第20話

 平和だな~。

 というセリフで、今回も始めたかったのだが。

 

 残念ながらそうもいかなくなった。


「不思議なうわさが広まってるんだよね~」


「ほう?」


 お昼休みの教室。私と理沙は一緒にお弁当を食べていた。


「うわさというか、むしろ怪談? 真冬の奇妙な御伽噺?」


 理沙は右と左に2度、首を傾けた。

 ひょうきんな様子に思わず吹き出しそうになるが……なるほどフォークロア的な話なのかな?


「ふふ、どんな御伽噺なの?」


「真夜中に人の形をした影が歩いている。誰かの足元にある影じゃない。独立した存在。ただ一人ゆっくりと夜を歩む。顔は無く、表情など分からない。影を見た人間は気絶してしまう」


「……………………」


 うん?

 影? つまり暗黒?


「へ、へー。こわいねー」


「実際に夜道で気絶していた人がいるらしいよ? その人がうわさの大元。まあ、単に記憶が混乱しているだけかもしれないけど」


「そのひとのかんちがいかもねー」


「けれど、その後に何人も目撃者がいるみたい。みんな気絶して、みんな『あれは人間じゃなかった』って言っている」


「もしかしたらほんとうなのかなー」


 だめだ。どうしても棒読みで言葉を発してしまう。

 心ここにあらず、だ。

 

 私はポケットからスマホを取り出した。

 そして理沙に言う。


「おおっと!? 急用が入った!? ごめん理沙、ちょっと行くね!」


「おー?」


 お弁当を片付けて、教室を出る。

 目指す先はボランティア部室。

 同時に、スマホで理沙以外の部員に連絡を取ろうとした。


「あれ……美奈子から連絡入ってる?」


 ところがもう既に、美奈子からメッセージが届いていた。

 いわく『これから査問会を開く! 部室に来たれり!』


 私は部室に到着。

 扉を開けた。

 すると。


「――被告人優香! 神妙にいたせえええええええええ!!!!!!」


 美奈子の叫び声が響いた。

 天に向かって、拳を振り上げている。


 それをあわあわしながら見つめる三葉。

 優香は、椅子に座ってむすっとしていた。


「あ、あの美奈子さん。あのうわさの犯人が、優香さんだと決まったわけでは……」


「ええい! こやつは闇使いぞ! 影などお手の物よ!」


「わたしは、やってないよ」


 優香は、はっきりそう言った。

 あらぬ疑いを掛けられて、実に不満そうだ。


「はあ……わたしはこんなつまらないこと、しないよ。人を気絶させるだけなんて、いたずらレベルでしょ? みくびってもらっては困るんだよね。わたしの存在を世界が知るのは、この星が暗黒に包まれた時なんだから」


 足をくみ、大胆不敵にそう言い放つ優香。

 確かな自負が、その言葉には満ちていた。


「むむむ……悪かったよ優香。お前が安い仕事をするはずないもんな」


 美奈子は素直に謝った。

 優香の視線は、次に私へ向く。


 うう、ごめん優香……。

 私も確かに君を疑いました!!!!!

 殴れ!!! 私の頬を殴れ!!! そうしなければ君と抱擁できない!

 走れメロスみたいな思考が溢れ出す。


「凛、頭をぶんぶん振ってどうしたの? まあ、いいか。反省してくれているみたいだし。さて」


 優香は椅子からぴょんと立ち上がると、私たちに告げた。


「不遜にも、わたしと似た技で騒ぎを起こした輩を、捕まえにいきましょうか。もちろんみんなにも手伝ってもらうよ?」






 

 私たちはその日の放課後から調査に入った。

 まずより詳しく噂を調べ、〈歩く影〉が出没するポイントを探り出す。


 いくつか候補地をピックアップし、そこに何かしらの痕跡が残っていないか見回った。

 すると。


「うーん? おいみんな。なんか古い写真が落ちてたぞ」


 マンションとマンションの間にのびる、幅1メートルほどの細い道。

 路地裏といって差し支えないそこに、一枚の写真があった。

 

「これは、50年前の写真!? 日付にはそう書いてあるけど……」


 私は驚きの声を上げた。

 木造の一軒家の前で、小学生くらいの男の子がピースサイン。そんな写真である。

 男の子の顔は、何故かそこだけぼやけていてよく分からない。


「三葉、どう思う?」


 私がそう尋ねると、三葉は少し思案して返答する。


「手掛かり、と考えていいと思います。歩く影とどの様に関わってくるかは分かりませんが、こんな古い写真が一枚ぽつんと落ちているのは、奇妙です」


「それじゃ、夜にここで張り込んでみよう。 お父さんに連絡っと」


 気の早い優香は、すぐにスマホを取り出した。

 私の家に泊まるということを伝えるために。


 歩く影は夜に現れる。

 手掛かりのあったこの場所を見張るのが、今できる唯一のことだろう。

 それにしても。


「優香、家の人は心配してない?」


 私は優香へ、少し申し訳ない思いを抱きつつ聞いた。

 この申し訳ないというのは、優香と、優香のご家族に対してである。


 優香は私たち4人の中で唯一、現在家族と暮らしているメンバーだ。

 他の面々は皆、一人暮らし。夜の行動は自由に出来る。

 だが家族と同居しているとなれば、そうもいかない。

 

 これまでの出来事で優香は、帰宅時間が遅くなることがしばしばあった。家の人は心配していないだろうか。また、家の人が心配していることに、優香自身も辛い思いを抱いているかもしれない。


 遅い帰宅の原因に、私が関わっているケースが多い以上、どうしても責任感というものを感じざるを得ないのだ。


「むしろ安心しているよ?」


 だが優香は、そんな私を笑い飛ばすように、あっけらかんとした様子だった。


「わたしの家もそれなりにフクザツな家庭で……まあ、お母さんがいないんだけどね」


 優香の家は父子家庭だ。母親は優香が赤ん坊の頃に、家を出ていったらしい。

 お父さんは優香にたくさんの愛情を注いだ。そして16歳の今に至るまで、立派に彼女を育て上げた。


 だがお父さんにとって気がかりだったのは、優香に友達がほとんどいなかったこと。

 彼女は父親との時間を優先し、自らの友人を作ることをあまりしてこなかったのだ。

 父の背中がとても寂しそうだったから、と以前優香は言っていた。


「お父さんからすると、私に友達が出来たことが本当に嬉しいみたい。遅くに帰っても『楽しかったかい?』ってすごく良い笑顔」


『優香自身の時間を大切にしなさい。僕の寂しさは、君の心からの喜びで打ち消されるのだから』と、お父さんにそう言われたらしい。

 

「もっときちんと話し合うべきだったかな……わたしは友達がいなくても別に寂しくなかったのだけど、それがお父さんの憂いになっていたなんて」


「お父さんは、私について何か言ってた?」


「ふふ。娘をよろしくお願いします、だってさ」


 と、友達としてだよね? テンプテーションのあれこれは伝えてないよね優香?


「そこは知らせてないよ大丈夫。凛、今度家に遊びに来て。お父さんも凄く喜ぶと思う」







 とても静かな夜だった。

 風も吹かず、冷気は眠るように漂っている。

 聞こえる音は私たちの吐息のみ。


 路地裏の角から、写真が落ちていた場所を見張る。

 街灯が一本のみで、道を照らしていた。

 現在の時刻は午前零時。

 さて、どうなるか。


 一応、気絶等の術に対抗できる薬を三葉が用意してくれた。

 魔術的な攻撃はこれで、一定レベルに限り跳ね返せるらしい。

 とはいえ、油断は一切できない。

 歩く影が起こす攻撃がどのようなものか、私たちは掴めていないのだから。


「……きました」


「きたきた……!」


 世界の隙間から染み出すように、それは現れる。

 徐々に、徐々に黒色が濃くなっていく。

 数十秒後。

 人間の形をした闇が、そこに直立していた。


「あれって……?」


 優香が何かに気づいたようだった。

 私は尋ねようとする。

 だが、それは出来なかった。


「え!?」


 突然、私の記憶が二重になった。

 知らない家族の思い出が、混入してきた。

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