チノ距離、短編集〜
ホオジロ夜月
第1話 ロマンチックなバレンタインにしたい?
「いよいよだね……美結。準備は出来てる?」
「うん……この日の為に何度も練習したんだもん。きっと上手く作れる……はず」
「最後まで強気で行かないでどうするのさ! ほらっ、中村君に美味しいチョコ作るんでしょ?」
「う、うん……」
「なら今日という日に全力を注ぐ! 前進あるのみ! でしょ?」
絵里香からの励ましの言葉のおかげで、不安がっていた気持ちを追っ払えた気がする……絵里香の言う通りだ。中村君に美味しいって喜んで欲しい……
「よし。それじゃあ……バレンタインデー当日に渡すチョコ作り始めるぞ~!」
「お、おぉ……!」
今日は2月13日。バレンタインデーの前日。今年はバレンタインにちなんでチョコを使った何かを作ろうと思った矢先、自分一人で作るだったはずが今、絵里香の自宅のキッチンでチョコ作りに挑もうとしていた。
「……一つ聞いてもいい? 絵里香」
「ん……何かね~?」
絵里香は可愛らしい猫のイラストがいろんな所にプリントされている、エプロンを着付けしながら、答える。
「絵里香って誰に渡すの? す、好きな人と……」
「──それはない」
「そ、そう……」
ほぼ全部言い切ったところで、その質問は遮られてしまったけど……あの反応から見て、それ以上は踏み込むのは止めておくことにした。
そうして、目の前のキッチンに用意された材料たちを確認する。まずは湯銭で溶かす為に用意したいたチョコ3枚。
そしてクッキー作りだけじゃなく、お菓子作りで欠かせないバター。その他材料の数々。
「とりあえずレシピ通りに作りってみますか……」
「それで、絵里香は何作るの?」
「私? 私はね……未定!」
「未定って……」
「とりあえず湯銭でチョコを溶かしはするけど、そこから先はまぁ思いつきで決めればいいやって思って」
「またそんな行き当たりばったりな……」
まぁ、それはそれで絵里香らしいから止めはしないけど……
「ちなみに、美結の方は?」
「私は……これ」
そう言って私はスマホに保存したレシピのページを見せた。
「これは……なんだか難しそうだけど……出来るの? 美結って料理は出来てもお菓子とかはほぼ経験ないでしょ?」
「そうだけど……どうせだから挑戦したいなって……」
それにどうせなら中村君にはせめて、『美味しい』って思って言って欲しいし、その為の苦労なんて気にしない!
「はぁ……まぁ美結がそこまで言うなら止めはしないけど……まぁいいや。それじゃあ始めよっか!」
「うん!」
そうして私たちの明日のバレンタインデーに向けたお菓子作りが始まった。
私は中村君の為に。
絵里香は、彼女が送りたいと思う誰かの為にそれぞれがお菓子作りに勤しんだ。
* * *
「2月14日……って何の日か知ってる? 英二」
「知らね。知らん誰かの誕生日だろ」
終礼が終わった後の教室で僕と英二は昨日、北沢さんから『放課後、教室に待機するように!』とだけ簡単なメッセージを送られてきており、彼女がここに来るのを英二と話しながら時間を潰していた。
そんな時に丁度タイムリーな話題でもあるバレンタイン。それにまつわる質問を投げてみるも、そのボールをは素通りされてしまって何とも言えない空気になってしまった。
「違うって! バレンタインだよ。チョコの日だよ!」
「チョコの日は言いすぎだろ……てかテンション高いな。これがバレンタイン効果か?」
「とにかく! 今日という日に放課後残っていてほしいなんて、そんなの考えられうるのは一択だけ」
正直言って北沢さんからだけでも貰えるのは嬉しいのだが、欲を言えば好きな人からも欲しかったというのが本音だ。
とはいえ、この状況自体はそれはそれで普通に喜ぶべきことではある。
「ごめん。お待たせ! お二人さん!」
そうして更に待つこと10分。勢いよく開けられたドアから北沢さんが現れた。
「遅くないか? なんかやってたのか?」
「いや~実は……いい感じのラッピングを近くのお店まで探しに行ってて。それで遅れちゃった! ごめん!」
そうして理由の説明と謝罪をさらっと言い切って、彼女の手に収まっていた小さな小包を渡される。
「って言う事でハッピーバレンタイン! 二人にはこの友チョコを贈呈します!」
「おぉ……凄い美味しそう。この上に乗ってるのは……バナナ? こっちはリンゴ?」
「正解! 最初はただ湯銭で溶かしたチョコを銀のカップに入れるだけだったんだけど、途中でフルーツとかを入れてみたいって思ってさ。それでいろんな種類の果物を入れてみたの!」
僕と英二に渡されたそのチョコの小包には三つずつ入っており、自分の方はバナナやリンゴ、ミカンなんかが刺さっていた。
「へぇ……美味しそう! あ、そういえば美結は? 一緒じゃないの?」
「あぁ、美結はね……中村君。ちょっとちょっと」
そう言って北沢さんは僕だけにこっちに来るように手をこまねいていた。
「実を言うとね……美結。完成はしてけど渡すのが恥ずかしいって言って下駄箱の方に逃げちゃった~」
「え……」
道理でさっきから北沢さん一人だったわけだし、どこにも彼女の影が見当たらないわけか……
「ってことは今、正門辺りにいるのかな?」
「かもね……多分、今も帰ろうかどうか決めあぐねてるんじゃない?」
「……ごめん。ちょっと行ってくる!」
それを知った僕は一直線に正門の方へ、ダッシュで向かった。
* *
「どうしよう……せっかく作ったのに、渡さず持って帰るなんておかしいよね……」
というか、私っていつもこういう大事な時に限って、『恥ずかしい』っていう子供みたいな理由で避けてるんだろう……
「今すぐにでも戻った方が……」
「美結! はぁ……良かった。まだいた。ぜぇ……」
「中村君⁉ どうしたの? そんなに息を切らして……」
「いや、だって北沢さんから聞いたの。美結はまだ正門付近にいるはずだって……それで……」
そう言って今も息を切らしたまま、話を続けようとする彼を見て、もうこうなった以上、私が逃げるわけにもいかないという決心が持てた。
きっと今なら渡せそう……
「あの……中村君。これ昨日作ってみたの。一応味見はしてるけど……もし口に合わなかったら……」
遂に、私は自分の中の迷いを振りきり、ようやく手作りしたカップケーキを渡すことにした。
「……ありがとう! 美結!」
「……うんっ!!」
まだ渡しただけで中身を見たわけでも、食べたわけじゃないのに、彼は上機嫌になった。
「……っていうか。多分これも中身チョコだったりする? だとしたら溶ける前に先に帰るね。また明日!」
「あ、ちょっと待……行っちゃった」
絵里香のは確かにチョコだけど……私のは……
「あれ? 中村君は?」
その後、絵里香が遅れて私の元のやって来た。後ろから佐藤君ものそのそとやって来た。
彼の手にはさっき絵里香が持っていたチョコの袋があり、多分絵里香が作っていたのは私たちのみたいな友達に上げる用のチョコだったんだろう。
だとしたら私の分もあるのかな……!
「絵里香……先に帰っちゃったよ?」
「あ~それは良かったかもね……」
「え? なんで? 出来れば目の前で感想を聞きたかったんだけど……」
「いやさ、私は別に気にしなかったんだけど、バレンタインデーに送るカップケーキって特別な意味があるみたいでさ……ほら、これ」
そう言って絵里香がスマホの画面を見せてくれた。その画面には『バレンタインに送るお菓子の隠された意味10選』と書かれていて、ちょど私が作っていたカップケーキの意味も書かれいて……
「えっと意味は……『特別な……人⁉』」
「……まぁ二人はそもそも付き合ってるし、大して変わんないか! あっはっはっは!」
「やく言ってよ……」
「え?」
「もっと早く言ってよ~! それだったらもっと深い意味のお菓子作ったのに~!」
「ごめん……ってそっち⁉」
中村君……今頃、変な誤解しちゃってるかな……
* *
一方その頃、中村君はと言うと……
「うん! カップケーキって普段食べないからすっごく美味しい!」
当の本人は意味なども調べず、ただカップケーキを純粋に味わい、それに込められた意味も知らことも無くバレンタインの一日はそっと幕が下ろされた。
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