第13話 夕暮れ、疲れたOL、そして

 ドゥーベル市に滞在して、ボチボチ三ヶ月になります。ですが二人で暮らす安アパートを『愛の巣』なんて呼べるほど、我々の仲は親密ではありません。一緒にお風呂とか、同衾とかのイベントもまだ……つーか、それ以前に恋愛対象として意識されていないのが現状です。


 置いてある家具や備品も最低限なもの。

 ……その最低限の一つに、古めかしいブラウン管テレビが含まれているのが納得できんのですが。オーパーツもいいとこですよ、こんなもん。


「■■■■■■、■■■■■■■■■■」


 砂嵐の画面をじっとみつめるセキシスの口から、私には文章化できない未知の言語が飛び出します。32倍速させたような甲高い声は、生物の発する音として異質です。

 彼女、今は提示報告の真っ最中。当然ながらティンダロスではなく、エルドリッジの本社に対して。帝国の技術レベルは、まだ有線の電話だって発明されていませんからね。モニター越しの通話装置なんて……いえ、それにしたってブラウン管テレビは変じゃね!? それ通信機じゃありませんよ。


 バニーガールな格好といい、セキシス……引いてはエルドリッジの感性は独特というか、ここが中世ヨーロッパ風ファンタジー世界って認識が希薄な気がしますよ。そんなチグハグさがクソゲーメーカーになる要因でしょうけど。


 それでも真面目に職務をこなすセキシスを、私はかなり気に入っています。ぶっちゃけLOVEです。……まあ、私がエルドリッジに叛意を抱いている限り、職務への拘りが強い彼女とは親密になれそうもありません。

 運命って切ない! 恨むぜ神様……あ、こいつら悪魔だったっけ。


「……ふう。あのPM(プロジェクトマネージャー)、いつもいつもグチグチと無駄な言葉が多すぎですの。それ以上にあのクソディレクター、完全にこっちへ責任丸投げする気マンマンなのが許せませんの……! なにが好きにやれですの……っ」


 テレビの電源を落としても、暗い画面を睨みつけたセキシスが文句を垂れています。

 外見は十代半ばの褐色爆乳美少女バニーガール、と属性詰め込み過ぎヒロインですが、煤けた背中から感じるくたびれた雰囲気ったらもう。

 あの可愛い姿はアバターらしく、真の姿は別みたいです。もしや正体がアラフォーのOLだったりするのでしょうか。それはそれで「ですの」口調が痛々しいですの。


 ……あ。私は正真正銘、この世界で生まれ育った12歳のロリ巨乳黒髪美少女ですから。前世が四十間近のバツイチ独身男性だろうと、今の私には関係ありません。


「終わったんなら一風呂浴びに行きません? 熱いお湯を浴びると、それだけで気分がさっぱりしますよ?」

「このどんよりが自分由来だとも自覚するですの……」

「あはは〜、違いますよ。私のような人材を選んで異世界にブチ込んだ、代表取締役のせいです。……なんて言いましたっけ、あの人?」


 セキシスは質問に答えず、大きな溜め息を吐いて出掛ける準備を始めます。湯屋へは行くつもりらしいですね。

 自宅にお風呂があれば楽なのですが、気軽に使える公衆浴場があるだけでもありがたいと思わないと。地球の中世ヨーロッパなんて道端で……いえ、よしましょう汚い話は。



 定期報告が必要なのはティンダロスも一緒。週に2回、中央都の商家宛に偽装した手紙を出しています。

 主に国境線での連邦の動きや物流を細かく分析し、市内で連邦と内通しているような怪しい動きが無いかを連携しています。

 所感ですけど、今のところは平和そのものです。少なくとも表面上は。


「嬢ちゃん、いい時計をしているな」


 湯屋で汗を流し、ギルドに併設した安くて量が多い酒場で夕食を済ませた帰り道。人気の失せた路地で大柄の中年男性が声を掛けてきました。

 大きな顎がしゃくれ、鼻筋に二箇所も折れたのを矯正した跡のある、荒っぽい雰囲気の方でした。


 ナンパ?


 それにしては変です。だって私、時計なんて身に着けていません。まだ懐中時計しか存在しない世界観なので、高級だし邪魔だし……あ。


「そうでしょう? 『尖った時間』も計れるのです」


 危ないところでした。これ、ティンダロスの合言葉ですよ。滅多に使わないし意味不明なので忘れてました。


 男性は私と、私に手を引かれる飲み過ぎでヘベレケなセキシスとを見比べて、一瞬「大丈夫か、こいつら」とでも言いたげな表情になります。

 ぶっちゃけセキシスは大丈夫じゃないです。本社に連絡した後はヤケ酒が目立つ彼女ですが、今夜はいつもより飲酒量が多くて前後不覚に陥っています。

 ……ますますくたびれたOLっぽい。無防備すぎて私の理性が持つか危ういですよ。


「……馴染みの時計屋だ、きっと高く買ってくれるぜ」


 少しの葛藤を挟んで、男性はチラシに偽装した指令書を手渡して立ち去りました。

 高度に暗号化された紙面を流し読みしますと……ほう、これはまた……って、ちょっと待てや!


「おヴォロシャぁ〜」

「ちょっとセキシス、ドブにゲロしてる場合じゃねーですよ」


 わざわざ側溝の重い石蓋を外して反吐ブチ撒いてるセキシスの背中を擦り、私は小声で耳打ちしました。


「急いで帰って、あのブラウン管テレビを片付けてください。陛下が我が家に来ます」

「オロロロロロ」

「吐くほど嫌がらないでくださいよ」


 アルコール臭のキツいゲロに私も吐きそうです。吐くだけ吐かせたら、細身の体系に反して異常に重たい彼女に肩を貸し、普段の三倍ぐらい時間をかけて家路を急ぎます。


 ですが……帰り着いたアパートの部屋は鍵が開いており、室内ではラフな恰好をした真紅の髪の美少女が、ブラウン管を不思議そうにベタベタ触りまくっていたのでした。

 幸いというか、テレビについては「変わった形の出土品を気に入り、家具にしている」というメチャクチャな言い訳が通ったので、特にツッコミを入れられることはありませんでした。

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