影廻の秘術学校の門2
霧が立ち込める山道を一人進む暁月カエデ。短い忍装束に包まれた小柄な身体は軽やかで、木々の間を滑るように移動していく。その背中には小さな荷物が揺れ、腰には短刀が差してあった。
「こんな山奥に学校なんて、誰が考えたのよ……。」
カエデは小声でぼやきながらも、周囲に細心の注意を払っていた。忍びとしての訓練を積んできた彼女は、音を立てず、気配を消す技術に長けている。しかし、同時に焦りや不注意から失敗をすることが少なくない。
山道の小さな石に足を取られ、つい「あっ!」と声を漏らしてしまったのもその一つだ。
「くっ……気をつけないと。」
誰も聞いていないのを確認し、軽く頬を叩いて気を引き締める。
少し前、カエデは山間の廃村で不思議な少年と出会っていた。黒髪でやや野暮ったい服装をした少年――月影シン。彼はどこかよそよそしいが、妙に誠実そうな態度を見せた。
(半妖……か。妖の気配がするのに、それを隠す気配もなく、呑気な奴。)
カエデは彼に対して冷たい態度を取ったが、内心ではその異質さに興味を覚えていた。巻物を読んでいた彼女に話しかけてきた時も、わざと冷ややかに応じたのは、警戒心と照れが混じった結果だった。
「あの少年、意外と肝が据わってるのか、それともただのバカなのか……。」
彼女はその記憶を振り返りながら、微かに微笑んだ。
やがて道の先に、小さな風車塔が見えてきた。石造りの塔は苔むしており、四方に取り付けられた風車の羽根がカタカタと音を立てて回っている。その中央には円形の窪みがあり、何かの紋章がはめ込まれていた痕跡があった。
「これが外郭結界の風車塔……ね。」
カエデは塔を観察しながら呟いた。周囲を見回し、安全を確認した後、そっと塔に近づく。
「……これ、紋章が欠けてる?」
彼女は窪みに指を伸ばし、じっと観察した。何かが失われているのは明らかだった。
その瞬間、足元にあった石に気づかず、彼女はバランスを崩した。
「うわっ!」
転びかけたところを、咄嗟に塔の柱に手をついて持ち直す。だが、その際に荷物の紐が引っかかり、背中の荷物が塔の足元に落ちてしまった。
「もう……なんでこんなところに石があるのよ!」
呟きながら荷物を拾い上げると、不意に近くから声が聞こえた。
「カエデ、隠れる!」
忍びの本能で即座に身を低くした彼女の視界に、二人の人影が入った。一人は月影シン、もう一人は侍然とした男――剣助だった。
◆
「なんであの少年がここにいるの?」
カエデは静かに息を潜めながら様子を窺った。
二人は風車塔の前で立ち止まり、何やら話をしている。剣助が塔の窪みに触れた瞬間、風車の羽根が一瞬止まり、微かな振動が周囲に伝わった。
「……どういうこと?」
カエデは目を細め、その光景を見逃さないように観察した。
(あの剣士、ただの侍じゃない。何か隠している。)
カエデは距離を保ちながら、シンと剣助の後を追った。やがて、唐草模様や幾何学紋が彫られた石門が目の前に現れた。
「あれが学校の門……。」
彼女は門を見上げ、中央の円形の窪みに目を留めた。ここにもまた、紋章が失われた痕跡がある。
慎重に門へと歩み寄ったその時、再び足元の石に気づかず、今度は思い切り転んでしまった。
「いった……!」
その声に気づいたシンが振り返る。
「誰かいるのか?」
慌てたカエデは咄嗟に隠れようとしたが、失敗して茂みの枝に巻物の端が引っかかった。その姿が丸見えになっていることに気づき、彼女は観念して顔を出す。
「ええい!見つかったら仕方ない!」
シンと剣助の前に姿を現したカエデは、精一杯冷静を装いながら言った。
「……通りすがりの忍びよ。気にしないで。」
そのままシンたちと距離を取りつつ、門を抜けた先に広がる光景を目にしたカエデ。整然とした道、瓦葺きの建物、そして中央の巨大な本堂。どこか厳かで神秘的な雰囲気が漂う学び舎の姿に、彼女は思わず感嘆の息を漏らした。
「これが影廻の秘術学校……。」
彼女は心の中で呟いた。この場所で、自分は何を得るのだろうか。そして、任務は成功するのだろうか。
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