第8話 それは正しき行い
夜が来た。
俺は与えられた部屋の大きすぎるベットで寛ぐ。
布団はふかふかだし、天蓋はあるしで言うことがないのに落ち着かない。俺には豪華過ぎるのだ。そういうところは、日本人なんだよな。質素でシンプルなものこそ至高だ。
コンコンと、扉を叩く音がする。
俺の答えを聞く前に、扉は開かれた。
ダークブラウンの髪は下ろされ、ふんわりとウェーブして腰まで流れている。榛色の両眼は、真っ直ぐ俺を見詰めていた。
「……ジャネットか。こんな夜遅くにどうしたんだ?」
「もう、分かっている癖に!」
「言ってみただけだ。……突っ立ってないで、こっちに来い」
「はい、シェロさん」
ジャネットは柔らかく微笑んで、俺の側まで歩いてくる。歩くごとに、大きく膨らんだ胸が上下に弾んだ。眼福である。いつもありがとうございます。
ジャネットは俺の目の前に立つと、そのまま俺の膝に座る。俺は慌てずに、腰に手を回しぐっと身体を引き寄せる。それから擦るようにように、ジャネットの腹を撫でた。
「シェロさん、膝枕なんて酷いわ。私がいるのに見せつけてくるのだもの」
「別に見せつけている訳じゃないさ」
「……そうかしら」
甘えるように、ジャネットはお腹を撫でる俺の手に自身の手を重ねた。仕事モードの時は俺のことをシェロ様と呼んでいちメイドとして接するが、プライベートはいつもこんな感じだ。シェロさんシェロさんと呼び、慕ってくれる。まったく二面性を持つ女は嫌いじゃないぜ。
「まぁ、そう言うな。今晩は可愛がってやるから、それで許してくれ」
「誤魔化しているでしょう。でも良いわ。誤魔化されてあげる」
「……お前は良い女だな」
「シェロさんは悪い男だわ」
「違いない」
俺は笑って、ジャネットをベットに転がした。
ジャネットは頬を赤く染めて、いじらしくこちらを見上げる。
「お嬢様に知られたら、きっと私たちのことを許してくれないわね」
「別に許されなくても良いよ。どう言われようと、俺はやりたい放題好きに生きるだけだ」
「……でも、お嬢様はシェロさんのことを愛しているわ」
その静かに諭すようなジャネットの言葉を聞いて、一瞬固まる。心臓が強く鼓動した。大きく息を吸い、自分を落ち着かせる。
「あいつはさ、ヒヨコなんだよ。初めて親しくした男が偶々俺だっただけなのに、まるで唯一の男みたいに刷り込まれている。世界は広くて、もっと良い男が沢山いるのに。……そんなの馬鹿みたいだろ?」
「……ふふっ、シェロさんはお嬢様に幸せになって欲しいのね」
ジャネットは淡く微笑んだ。
その笑みを直視できなくて、顔を背ける。
「うるさい。……その、悪いか?」
「いいえ。……シェロさんは不器用だって改めて思っただけ」
「なんだよ、それ」
「そのままの意味よ。幼い頃から、私はずっと貴方を見てきたもの」
「そういうもんか」
「そういうものよ」
俺はベットに上がって、ジャネットに覆い被さる。そっと、桃色の唇に口付けを落とした。
今夜は長い夜になりそうだ。
***
窓から差し込む光が瞼を擽る。
うっすら目を開ける。
ぼんやりとした視界でその光を追う。そうすると焦点が定まってくる。俺は屈伸をしてから、横で眠るジャネットを見た。
あどけない表情。安心しきり、深く眠り込んでいる。それが可愛い。俺は思わず、ぐっとジャネットを引き寄せた。
こうやって身体を繋ぐ関係になったのは、もう2年ほど前だ。勿論無理やりとかではない。俺は卑劣漢ではないつもりだ。無理やり、ダメ絶対!
掛け布団を捲ると大きな乳房がまろびでた。うん、よし。今日も良い眺めだ。いつもありがとうございます。
満足いくまでそれを堪能して、ゆっくりと身体を起こした。それからジャネットに肩まで布団をかけ直してやる。
ベットから抜け出して、机におかれた水を張ったボールで顔を洗う。それから布に水を浸して、身体を拭った。
部屋を出て、廊下を歩く。
上を仰ぐと中央が尖ったアーチ、高い位置に張り出した梁、アーチを平行に押し出した形状の天井が見える。それが先までずっと続いている。俺はこの天井が好きだ。永遠に見ていられる。暫く天井を見上げていると、後ろから足音が聞こえてきた。
「シェロ、おはよう」
声を掛けられて、振り向く。
「……なんだ、アンか」
「うむ。私だシェロ」
俺の声かけに深く頷いて、アンは微笑んだ。
キラキラと輝くプラチナブロンドが眩しい。蒼穹の瞳が柔らかく見詰めてくる。
「ご機嫌は如何か?」
「……まぁ、ぼちぼちだな」
「そうか、なによりだ」
そう言って側まで寄ってきて、そっと手を繋いだ。それがあまりにも自然な動作だったので、何も言えなかった。
にぎにぎと確かめるように握られる。アンは嬉しそうに、繋いだ手を見詰めていた。
「いきなりなんだよ」
「ふふっ、なんでもないよ。ただ、シェロと手を繋ぎたいだけだ。駄目か?」
「……別に、好きにしろ」
「うん、好きにする」
その純真な姿を見て、決まりが悪くなる。顔を出す罪悪感を胸に秘めて、目を伏せた。
俺はそんなもの感じちゃいけない。後悔などしない。こいつは、もっと先に行ける女だ。俺みたいな奴に捕らわれて、空に羽ばたけないなんて、そんなの我慢できない。
ぐっと、力を入れて手を握り返す。俺はいつかこの手を離さないといけない。それが正しい。
……それで、良いんだ。
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