第13話 最後に残った包み紙
「兄さんって、良く空を眺めていますよね?」
そうシンディに声をかけられて、自身が空を仰いでいることに気付いた。誤魔化すようにそっと目を瞑って、口の端を歪ませた。
俺たちは日常品や食品を買い足すために、ラリッサの市場に訪れていた。一通りの買い物も終わり、広場の階段に腰掛け露店買った揚げパイを取り出す。少し遅い朝御飯だ。
「そんなことないだろ」
そう言って、手に持つ揚げたてのパイを一口食べる。熱い肉汁が口の中に広がった。
「あむっ、いーえ。絶対、見ています! んぐっ、何年も兄さんを見続けてきた私が言うから間違いありません」
あげパイをモグモグ食べながら、シンディは自信満々に言い募る。行儀が悪いぞ。あっ、食べかすが口の端に付いてら。
「ほー、お前俺のこと見続けてきたのか」
「……べ、別に変な意味じゃないですよ? 妹弟子として、という意味です!」
「ふーん」
だから違いますよぅ、と顔を真っ赤にさせて言い訳するシンディ。いつまでたっても、本当に初だな。
「まぁ、良いけどな」
シンディの気持ちなんてとっくの昔に知ってる。好きな相手じゃなければ、膝枕や胸を揉まれること、まして身体を許すことなんて絶対にしない。こいつはそう言う女だ。
地味で野暮ったい村娘と言った出で立ちだが、顔立ちは整っており愛嬌がある。きちんと着飾れば、かなりの美少女に化ける。
そして、何よりこれが一番重要な要素だが……胸がデカイ。
隣に座るシンディを舐めるように見詰める。
落ち着いた深緑のディアンドル。踵まであるスカートとそれに合わせた柔らかい桃色のエプロンが少女らしさを醸し出している。
そして、本人にその意図はないのだろうが、襟を深くくったブラウスはその豊胸を強調しているように見えた。
……つまり、可愛くてエロい。
最高のモテ要素じゃないか。
きっと男なんて選び放題なはずなのに、シンディは何で俺みたいな男に引っ掛かったのか。甚だ疑問である。自分で言うのもあれだが、男の趣味は最悪だな。思わず哀れんでしまう。本当に、自分で言うのもなんだが。
「兄さん、またいやらしい目で見てますね?」
「見ているが、嫌なのか?」
「ええっ!?」
「じゃあ、見ないでおく」
そう言って視線を反らす。
「むぅ……兄さんの意地悪。ちょっとぐらい私の気持ちを察して下さいよぅ」
俺の素っ気ない返事に眉を下げて、いじけた顔のシンディ。もっと見ていて欲しかったらしい。
口では嫌だと言ってるのに、気持ちはそうじゃない。そして、その逆もある。女って分からん。俺は理解することを放棄した。
「おい」
「はい、何ですか?」
「口、パイ付いてるぞ」
「えっ!? やだ、恥ずかしいです! ど、どこにですか?」
「右端のここ」
シンディは慌てて、親指で唇をを拭き取る。
そこは左だ。ああ、そこは左下。かといって、左斜め上でもないぞ。
「えっと、取れました?」
「いや、全然違う。だから、右だって言ってるだろ」
さっきから検討違いなところを拭くシンディ。面倒くさくなってきた。強引に手を引いて顔を近付ける。その勢いに任せ直接口の右端に付いたパイの欠片を舐めとってやる。
「ひゃう、え、ええっ!?」
シンディは顔を真っ赤にして、固まる。
相変わらず面白い反応だ。加虐的な思考が頭を満たす。俺はこれをいじめっ子衝動と名付けている。
きちんと言っておくが、本当に嫌がっていることはしないぞ。いじめっ子とはいっても、気になる子をからかってしまう男子小学生のような純粋な心持ちである。
「……に、兄さぁん」
シンディから甘く漏れる吐息を感じ、調子に乗って唇についた肉汁を全体的に舐める。それから、シンディの口を舌で抉じ開け、中まで掃除してやる。満足するまで、歯磨きをしてやってから口を放した。
「ん、綺麗になったぞ」
「……はい。ありがとうございます」
ぼーっ、と俺の顔を惚けながら見詰めるシンディ。これは暫く治らないな。いつも、これ以上のことをしているのに、耐性が付かないのな。まぁ、それはそれでそそられるので是非これからもそうであって頂きたい。
そんな下劣な思考を取り払うように、俺は再び空を見上げた。
雲さえない蒼天が視界に広がる。
どこまでも続く、透明な世界。
それが眩しくて、思わず目を細めた。
――――何故、空を見上げるのか。
それはきっと、あの時あいつと見た空があんまりにも綺麗だったから。
そんな思いに気付かない振りをする。
俺は揚げパイの最後の一欠片を口の中に放り込む。手元には、所在なさげに風に靡く包み紙だけが残った。
異世界の許嫁が俺のことを好きすぎる件について 桂太郎 @12030118
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