第二章 強襲と迅雷
休日までもう一踏ん張りの金曜日。いつにもまして清々しい朝だ。春の雷に襲われた翌日とは思えないほど、いつも通りの日常が僕を取り巻いていた。低血圧で上手く動かない身体を起こすと、やはりそこにはいつもと変わらない風景が広がっている。朝日に照らされる勉強机も、そこらに散らばる文庫本も、なんら変わらぬ日々を刻み続けている。
きっと、昨日のことは全部夢だったのだ。夢だと仮定した方が説明つくことばかりだったし。僕の妄想癖が暴走でもしたんだ。多分。さて、トイレにでも・・・
「あ、おはよ。」「うわぁ!」
全然夢じゃなかった。部屋の扉を開けるとそこには昨日の落雷少女がいた。いくらなんでもフラグ回収が速すぎる。驚きのあまり自然と声が出ていた。
「うわぁ、って。んふふっ。そんなびっくりする?」
彼女は笑っていた。謎にツボに入ったらしく、僕から顔を背けて「んふふ」だの「くふふ」だの言葉にならない音声を漏らしている。
「そんな笑う?」
「いやだって、ほんとマンガみたいな反応だから、んふっ。マサトくん、やっぱ君は面白い人だね。」
笑いのせいで涙ぐんだ目をこすりながら彼女は僕を褒めた。多分。
「まぁ・・・楽しそうでなにより。」
彼女は微笑を崩さないまま洗面所の方へ歩いて行った。にしても、すごいな。彼女と出会ったのはつい昨日のことなのに、特に緊張することなく生活ができている。人見知りな僕の意外な一面といったところだろうか。いや、きっと昨日のせいだ。昨日彼女と出会った直後に経験したあれが、僕と彼女の間にある緊張の壁を取り払ったのだ。
ゆっくりと睡眠から覚醒しだした僕の脳は、そんな昨日を少しづつ思い出し始めた。
※ ※ ※
「ふふっ。意外にびっくりしないんだね。こんにちは。乾マサトくん。」
雷とともに降臨した少女は柔らかな笑みを浮かべていた。純白のワンピースに身を包み、真っ白な低めのヒールに小さめの足を収めている。腰辺りまで伸びた長い髪は、落雷少女らしく(?)ところどころハネていた。と、特徴を列挙できるぐらいに彼女の淡麗な
容姿は僕の視線を惹きつけた。吹き飛ばされた時に覚えた身体の痛みも一瞬忘れるほどに。僕はいつの間にかこの場からの逃走という選択を放棄していた。
「ほんとにびっくりしないねぇ。」
「い、いや、びっくりはしてる・・・けど、なんか、びっくりしすぎて逆に冷静になって・・・ます。」
「ます。って。敬語じゃなくていいよ。ま、敬ってくれてもいいけど。」
彼女は目を細めながら言った。敬ってはほしいらしい。いやいや、敬語かどうかなんてどうでもいいんだ。もっと聞きたいことがたくさんある。
「どうして僕の名前「なんか固いね。人見知りだとは聞いてたけど、やっぱ緊張する?」
僕の質問は彼女の質問にかき消された。確かに僕は人見知りだけど、今上手く言葉が出てこないのは君の登場の仕方のせいだ。なんて長文を口に出す元気はなかった。
「・・・なんで人見知りってこと知ってるの?」
あ、長文出た。いや長文じゃないか。でも僕にとっては長い部類だ。
「そう・・ねぇ。なんて答えたもんかなぁ。」
長くなりそうだな。いくら長くなっても良いから疑問を解決したいと、僕の物書き魂が叫んでいる。彼女はしばし悩んだ素振りを見せた後、眉間にシワを寄せたまま口を開いた。
「まず、私はやっばい組織に追われてます。」「ほう?」
疑問が増やされるというまさかの事態に、胡散臭い探偵みたいな返答をしてしまった。ただ、雷とともにやってきた人間の言葉だったからか嘘だとは思わなかった。
「そんでさ、私の護衛をマサトくんに依頼したいんだ。」
「・・・なんで?」
「私もよくわからないんだけど、君が適任らしいんだ。君のことを色々知ってるのもこれが理由。」
なんだそのふわっとした理由。展開が雑だな。僕ならもっと丁寧に書くぞ。まあでも、僕が適任であったが故に事前情報があったというのは至極当然だ。
「いきなりごめんね。ほんとに私もよく分からないんだ。護衛、やってくれない?」
彼女は南国の浅い海のように澄んだ瞳で、僕を上目遣い気味に見つめてきた。しかし、いくら意味ありげな視線を向けられたって『一緒にやっばい組織に追われてくれ』と言い
換えられる要求は簡単には飲めない。
「うーん・・・。」
言葉が尻すぼみになって消えていく。僕の精神は葛藤していた。僕の中の物書き魂は依頼の了承を強く推していたが、理性がそれを引き止めていた。非日常への愛ともいえる物書き魂に従えば、その先には夢のような非日常が待っているかもしれない。だがしかし、その非日常は死と隣り合わせだ。命を賭けることへの恐れが、僕の胸中に葛藤の渦を作っていた。少しの間無言が続いた。
「やっぱり・・・駄目だよね・・。」
「う・・・ん。」
申し訳ないが、さすがに命は賭けられない。何かの主人公でもなんでもない僕にそんな決断は下せない。彼女は黙り込んでしまった。この上ない罪悪感に駆られる。でも、承諾するわけには・・・
あっ
彼女の小さな動揺とともに、突然木々がざわめいた。落雷のせいで焦げた木の葉と草が宙を舞い、緑と黒が視界の大部分を覆い隠す。風に軌道を曲げられた小雨が頬に触れた。
「や、やばい!もう来た!」
呼吸を荒くしながら彼女が言った。
「え、来た?何が?・・・ん?」
返答がある前に、僕は見つけた。幻想的な風景の中に一瞬だけ現れた、異様としか言いようのない真っ黒の物体を。
「あれは・・・何だ?』『ん?あれ?』
声帯が出力しているはずの声がどこにも響かない。この現象は落雷直後に味わったあれと同じ?何が起こっているのか理解が追いつかない。
『な、なんだこれ?』
あたりを見渡してみると僕の頭は更に混乱した。世界の動きが、鈍い。落ちていくはずの雨粒はその場に留まり、彼女の長い髪は水中にあるような靡き方に変化している。映像をスロー再生したときのように、世界の全てが重く、鈍くなった。
さっきの黒い物体は何処に行った?どこに目を向けても見当たらない。彼女の反応からして物体はかなりの危険物なのだろう。恐怖を紛らわせるためにも早く視界に入れたい。
『え?』
黒い物体は彼女の真後ろにあった。いや、”あった”というよりかは”いた”という方が正しい。なぜなら、黒い物体の正体が紛れもない人間であったからだ。真っ黒のスーツに身を包んでいる女性。もちろん普通の人間ではない。腰から日本刀を下げ、獣のような眼光で彼女を睨みつけている。しかも、その人は落ちる雨粒よりも速く移動していた。元の世
界で黒い物体にしか見えなかったのは、尋常でない速度が原因だ。
日本刀の柄に手が掛けられた。明らかに狙いは彼女。刀身が顕になり光を反射しだした。これは、まずい!
『危ない!」
刀が振られるのと同時、僕は彼女に覆いかぶさった。刃が髪を掠めた気がする。それを認識した瞬間に鈍い世界は終わった。
「わ!」
ワンテンポ遅れて彼女が叫んだ。覆いかぶさった勢いのまま地面を転がると、自然とあの女性と距離がとれた。すぐに立ち上がり警戒態勢を取る。女性は立ち尽くしたままこちらを睨みつけていた。
「避けた!?どうやって!?」
どうやらこの謎現象は、落雷少女でさえ分からないらしい。
「わかんないけどなんか避けれた。」
「んっはは。なにそれ、すごいね!」
彼女は満面の笑みを浮かべていた。そんな場合じゃないだろう。目の前には凶器の代表格を持ち、こちらに殺気を向けている危険人物がいる。逃げなければ今にも殺されるだろう。
「いやぁ、トワさんもびっくりしたんじゃないですか?」
彼女は笑顔のまま女性の方を向いた。女性の名は”トワ”というらしい。にしても彼女はすごい胆力の持ち主だ。
「素直に斬られてください。抵抗しても良いことはないですよ。」
”トワ”の声は落ち着き払っていてかつ、確実な殺意を感じさせた。その低めの声音に僕の恐怖は煽られっぱなしだ。
「それはできない。私も命は惜しいんです。」
気圧されている僕とは対照的に、彼女は笑顔を崩していなかった。落雷少女というものは異常なほどの度胸も持ち合わせているらしい。
「仕方ありませんね。」
”トワ”は抜刀の構えを作った。漫画でしか見たことのない光景。こう思うのはもう何度目だろう。
「逃げるよ。」
瞬間、パチパチと静電気が放電されるような音が響きだした。髪の毛は重力に逆らい始め、純白のワンピースは風に吹かれているように靡きだした。目の前の不可思議に驚いていると”トワ”が消えた。高速移動を始めたようだ。
「よしいくよ。手繋いで!目、瞑って。乾くから。」
異性を意識する間もなく、ただ恐怖に従って彼女と手を繋いだ。乾いちゃう?いや疑問を持っている暇はない。
「おりゃ!」
目を瞑った直後、彼女の気の抜ける声と共に身体が知らない感覚を覚えた。ジェットコースターに乗っているときのような、安息が見つからない浮遊感。
「何!?なになになに!?」
凄まじい何かの圧力と恐怖で目が開けられない。とりあえず叫ぶしかなかった。
「よーし。もう目開けてもいいよ。」
圧力も弱まった頃恐る恐る目を開けた。僕らは、遥か上空にいた。僕の住んでいる町が一望できる。
「と、飛んでる!?」
「んふふ。気持ちいいでしょ。うーん。あそこの家が良いかな。」
彼女は家の屋根に指を指すと再び静電気を溜め始めた。彼女の髪から放電された青白い電子が見えた。
「あそこに落ちるよ。」「へ?」
僕の情けない声をかき消すように周囲に轟音が響いた。鼓膜が破れるんじゃないかと思った。びっくりして目を閉じた僕はまた独特の浮遊感を覚える。次に目を開けたとき、僕らは遠くに見えた屋根の上に立っていた。
「何、したの?」
「落ちたの。この屋根の避雷針にね。」
避雷針からは煙が漂っていた。まさか僕も雷と共に降臨する存在になるとは。もう驚きとかそんな次元じゃない。僕の思考は停止寸前だ。
「んっ?」
突然、”トワ”と対峙したときのような焦燥感が僕を襲った。
「マサトくんも察しが良くなったね。あの人、多分全速力でこっち来てる。」
僕が特殊能力に目覚めているのは明らかだった。が、気にしている暇がない。先程までいた空き地からこの家は結構離れているが、あの女性ならきっとすぐに追いついてくる。
「走るよ!」
僕らは手を繋いだまま屋根を駆け出した。しかし、屋根を走りきったらその後はどうするんだ?下に飛び降りる覚悟をしておく必要があるだろうか。
「空行くよ!」「え、また!?」「せーのっ!」
春の美しい曇天の中、僕らは空を走りだした。なぜか足のつく空中を、大通りを走る車よりも速く駆け抜ける。足を動かす回数に移動距離が見合ってないが、そんなことはどうでもよかった。
「来たよ!備えて!」
彼女の言葉に呼応するように僕は意識的に鈍い世界に突入した。ただ備えてと言われても・・・。とりあえず周囲を見渡し”トワ”を探した。恐らくもうすぐそこまで来ている。
『いた!』
”トワ”は少し離れた電線の上を走っていた。先程の空き地ではほとんど止まって見えたが、今はアスリート並の速さで電線上を駆けている。あれは本当に人なのか?
”トワ”が勢いよく跳び上がった。電線のしなりを利用したのか、離れた場所からひとっ跳びで眼前に迫ってきた。
『やばい!なんか、なんか盾になるもの!』
必死に探してはみるものの、街中の、ましてや空中にそんなものあるわけない。刀を抜きながら、僕らが逃げるよりも早くこちらに迫ってくる。
『くそっ。どうしよう!?どうしよう!?』
判断に迷っている間に、僕らは刀の間合いに入ってしまった。どんどん輝く刃が近づいてくる。防御も回避ももう間に合わない。まずい!まずいまずい!
『くっ、うおおおお!』
僕は意を決して刀を掴んだ。もう選択の余地はなかった。彼女が刻まれるよりかは、そして僕の肉体が掻っ捌かれるよりかはこっちの方がマシだと思った。あぁさようなら僕の左手。今までありがとう。
「あ、あれ?」
色々と悟った瞬間、時の流れが元に戻った。その時の僕は、恐らく人生最大の安堵を感じたと思う。なんと、手は刀を握ったままで切り離されてはいなかった。”トワ”は動きを止め、刀を引かなかったのだ。
「ナイス、マサトくん。」
彼女の言葉とともに、強めの静電気が発生したような電子が炸裂した音がした。彼女は手を拳銃のような形にして”トワ”に向けている。何か攻撃を加えたようだった。
「ぐっ。」
苦悶の声を押し出しながら”トワ”は墜落していった。が、すぐに空中で体勢を立て直し地面に着地した。即座に抜刀の構えを作り、こちらに狙いを定めた。攻撃が効いていないのか?
「まだ来る!?」
「いや、多分大丈夫。強めの電気を流したからあの人といえどしばらく動けないはず。今のうちに逃げよう。」
彼女の言葉の通り”トワ”はその場で片膝を付き、苦悶の表情を浮かべているように見えた。苦しみながらも放たれているオーラはしばらく距離をとっても僕を威圧し続けた。
「もう、追いかけてこないかな。」
町並みが変わるまで移動した頃、僕らはゆっくりと地上に近づき、綿毛のようにふわりと着地した。風圧と恐怖に耐え続けた僕の身体は少しずつ緊張を解き始めた。
「はぁ・・・怖かった。」
どっと疲れた。固い地面が足の裏を押し返すこの感覚、なんだか久々に感じたような気がした。
「いやぁかっこよかったよ。マサトくん。」
「はぁ・・・そりゃどうも。」
安堵に支配された僕の脳味噌は山のようにある疑問たちを思い出し始めた。
「「あのさ」」「「あっ、ははっ」」
始めの言葉だけでなく、驚きと笑いまでもがシンクロした。図らずも命を預けあったからか、僕らは自然と会話が可能になっていた。
「私に色々聞きたいんだよね?良いよ。何からがいいかな?」
「それじゃぁ、なんで僕らは空を歩けたの?」
んーとね、と言いながら彼女は眉間にシワを寄せた。
「難しい話になるんだけど、私はちょっとだけ電気を操れるんだ。さっきは静電気の引力を色々と利用したの。」
稲妻としての飛来や電撃による攻撃などの超常現象もなんとなく理解できる。多分これをすぐに受け入れられるのは僕がド文系だからだ。
「魔法とかじゃないんだね。」
「そうだね。私ができることは一応全部原理があるらしいよ。ま、難しい話だから私を作った人にしか分からないけどね。」
「作った人?」
「そう。私は一人の人間に創られた存在なんだ。」
普通の人間ではないと思ってはいたが、もはや人間ですらない模様だ。確かに、科学が創り出した存在と言われた方が納得できる。納得を得られたので次の疑問に移ることにした。
「君は何者?どうして追われてるの?」
「そうねぇ。まぁ括りとしては人工知能だね。計算が速いとかそんなことはないけどねぇ。で、追われてる理由はね、私と私を創った人が組織からの脱走者だから。」
僕の質問攻めにも彼女は華麗に対応してみせた。彼女を創った人のことや組織のことについても色々と聞いてみたが、彼女はそこまで知らないらしい。僕に護衛を依頼したという”彼女を創った人”と会うことができれば全ての疑問が解決するだろうか。その人についても気になるが、一つだけ聞き忘れていた質問があることを思い出した。
「名前、聞いてなかった。」
「そうだったね。私はハル。霹靂ハル。気軽に呼び捨ててくれると嬉しいな。」
霹靂ハル・・・か。空を彩る稲妻の如く美しい彼女にピッタリな名前だ。
「あ、私からも質問いいかな?」
「何?」
「私の護衛、引き受けてくれる?短い間だけでいいからさ。」
僕をまっすぐ見つめて彼女は、いやハルは言った。
「あー・・・えっと。」
言葉を濁しはしたが既に僕の中で答えは出ていた。彼女を質問攻めにしたり、名前を知ろうとしたり、もう僕の探究心に嘘をつくのをやめていた。度重なる超常現象を体験したせいで、僕の物書き魂が理性を打ち破ったのだ。
「やります。」
言った。言ってしまった。これからどんな非日常が僕を待ち受けているのか、恐怖を孕んだ期待が僕の胸に溢れた。不思議とあまり後悔はしていない。僕は生粋の物書きのようだ。
「んふふ。マサトくんならそう言ってくれると思ってたよ。ありがとう。これからよろしくね。」
目を細めた彼女は、やっぱり美しかった。恐怖が少し和らいだ気がする。
「あ、そうそう。君の家に空き部屋ってある?」
「あるけど・・・一緒に暮らすの?」
「もちろん。近くにいてもらわないと護衛にならないじゃん。」
確かにその通りだ。今は母が長期出張に出ているし、僕には兄妹の類もいない。人が一人ぐらい家に増えるのは問題ではないのだが、そんな場所で同年代の男女が暮らすのはいかがなものだろうか。この思考はハルにも伝わったようで
「ふふっ。大丈夫。なんかいかがわしいことしてきたら感電させるから。」
何が大丈夫なのかよくわからないが、他に行くところもないだろうし選択の余地は無さそうだ。まあ彼女はにこやかだし、どうでもいいや。そう思った。
※ ※ ※
そして、今に至る。確かに”ほぼ初対面の人”というには濃い経験をしすぎているな。それから僕らは家に辿り着くなりご飯を食べ、様々な情報交換をした。互いの好きなものの話や僕の小説の話、そして組織の話。ハル曰く組織は表舞台に出ることを極端に嫌うようで、学校などの公共の場に頻繁に訪れるような生活を送る人間と一緒にいたほうが安全なのだそうだ。
「それにしても、マサトくん寝癖すごいね。」
ハルがにこやかに言ってきた。随分と仲良くなったものだ。
「常に髪ハネてる人に言われたくない。」
「痛いとこつくね。君。」
学校にはハルも一緒に付いてくることになった。学校関係者にいきなりの来訪者を気取らせないようにする方法は、もちろん雷を使った超常現象だ。二人とも寝ぐせを直し、朝食を取った後にその説明が始まった。
「マサトくん、眼鏡持ってる?ちょっと貸して。」
「あぁ、どうぞ。」
僕の執筆用の眼鏡を手に取ると、彼女は深呼吸を始めた。空に跳んだときと同じ仕草だ。パチパチという音と共に彼女の髪が逆立ち、貸した母の部屋着が靡き出した。少しずつハルの姿が背景と同化し始めた。これが今度の超常現象のようだ。
「これ、かけてみて。』
ハルの声は空洞感を帯びていた。渡された眼鏡をかけると、彼女の姿が鮮明に見えるようになった。
『どう?私の声聞こえてる?』
「聞こえるけど、なんか変な感じがする。」
彼女の声はすぐイヤホンをしているときのように耳元から聞こえてくる。どうやら、眼鏡が音を伝えているようだ。
『上手くいってるみたいだね。この状態では、その眼鏡をかけている人だけが私のことが見えて声が聞こえるんだ。」
これにも電気的な原理があるのだろうが、おそらく僕には理解不能だろうから考えるのはやめた。
時刻が午前七時を回った頃、僕らは学校へ行く準備を完了させた。僕は制服、ハルは僕の私服に身を包み、春の匂いが漂う外の世界に飛び出した。
「それじゃ、改めてこれからよろしくね。」
ハルは手を差し出し、握手を求めた。ドラマのワンシーンみたいだ。それに応えるため、僕も手をゆっくり差し伸べる。
バチッ
「いてっ」
季節に似合わぬ静電気の急襲に、僕らは揃って手を引いた。困り眉で笑った彼女は、やっぱり可愛らしかった。そしてこの小さな雷撃は、落雷少女との生活が始まることを実感させた。
さてこれからどうなることやら。心配と好奇心を胸に抱きながら、いつもの道を今日は二人で歩き始めた。
「乾を傷つけるようなことはしなかっただろうね?」
「はい。刃は引かなかったので、大丈夫だと思います。」
「そうか。トワ、一旦戻っておいで。」
ジンの声に呼応してかなり大きいドローンが飛来し、動けずにいたトワを回収して飛び去った。
「さて、ここまでは想定内。彼らの学校生活でも見届けるとしようか。」
新しい玩具をもらった子どものような高揚をジンの声色は感じさせた。しばらく後に争いを繰り広げることとなるマサトとジンは、奇しくも同じような高揚を共有していたのだった。
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