫が、美奈実の姪が、高熱を出していて』
「はるちゃん」と美奈実が呟けば、すかさず桜が「はるちゃんさんも今はお元気です」と答える。
『それで北斗は、お嫁さんのLINEが気になって仕方なかったみたい。来てくださった方のお見送りもしないで帰ってしまって、怒る気にもなれなかった。でもね、葬式の最中に何度も連絡してくるなんて、お嫁さんの方もどうかしてるわよね。小さい子は熱を出すものだし、寝てるだけならむしろ大人しくて楽じゃない。四十度だろうが五十度だろうが、一日ぐらい一人で面倒見られるでしょう。私なんて二十年以上、思いどおりにならない子供達をずっと一人で育ててきたのよ』
母は決して声を荒げず、ごく柔らかい声音で言う。そうでしょう、と問われてしまえば、美奈実には頷くことしか許されない。五十度の熱では死んでしまうというような、論理の綻びはいくつもあるのに。
『夫はずっと見て見ぬふりして、美奈実のことも何も言わない。事故の後からずっとそう。あの人には感情がないの。涙なんて、結婚してから一度だって見たかしら』
『……じゃあ、お母様は』
拓真はしかし、見失わずに美奈実のはじめの問いを繰り返した。
『涙、されましたか。美奈実さんが亡くなって』
『泣けませんよ』
美奈実は小さく呼吸した。
その答えは、半分、予想していた。母は強い、強固な人だ。真実がどうであれ、他人の拓真にはそう答えるだろうと思っていた。
一方でもう半分では、期待していた。母が、もう一度娘に会いたいと泣いてくれることを。己の言葉をただ一つでも後悔していると言ってくれることを。
『世に出して恥ずかしくない子供たちを育てようと、私は必死でやってきたのに。あの子は生まれたその日からずっとうまくいかないまま、こんな終わり方をするなんて。……悲しいより情けないが勝つのよ。あの子の人生は、あの子に捧げた私の二十三年間は、一体何だったのかしら』
ゴミじゃん。
死ぬ間際の美奈実はそう思った。
背後から伸びた桜の手が、美奈実を抱き締める。その腕の力は強く、苦しいほどだった。
「……飛んでかないよ、大丈夫」
「ほんとですか」
「うん」
美奈実は笑う。笑ってしまう。
飛ぼうにも、もう、向かう場所もない。
何を足掻いていたのかと思う。拓真や桜を巻き込んで、子供のような振る舞いをして。
画面の向こうで、母は深く息を吐いた。
『もう、いいでしょう。人様にこんな話をするつもりはなかったのよ。どうか忘れて』
『……はい。大変なときに申し訳ありませんでした』
拓真は頭を下げた。黒いスニーカーの爪先が見える。ゴムの縁は僅かに摩耗している。
美奈実が何かを言うための時間はたっぷりあった。拓真は充分すぎる猶予を与えた。しかし言葉は何も出ないまま、美奈実はただ、去っていく母親の背中を見つめていた。
深い眠りの中にいた桜は、肩を揺すられて覚醒した。ネットカフェの狭いブースでは、どうしても入口を塞ぐようにして寝ることになる。なるべく美奈実の邪魔にならないよう、早起きしようと思うのに挫折して、美奈実に起こされる毎日が続いていた。今日もまた失敗してしまったと反省しながら瞼を上げ、そこに拓真がいたので目を見開く。
長い脚を折り込んだヤンキー座りの格好で、彼は桜を覗き込んでいた。
「おそよう」
「……びっっくりした、拓ちゃん? 何、なんで? おそようって、え? 今何時?」
「5時。朝のな」
「全然遅くない」
「遅い。阿久津美奈実は3時間前に消えたよ」
「……消えた?」
拓真の表情は変わらない。
桜はあたりを見回すが、そこは狭い空間だ。人が隠れられるような隙間はなく、首を左右に捻るだけですべてのものに目が届く。
美奈実の気配はなくなっていた。壁に吊るされていたジャケットや、靴や鞄も見当たらない。昨日の夜には確かにあったはずのブランケットや、飲みかけの紙コップも。
おそるおそる手を伸ばしたスマホには、一件の通知が届いていた。
──被回収魂魄の消失を確認しました。報告書を提出してください。管理番号00040200811310322023061613181277……。
「消失って」
「そういうことだ。彼女はおまえが寝てる間に、一人で向こうに行ったんだよ」
「……そんなことってある?」
あるだろ、と目線で返されて、桜は脳内に叩き込んだ回収人の手引書を思い返す。
被回収指定されてなお、魂魄が回収人の案内を必要としないことは、稀にある。本人が己の死を受け入れ、可及的速やかに消え去りたいと強く願った場合。桜の少ない経験の中でも初めてのケースではなかった。しかし寝起きの回転の悪さも手伝って、事実を咀嚼するのに時間がかかる。
「けど、美奈実さんあんな未練いっぱいだったのに? お母さんあんなだったのに?」
「あんなだったから、だろうな、今回に関しては」
「どゆこと?」
拓真は己のスマホを差し出す。白く発光する画面に映されたのは、美奈実のウィッシュリストだった。すべてのタスクを保留か完了にしたはずが、未完了ありと表示されている。
最終更新日時は5時間前。データはクラウドで共有され、アクセスが許可されたユーザーなら自由に更新することができた。現在有効なユーザーは拓真と桜の二人だけになっているものの。
──愛されてみたかった。
最後にはそんな一文が足されていた。
桜はカーペットの上にぺたりと座り込む。
拓真も隣に腰を下ろした。足が触れ合う。
「……愛されてたよ、美奈実さんは」
「なんで言い切れる」
「なんでって、だって、そうじゃん。誰にも愛されてなかったわけないじゃん。拓ちゃんこそ、なんでそんな冷たいの。違うって言いたいの」
「何をもって愛と定義するか、みたいなややこしい議論をおまえとやり合うつもりはねえよ」
つまり同意しかねるということだ。
やり合ってみたところで言い負かされることは分かっている。釈然としない思いを、桜は表情で示すだけに留めた。
美奈実は愛されていたはずだ、と桜は思う。
母娘が互いに向けていたものは、深い感情だったはずだ。少なくとも美奈実は母親にしっかりと育てられていた。理想どおりの娘にはなれず、望むようなかたちの愛は与えられなかったのだとしても。たとえ父や兄との絆は強くなかったのだとしても。少しも愛されていなかったのとは違う、と思うのだ。
「美しい願いだと思ったよ、おれは」
拓真は言う。
「酔って記憶全部飛ばしたい、なんてのよりよっぽど健全で輝いてる。望みどおり、次で思いきり愛されて生きればいい」
彼の声は静かだった。いつも通りの、仕事用の、低く美しい音だ。
桜は傍らのリュックサックからタブレットを取り出した。カバーを開き、膝の上に立てかけ、顔認証でロックを解除する。液晶のキーボードをぽちぽちと叩きながら、小さく呟いた。
「拓ちゃん、美奈実さんには優しかったよね」
「おれは誰にだって優しいぞ」
「うん。けどあたしちょっとだけ、美奈実さんが羨ましいと思っちゃった。最後にお母さんに会う方法があるなんて知らなかったから」
「……これか」
拓真は胸ポケットから眼鏡を取り出した。黒いフレームの、度はおろかレンズすら入っていない伊達眼鏡だ。
「おれも、リモート会議ってやつの存在は知ってても、それが回収に使えるとは思ってなかった。ちょっと前に英(はなぶさ)さんから教えてもらったんだよ。で、試しに通くんに言ってみたらこれが出てきた」
差し出されて美奈実は受け取る。ひっくり返して確かめてみれば、確かに鼻あてとつるの部分に、カメラとマイクが内蔵された窪みが見つかった。しかし違和感はないに等しく、知らされなければ気付かないだろう。
「けど、こんな裏技が機能するかどうかは、正直賭けだな。見えなかろうが聞こえなかろうが何かを感じとってしまう人間はいるし、そういう奴に被回収人を接触させたらアウトだ。気をつけろって通くんにも脅されたよ、うっかりしたら資格停止ですからねって」
「そっか。……じゃあ、あたしはお母さんには、会えなかっただろうな」
拓真は小さく眉を上げただけで、桜の言葉の意味を知ろうとはしなかった。わざとらしく腕の時計を確かめて立ち上がる。
「報告書なら家で書けるだろ。帰るぞ。延泊料金なんか払ってられるか」
「はあい」
足が痺れたと呻くのは、桜を笑わせるためだろう。そのくせ、おじさんくさいと言われれば憮然とするのに違いない。
桜は手にした眼鏡をかけてみる。黒いプラスチックで縁取られた世界の中に拓真の姿は見つからず、慌てて外した。「似合わないな」と笑う彼は確かにそこに存在していて、泣きたいような気持ちになる。
桜ちゃんはまだ死ねない ハセ @haseichico
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