第12話 危険を冒す者ども

 私が素早く腕を左右に振るえば、前腕に装着された剣の形の術盾が、緑の小鬼を寸断します。

 実戦の中で研鑽を重ねた私の術盾は、今や私の意思で自在に変形する『武器』となったのです。


 敵対するのは、俗に言うところゴブリン的な外見の醜悪な魔物。ボーグルと呼ばれる害獣です。

 巨大な単眼と、簡単な道具を使う知能を持ち、集団で獲物を襲う。一般人にとっては脅威ですが、こんなんにやられていては主人公など名乗れません。


「キシャァ!!」


 隙を突いたつもりで背後から飛び掛かって来た二匹を、振り向きざまにまとめて一薙ぎ。刃の長さが気持ち足りないのでちょっと伸ばし、スパッと首を刎ねました。

 再度正面に向き直った私は、剣を弓の形に変形させて構えます。逃走を始めたボーグルの背中を狙い、弦を弾く。番えるのは矢ではなく、これまた矢の形に整えた術盾です。

 放たれた矢は風よりも素早く命中して、ボーグルの頸から上を木っ端微塵に砕きました。


 4匹のボーグルを蹴散らすまで……9秒強。まずまずのタイムです。ちなみに、さっきは5匹を15秒で血祭りにあげました。


「はーい、お疲れですの〜。今ので確認されてる群れは全滅。まずまず使える腕になりましたのね、ボニー(仔ウサギ)ちゃん」


 木の上から気怠げな拍手の音。セキシスは文字通り、戦っていた私を高みの見物していました。


「惚れ直しました?」

「アホ抜かしてないで、さっさと討伐の証拠を集めるですの。ほらほら〜」


 足をばたつかせて急かしてくるセキシス。バニーガールな服装はそのままですが、今はその上に分厚い風防マントを羽織っています。網タイツに包まれた褐色の太ももは見えません。

 ……ちなみに。今の私も風防マントの下は彼女と同じバニーガールでお揃いです。

 何故かって? 可愛いから!



 現在、我々は帝国領の最西端、マグノリア連邦と隣接したドゥーベル市に滞在しています。

 もちろんティンダロスの任務で、です。亡命を企ててる訳ではありません。


 マグノリア連邦とは、先帝時代のポラリス帝国が引き起こした侵略戦争に備えるべく結ばれた国際同盟のこと。政権がサイデリア陛下に移行した際、一方的な停戦宣言を最後に連邦各国との国交は断絶しています。

 当たり前ですが、連邦にとって帝国は今でも敵国家。ですが彼らも帝国内のゴタゴタを理解しているので、静観して勝手に弱るのを待ってる形です。下手に刺激して再度団結されると厄介ですからね。


 連邦との国境に位置するこのドゥーベルで、怪しい動きがないかを調査するのが私とセキシスの任務です。

 表向きは美少女傭兵コンビとして。森の中での魔物退治も、街に溶け込む一環なのでした。

 あとセキシス曰く私のレベリング。実戦に勝る経験なし、だってさ。綺麗な顔して厳しいのですよ、彼女。



 街道沿いに出現したボーグルの群れの討伐。月に一〜二回ぐらいの間隔で発生する問題で、緊急性は高かったり低かったり。今回のはやや高めぐらいでした。


「お帰りなさい、レティさん、セキシスさん。任務の完了報告ですか?」


 溌剌としたギルドの受付嬢に「ええ」と頷いた私は、ギルダー登録証と一緒にボーグル共の眼球を詰めた革袋を手渡しました。

 文明レベルが一概に低いとは言えないものの、討伐対象の確認として相手の一部を持ち帰るのがギルドの基本です。眼球はまだマシな方でして、人間の盗賊なんかの場合は御首を持ってくる必要があります。

 私、戦国武将じゃないんですけどね。


 軽く説明しておくと、ここは帝国職安組合(ギルド)のドゥーベル支部。ソーシャルワークの傭兵や、日雇い労働者が仕事を求めて集まる人足寄場です。

 清掃から戦闘前提の危険な仕事まで雑多な依頼が街中から舞い込み、ギルダーとして登録しておけば実力に見合った仕事を斡旋してくれます。

 帝国中のギルドは独自の情報網で繋がっているので、別の街でもライセンスを提示すれば、その日からでも仕事にありつける。渡り鳥のように街から街へ移動するギルダーも多く、我々のような工作員が身分を偽るのにも適しているのです。


 余談ですが、利用者の多くにとって魔物や盗賊の出没する危険地帯が主な仕事先なことから『危険を冒す者』、つまり『冒険者』って別名が付いたそう。諸説あり。


「はい、確かに。こちらが報酬となります」

「あいあい」


 報酬は帝国共通の紙幣と硬化で受け取ります。銀行などはまだないので、貨幣の価値を保証しているのは国家です。

 受け取った金額的には、無駄遣いしないなら3日分の食費にはなる量。日雇い労働者としてなら、まずまずといったところでしょうか。


「お二人とも、今日はもうアガリですか?」


 普段は事務的な会話しかしない受付嬢……巨大な金髪ドリルツインテールが目を引く……えーっと、ナントカさんが紙幣の枚数を確認していた私に尋ねます。


「仕事ですか?」

「いえ。人事部から昇格試験について打診が来ています。お二人の実力と任務遂行能力から考えて、このままフライ級に留めておくのも対外的に不味くて」

「ほほう」


 ギルドに登録されたギルダーは、その能力と貢献度に応じて階級分けがされています。

 今の私は全10階級の下から2番目、フライ級。その前はミニマム級から始まり、もう一度昇格したらバンタム級となります。ほぼボクシングの階級と同じですね。分かりやすい。


 こういう分かりやすい昇格システム、私は好きなんですけどね。ちらっと見上げたセキシスの顔は、なんとも興味なさげな様子でした。


「こーゆーの、出世するほど面倒事が舞い込むってのが相場ですの。せっかく部門総括になったのに、辺鄙な場所に出向させられたりとか」


 さらに、めっちゃトゲのある冷たい視線が返ってきました。憂いを帯びた美女って、それだけで絵になりますね。


 憂いの理由はおそらく、セキシスがエルドリッジの品質管理部門の総括責任者、つまり部長さんだからでしょう。役職が上がると気苦労が増えるのは、どこの世界も同じみたい。

 ゲームの舞台となる異世界に乗り込める人材は限られていて、セキシス以外だと代表を含む役員数人だけなんだそうです。出世したけど辺境の支社長でした〜って現状が不本意なのかも。前世にもそういう人っていましたし。


「あんまり階級上げると、自由度減るのがネックですの」

「セキシス、そういうのは自意識過剰っつーんです。フェザー級ぐらいまでは名指しで依頼なんて来ませんよ」

「……………………」


 和ませるつもりが、セキシスの視線がいっそう冷たくなり、ドリルな受付嬢も剣呑さを察して顔を引き攣らせたのでした。

 一応、私は前向きに検討すると伝えて昇級試験に必要な書類を2人分受け取っておきました。

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