没落令嬢は外道な手段もためらわない

ちくすいな

第一話 没落貴族令嬢は困難な状況にある






 大陸東部に位置する大国、『レオルト王国』は現在冬に差し掛かっていた。


 領地が長大な山脈に囲まれている王国の冬は厳しく、暖炉は必須だ。



 そんな王国の西部、隣国である帝国と接している領地を収める大貴族がいる。



 その貴族は、『メレネイア家』。



 帝国との貿易で栄え、強大な軍事力を背景に王国内でも一二を争う発展度を


 現在は、帝国との戦争により大きな被害を受け、領地は荒廃。


 軍事力も失い、十数年前に税を納めきることが出来ず公爵から侯爵に格下げされてしまった。


 そして、周囲からはこう呼ばれている。




「―――没落貴族、ねぇ」




 メレネイア家当主である、『ルーナラルセ・フォウ・メレネイア』は質素な執務室で呟く。


 そんなルーナラルセと呟きを聞きとった執事が、その呟きを否定しようと口を開く。



「ナルセ。お言葉ですが、あまり当主である貴女がそんなことを仰らないでくださいませ」


「事実なんし、別によくない?」


「このサバルド、メレネイア家に長年仕えて参りました。領地の荒廃も、税を納めきれなかったときのことも、全て見て参りました。全ては仕方なかったのです」



 この家の重鎮たちは皆そう言う。


 全て仕方なかったのだ、と。


 しかし、現当主であるルーナラルセ――つまりボクはそうは考えない。



「そんなことないよ。被害を抑えられなかったのは当時の当主だ。それに、領地もいくらでも建て直しようがあったじゃないか」


「それは、ナルセお嬢様がまだであるから言えることです。お嬢様も数年当主をすれば分かります。仕方なかったのだと」


「それはどうかな? あと、私はもうお嬢様ではなく当主だよ」



 「失礼しました」と謝罪するザバルド。


 しかし、彼の考えは変わらない。



「まあいいよ。今年で戦争から丁度五十年だ。そろそろこの大陸は荒れ始めるさ」


「そ、それは困りますな……。し、しかし、この五十年間大陸は平和でした。そう簡単にその平和が崩れるとは―――」


「崩れるさ、簡単にね。この家の栄華も、簡単に崩れただろう?」


「で、ですが―――」



 帝国戦争のときのトラウマでも呼び起こされたのだろうか?

 ザバルド爺は不安げな表情を浮かべ、反論を試みる。

 しかし、事実は伝えねばなるまい。



「既に混乱しているじゃないか。王国は王位継承問題。帝国による威嚇行為。神聖国は宗派が割れ内乱状態。王国内に限ればセロビモ家とランベルルーチェ家の対立の激化もある」 


「そ、そんな……。またあの悪夢の様な時代になると言うのですか!? そうなれば、今度こそメレネイア家は滅んでしまいますぞ!?」



 ルーナラルセが口にした現状に、長年メレネイア家に仕えてきたザバルドは尋常じゃないくらい慌てる。


 またあの暗黒期が訪れるのかと、恐怖する。


 しかし、ボクは真逆だ。

 その混乱はボクの『夢』に必要不可欠だし、この時代に生まれた事を感謝すらしている。

 今、ボクの口元は弧を描いている。



「いいや、この家は滅ばないよ。そして、混乱は好機だ」




 ルーナラルセは思考を巡らせる。

 これから訪れる混乱の果てにあるはずの未来を。


 この詰みの盤面からどう逆転しようかと。


 思考を巡らせる彼女の笑みは、とても深く、恐ろしく、怪しいモノだった。






♢♢♢






 ―――父が死んだ。




 そう聞いたボクには、あまり驚きがなかった。

 父は元から病弱だったし、持病も多かった。

 しかし、それが予測出来ていようが出来ていまいが、当主である父が急死したと言うことは後継者を決めなくてはならない。

 勿論、ちゃんと嫡男は居たし、父の遺言も「家は嫡男に継がせろ」だった。



 ―――しかし、嫡男と母親は逃げた。



 確かに、領地と納税額が無駄に大きく、税収は少なく、絶賛没落中の家を好んで引き継ぎたいと考える者は少ないだろう。


 しかし、だからといって嫡男が逃げてもいいのか?


 ―――いい訳がない。


 しかし、アイツらは逃げた。

 実の娘のボクを置いて、逃げた。

 不気味だとか、呪い子だとか、悪魔の子だとか言われては居たけど実の娘であるボクを置いて逃げたのだ。

 この家の親戚は、三十年前の戦争で全員途絶えている。

 そして、色々な不幸が重なって現在も分家は生まれていない。


 よって、この家を継げるのは女のボクのみ。

 強制没落貴族家当主就任とかどんな罰なんだろうか。



 ―――という経緯で、ボクはこのメレネイア家の当主になった訳だ。


 予想外の出来事によってではあるが、当主となった以上は自分の為にも全力を尽くさねばならないと思う。

 幸い、貴族男児としての教育も受けているから最低限の統治は問題ないはずだ。

 それに、当主になったからこそ果たせるボクの新しい夢もできたし、完全にマイナスではないかもしれない。


 しかし、この家の置かれてる状況はとんでもなく酷い。正に詰み状態。

 だけど、普通は戦争で荒廃しても三十年経って荒廃しっぱなしと言うのは少し意味がわからない。


 ので、四十年間この家に仕えている執事のザバルド爺に訪ねてみることにした。



「ザバルド爺、なんでこの領地はこんな酷いの? いくら戦争で荒廃しても、普通もうちょっとマシじゃない?」


「お嬢様は知らないんですか? ならば教えて差し上げましょう」



 そう言ってザバルド爺はなんでこうなったのかについて教えてくれた。

 要約するればこうだ。


 帝国は報復戦争だったため後先考えず、占領した土地を恨みのまま―――因みに結構八つ当たり―――焦土に変えていった。

 そして、終戦後も他貴族の妨害により復興が思うように行えず、今に至る。


 …………報復戦争だったというのは知っていたけど、まさか焦土戦術を取っていただなんて知らなかった。

 その上に復興の妨害すら喰らったら復興は難しい。


 その後、色々と考えてみた結果出てきた答えは―――



「取り敢えず、領地の視察をして対策を考えることにするよ。だから、馬車を用意してくれ」


「ははっ! 了解致しました!」



 まずは、復興する対策を知らなければならないだろう。






♢♢♢






 二週間が経った。


 領内の視察を終えたボクは、執務室の机に向かっていた。



「取り敢えず国境付近は見捨てようか」


「は、はい?」


「だから、国境付近の復興は諦めようかなって」


「お、お嬢様? な、なりませぬ、民を見捨てるなどっ!」


「いや、殆どの井戸に大量の毒が撒かれていて、作物も育たず、元々大して良い土地でもなく、帝国の侵攻にも怯えなくちゃいけない土地ってなんの価値があるんだよ」


「そ、それでも国境付近も立派なメレネイア家の領地です!」


「その精神は素晴らしいけど、その精神のせいで今まで復興が上手くいかなかったんじゃないかな? 優先順位はしっかり付けないと」


「…………」



 ボクの発言でザバルド爺は沈黙してしまった。絶句しているとも言う。



「移住要請は出すけど、それに従わなかった人達は放置かな。あんな不毛な土地に構ってられないしね」



 早速実行に移す為、ザバルド爺にこの家の重鎮を呼んでもらうことにした。

 命令を受けたザバルド爺は不服そうに業務に着いた。




「さて、このルーナラルセによる『天下取り』の始まりだ」




 その独り言を聞いているものは、誰一人としていなかった。









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