その鬼は最強で孤独だった。
藍無
第1話 鬼?
「はあ、退屈。」
その少女はそう呟いた。
「どうしてだい?」
その少女に膝枕をしていた男がそう尋ねる。
「何もすることがないの。」
「そうだねえ、ゲームをしようか?」
「げーむ?」
不思議そうに少女が聞き返す。
「そう。」
「でも、将棋もコマももうしたよ?」
「ははっ、そうじゃないよ。百妖詩って知ってるかい?」
「何それ?」
「大正時代にいたとある鬼が妖怪を従わせたときに詠んだ歌を集めたものさ。」
「百人一首みたいなもの?」
「まあ似てはいるかもしれないが、その妖怪の名前と詩をかけて読んでいるしい。」
「へえ、じゃあ退屈だしやってみようよ。」
「そうだね。」
そう言って、その男は百妖詩を取り出し、並べ始めた。
――――――――
落ち着こう。
落ち着くんだ。
私はそう自分に言い聞かせて、今まであったことを思い出す。
仕事が早めに終わって、家に帰ってくる途中、雪が降ってきて、冷たかった。
しんしんと、雪が肩に積もる。
なんとなく、嫌な予感がしたんだ。
雪が降るときは、決まっていつもだれかが不幸になるときだから。
雪は、地面に血が染みないように降るものだと思っていたから。
家に帰って木の戸を開けると、畳の上に敷いてある布団の中で父が死んでいたんだ。
悲しかった。
涙が、あとからあとから流れて、止まらなかった。
母が死んだときは何も思わなかったのに。
どうしてだか、悲しかった。
母は、私の面倒をほとんど見てくれなかったからかもしれない。
それと、一緒にいた時間が短かったからかもしれない。
そんなことを考えていたら、後ろに妙な気配がして、振り返ったんだ。
振り返ったら、そこには恐ろしい異形の姿をしたものがいたんだ。
怖かった。
ひどく、恐ろしかった。
背筋が凍って、全く一ミリもその場から動けなかった。
がくがくと、震えそうになるほど、怖かった。
とにかく、怖かった。
私は、その者を見つめていることしかできなかった。
気が付いたらそのものは、私の肩をつかみ、肩に傷をつくり、その場所に血を流し込んだ。
私の意識はそこで、途絶えた。
そして、今に至る。
あの異形のものは、もう近くにはいなかった。
なぜ、そんなことがわかるのか。それは、‘視’えるからだ。今いる、この家の中も、この家の壁の外も、物陰にいるものも、どんな生命も‘視’えるのだ。どんな姿で、どこにいるのか。
目覚めたときにはすでに‘視’えた。
いったいあの異形はなんだったのだろうか。
そんなことを思っていると、体の感覚がなんだか変な感じがした。
急いで鏡の前に行って、自分の姿を見てみると、そこには、角の生えた少女がいた。
しかも、黒髪の黒い目だったはずなのに、金色の髪に虹色の瞳になっていた。
え?角?
なんで角が?
そういえば先ほどの異形のものにも角は生えていたな。
うーんと?
たしか、あの異形に血を流し込まれて___?
血を流し込まれた??
まさか?
人間じゃなくなっている可能性ってあるのかな。
やばいよ、だとしたら。
物語みたいな感じで討伐されちゃうんじゃないの?
どうしよう。
角隠せばバレないかな?
あと髪も隠さなきゃ。
目もなんだよね。
まあ中には紫色の目立ったりする人もいるから大丈夫、かな?
とりあえず何か、、、。
家にある布をかぶってみる?
いや、布かぶったら変な人に見られるかもしれないよね。
どうしよう。
そんなことを思っていると、ずずず、と角が引っ込んでいった。
「ん?」
角が、引っ込んだ?
普通に自分で消したり出したりできる角なのかな?
だとしたらめっちゃ便利じゃん?
良かったー!
焦ったわ。
そんなことを思っていると、扉をたたく音がした。
念のため、外を’視‘ると、近所のおばさんだった。
「はーい。」
返事をして、扉を開ける。
「あら、
そうだ。
父は、死んだんだ。
「父は、先刻、亡くなりました。」
「__あら、そうだったの。零ちゃん、大丈夫?泣いているの?」
そう言って、おばさんが私に布をくれた。
音で泣いているのがわかったらしい。
地獄耳か?
どうやら、その布で涙をぬぐって、ということならしい。
優しさに、また、涙があふれてくる。
「ありがとうございます。この布、洗ってまた、返しますね。」
「いいのよ。あ、そうだ。今日はね、親父さんにこの服、縫うのを頼まれていたのをわたしに来たんだよ。」
「服?」
そうか、父は、私が昼間は働きに出ていて、家事洗濯は夜にまとめてやるので精いっぱいだったから、服がほつれていたりとかしても、疲れている私に言いにくかったのかもしれない。
父のその思いに、また、胸が温かくなり、涙があふれてくる。
「、そうなんですね。届けてくれて、ありがとうございます。」
「ああ、いいんだよ。こんなこと。しかし、悪かったね。こんな時に来ちまって。」
「いいえ。」
わたしはそう言って、涙を布で拭った。
これからは、一人なんだから、しっかりせねば。
「じゃあもう私は行くよ。くれぐれも、体を大事にね。」
そう言って、おばさんは帰っていった。
「はい、さようなら。」
私はそう言って、手を振った。
おばさんが目が見えない人で良かった。
家の中に戻ると、血の匂いがすごかった。
それは、父親の血の匂いだった。
なぜだか、その血の匂いは、とてもいい匂いだった。
母親が死んだときの血の匂いは、ひどく臭く、不愉快だったのに。
なぜだか、父親の血を飲みたくなる。
だが、変だ。
人間ならそんなことは思わないはずだ。
人間なら。
そうか。
私はもう人間ではないんだっけ?
角が生えていたし。
ん?角_?
鬼?
角が生えているものといえば鬼しか思い浮かばなかった。
しかも、鬼は人間を喰う。
ということは、この私が感じている父親の死骸を食べたい、という欲望は鬼の本能によるものなのか?
でも、父親は埋葬してあげたい。
喰べたくなんか、ない。
でも、この抑えられない食欲。
どうしよう。
喰うべきではないとわかっているのに、手が伸びる。
別に、血を吸うくらいなら、いいじゃないか。
骨と肉はしっかり埋葬してあげれば。
少しだけなら、いいではないか。
私はそう思い、死んだ父親の血をすする。
ひどく、美味しかった。
こんなにおいしいものがこの世の中にあったということに驚いた。
今まで食べた、どんなものよりもおいしかった。
あとはもう、止まらなかった。
気が付いたら、血をすべて吸い終わってしまい、肉も喰ってしまった。
喰いたくない、喰ってはいけない、とわかっていたのに。
そしてもはや残っているのは、骨だけになってしまった。
さすがに骨だけは、埋葬してあげよう。
そう思い、何とか理性が勝ち、父親の骨を土に埋めて、そこに花を供えた。
そして、父親に、手を合わせて心の中で血肉を喰ってしまったことを謝る。
きっと父親は優しいから許してくれるだろう。
土に埋めたところで、父の血も肉も、土に分解されて終わりだ。
それなら、娘の私が喰らってあげたほうが父も良かったと思うだろう。
そんなことを思いながら、私はその場から立ち上がる。
日陰から、日向に出ようとしたその時、鬼は日向に出たら焼けるということを思い出した。そんなようなことがどこかの物語に書いてあった気がする。
しかし、私は日向が全く怖くない。
ということは、鬼ではないのかもしれない。
鬼でも、人間でもないほかの何か?
まあいいか、日向に出てみよう。
私はそう思い、日向に出た。
すると、ジュウウ、と音を立てて、血肉が、焼けた。
少しの間だけ。
しばらくすると焼ける音はなくなり、普通に日向を歩くことができるようになった。
「おお、すごい。」
きっと昼も夜も歩けるのだろう。
ということは人間だったときと変わらずに生活できる。
良かった。
私はそう思いながら、部屋の中に戻った。
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