第3話:妹は魔法と料理が上手で胃袋つかまれて求婚しちゃいました

 目の前の表示板の四つの願いのうち、実現済みの家族の健康と老後資金の行が赤字になっており、三番目の妹の行が青字から赤字に変わっていく。


 (1)家族全員ガ健康

 (2)老後資金ヲ貯メル

 (3)”オニイチャン”ト呼ンデクレル妹ガ欲シイ

 (4)可愛イ”ヒロイン”ト結バレル(姫様カ聖女。エルフ、ケモ耳デモOK)


「おにいちゃん、ミーナだーいしゅき。……こんなかんじでしゅか?」


 腕にすがって体をすり寄せてきた。


 もしかして、この子……。


「ちょっとゴメンね」


 顔の横の髪を持ち上げて耳を観察してみる。


 とがってもないしケモ耳でもない。

 当然だけど、ヒロインということではないんだな。


「なんでしゅか、くしゅぐったいでしゅ」


 それより、この子をなんとかしてあげないと。

 

「ミーナはどこから来たの? お父さん、お母さんはどこ?」


「あっちのほうからでしゅ」


 あっちは南。ということは、モルティスの街の子かな。


「父さまと母さまは、おうちにいましゅ。じじょといっしょでしたが、まものにおそわれて、かわにおちて、はぐれました」

 

 侍女がいるって、お金持ちの家の子なのかな。


 ハックチュン! とミーナがくしゃみをした。

 気づけば二人ともズブぬれだ。


「今日はこの辺で野宿して、朝になったら街に連れてってあげるから」


「まち、でしゅか? あっ、おにいちゃんとミーナのはちゅデートでしゅね!」


 初デート? ミーナがうれしそうにはしゃいでる。

 なんだか話がかみ合ってないぞ。



 河辺に降りて、流木を集めて枯れ草を乗せ、火打ち石で火をつけようとする。


「だめだ、木が湿っていて燃えないな」


「ミーナがやるので、すこしはなれてくだしゃい」


 なにをするんだろう?

 

 ミーナが右手をかざすと赤の円が流木の上に現れた。


 あれは黒魔法、炎属性の魔方陣?


 魔方陣に向かって地面から炎が勢いよく吹き上り、炎の柱になって十数メートルもの高さにまでゴォーと音を立てて昇っていく。

 すぐに上の方で炎が横に突き出て十字架になり、そして炎は消えた。


 これは上級黒魔法の『獄炎十字』だ。

 対象を燃やし尽くすと炎の柱は十字架になり、そして消える。


 いやいや、燃やし尽くしちゃダメだろ。

 せっかく集めた流木が灰になっちゃった。


「えへ、はりきりすぎちゃいました」


 この魔法、討魔軍の黒魔道士でもできるヤツはそんなにいない。

 なんで、こんな小さな子がこんな強力な魔法を使えるんだ?



「こんどは、てーねーにやりましゅ」


 積み上げた流木の回りを囲むように小さな火球を何個も出し、少しずつ寄せていって火をつけた。


 小火球が全部で十五個か。

 二、三個ならたいていの黒魔道士ならできるだろうが十五個の同時コントロールとは、少なくとも僕は見たことがない。



「あったかいでしゅね、おにいちゃん」


 二人並んでたき火の前に身を寄せ合って座る。


「ミーナはなんで魔法ができるの?」


「父さまがおしえてくれました」


「お父さんは魔道士?」


「いいえ、ムギとやさいつくってましゅ」


 引退してスローライフしてる魔道士かな?


 グー……と僕の腹の虫が鳴ってしまった。


「おにいちゃん、おなかしゅきましたか? ミーナ、ごはんつくっていいでしゅか?」


「……いいけど、道具も材料もなんにもないよ」


「ミーナに、おまかせくだしゃい」


 ミーナはバッグを開け、中から数本のサイズの違う包丁、まな板、ナベ、食器、何本もの調味料らしいビンを次々に出して並べ始めた。


「このバッグは父さまがつくってくれました。クマのとこは母さまでしゅ」


 魔法収納袋みたいなものだな。

 だけど、ずいぶん本格的な料理道具だ。


 大きな石を組み合わせてコンロのような物を二つ作よるうに指示してから、ミーナは草むらの中に歩いていった。



 しばらくしてミーナはウサギの後ろ足をぶら下げ、何匹かの魚や草の入ったカゴを手に戻ってきた。


 ウサギの胸に貫通した穴があいてる。

 血も出てないとは白魔法の『光の矢』で打ち抜いたみたいだ。


 地面に置いたまな板の前にミーナはひざまずく。

 ウサギの後ろ脚をつかんで包丁の刃を腹部に当てて皮膚を切り裂き、慣れた手つきで皮と肉の間に刃を入れてまず皮をはいでいく。


 肉を切り分け、取ってきた野草と一緒にナベに入れて煮込み始めた。


 魚も刃を立てた包丁できれいにウロコをそぎ落とし、腹を割いて手際よく内臓をとる。


 魚を水で洗ってナベに入れて野草を乗せ、調味料をいくつか入れてビンからブドウ酒らしき液体をナベに注ぐ。

 ナベにフタをして、どうやら一段落のようだ。


 たいしたもんだ。いつも料理をしてるのかな。

 全ての動作が手慣れてる。


「ずいぶん料理が上手だね。ミーナって、いくつなの?」


「六しゃいですが、いつでもおよめにいけるように母さまにきたえられてましゅ。”男をつかむなら胃袋をつかむのよ!”だそうでしゅ」


 ミーナ母さん、いいこと言うなあ。

 軍の宿舎の食事なんて『エサ』と呼ぶれるぐらいだから、付き合ってる子においしい手料理でもごちそうになったらイチコロだ。


 だけど、それにしても早い花嫁修業だな。


 それからミーナは両親と三人で狩りをしたり、魚を捕りにいったり、畑仕事をしたりということをニコニコしながら話してくれた。


「ミーナのお家は幸せなスローライフ一家なんだね」


「すろーらいふ、ってなんでしゅか?」


 これは前世の単語か。


「のんびりした田舎暮らし、かな。僕もだけど、あこがれてる人は多いよ」


 特に疲れたサラリーマンとかね。


「とちもまだまだあまってましゅから、おにいちゃんもミーナたちと一緒にスローライフするでしゅ!」


 狩りが生活の一部とか土地も余ってるとか、かなり田舎だな。

 ミーナが正確に道を覚えてないと見つけられないかも……。


「きっと、父さま母さまもだいかんげいでしゅ! ねえ、おにいちゃん、きいてましゅか! いいでしゅよね?」


 ミーナに揺さぶられて、我に返った。


「あ,ああ。とってもいいねえー」


「わーい! きまりでしゅ!!」


 いけね、聞かずに返事しちゃった。

 なんの話だったっけ?


 ふわー……、おいしそうなニオイがナベの方から流れてきた。



「おにいちゃん、どうぞ」


 蒸し上がった魚の皿と、肉の煮込みが入ったお椀をお盆に乗せて渡してくれる。


 うわー、うまそう……。


 酒蒸しの香りと煮込みのコクのあるニオイが食欲をかき立てる。

      

 おお……、うまい!


 この国の料理は塩味の単純な味付けが普通だが不思議なコクがある。

 このなつかしい味は……しょう油だ!

 煮込みのほうも独特の甘い感じのコク。これは、味噌か?


 二つともこの国にはないはずだが、マメを発酵させれば作れるはず。

 調味料を自給自足とはミーナ一家のスローライフはかなり本格的だ。


「お酒もございましゅ」


 ミーナはうれしそうにニッコリ笑って僕に酒のグラスを渡し、葡萄酒のビンを差し出してくる。


 グラスに絶え間なく酒を足し、空になったお椀には肉をよそってくれる。

 いつのまにか満腹になり、酒のビンは二本も空になっていた。



 食事も終わり、食器やナベを片付けたミーナが戻ってきた。


「今夜はごちそうさま。とってもおいしかったよ。ミーナは今でも、いいお嫁さんになれるね」


「ホ、ホントでしゅか?」


「うん。しっかり胃袋つかまれちゃって、僕がミーナをお嫁さんにしたいぐらいだよ」


 あっ、びっくりして目を丸くして固まった。

 え、泣き出しちゃった⁉


 六歳の女の子をお嫁さんにというオッサンはキモいを通り越して変態、泣くほど気持ち悪かったか。

 ちょっと飲み過ぎた……。


「おにいちゃん……、そのことばをまっていました」


「はっ?」


 ミーナは一歩後ろに下がって正座して三つ指ついて頭を下げる。


「ふちゅちゅかものですが、よろしくおねがいします」


 ふつつか者?

 僕はなにをお願いされてるんだ?


**************************************

次回、第4話:『妹と過ちで結ばれてしまいスキル獲得しました』に続きます。


ミーナと過ちで結ばれてしまったサトル、しかし、おかげでスキルをやっと獲得したのだが……。


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