第2話


   チリン………


 しまった!電柱の陰の少年と一瞬目を合わせてしまった!

 咄嗟に視線を逸らし、側に手向けてある花束に意識を集中し、視えないフリをする。


「どうかしたの?」


「いや、よく見たらここ花束が供えてあるのが見えて、最近ここで誰か亡くなったのかな…って。」


 努めて少年の影を見ないようにしながら意識の端から聞こえる先輩の声にどうにか応える。


 頼む…!俺はお前に気付いていない!だからどうか……!


「ホントだ、そういえばここに来るまでに新しく交通事故の情報を求める看板が立てられてたもんね。」


 コチラを凝視していた少年の影が……その口がゆっくりと、顔の大きさからしてありえない程に大きく開いていく………!


   …チリーン………チリーン!……

チリーン!…チリン!…チリン!チリン!チリン!チリンチリンチリンチリン!


『ア゙…ア゙ア゙ア゙…ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!』


 脳内に響く鈴の音が激しさを増し視界をスノーノイズが支配していく…!



 もう手遅れだったか、と思ったその時……



     シャンッ!


 柔らかい手が俺の手を握り、そして引いた。


「阿国君、そろそろ行こう。ここで事故に遭った子もきっと安らかに眠りたいだろうし。」


 先輩に手を引かれるまま俺達はその場を後にした。



     ***


 気が付くと俺はどこかの喫茶店のテーブル席に着いていた。未だぼーっとする頭で対面に座る先輩を見る。


「正気に戻った?」


 俺の視線に気付いた八上先輩がお品書きメニューから目線を上げた。どうやら俺が正気に戻るまで注文を待っていたようで、入店してから結構時間が経っているだろうにテーブルの上には未だにお冷しか乗っていない。ひとまずカラカラの喉をお冷で潤した。


「私の独断と偏見で店を選んだけど、特に目ぼしいものがなければ店を変えようか?」


 流石にそこそこの時間テーブルを占領しながら挙げ句の果てにお冷やしか飲まずに店を出るのも申し訳ないのでお品書きの中から好みのコーヒーを一杯選ぶ。


「それじゃ、とりあえず黄道ブレンドで。」

「他には?」

「いや、とりあえずコーヒーだけで良いっすよ。」

「遠慮しなくてもいいのよ、スイーツでもパンケーキでも。なんならパスタとかカツサンドとか、カレーとか…」

「流石に申し訳ない…じゃなくて、っていうか今そんな気分じゃないです。」

「フフッ、そう…すみません、黄道ブレンドをニ杯、それからスフレパンケーキを一つ。」

 先輩がベルを鳴らし従業員ウェイトレスに注文を伝えていく。


「ホントにコーヒーだけで良かったの?」


「俺の事なんだと思ってんすか?!」


 人のからかい方が独特過ぎる先輩と話しながらチラと店内を見渡し、ついでに窓から外の様子を伺う。

 さっきのメニュー表に載っていた品名や、窓に映る光景に見覚えがあることから、どうやらここは普段登下校に利用する駅の近くにある全国チェーンの喫茶店“天宮てんぐう珈琲コーヒー”だという事が判明した。


「そりゃ、食べ盛りの男の子って感じ?」


 それと同時に、アイツがついてきていない事も確認し安堵する。


「それでもそんな食い意地は張ってませんて。」


「まぁ真面目な話、時間的にももうそろそろ夕食時でしょ。」

 そりゃそうですけど、と言いながら時間と聞いてあることを思い出し、先輩に軽く断りを入れてからスマホを取り出す。


〈お~い、智弥さん、〉


〈まだ学校終わらんのか?〉


 案の定母からのLINEが数件届いていた。

〈ゴメン、学校はもう出てる〉


〈今先輩と駅前の天宮珈琲にいる〉


〈女か〉


〈そういうんじゃないって!!〉


〈ほ〜ん、とりあえずお迎えは駅前でいいんだな?〉


〈うん、それでいいよ〉


〈着いたら連絡するから〉


〈助かる〉


 あらぬ疑いはさておきカバンにスマホをしまう。

「すんません、おまたせしました。」

「そういえば店に着く前にも何度か通知音が鳴ってたもんね。お相手は?」

「母です、迎えに関する連絡っす。」

「あら、迎えに来てくれるの?いいお母さんじゃない。」


 幼い頃のあの一件以来、学校が終わったら必ず連絡を寄越すように言われており、連絡したら最寄りの駅か学校まで迎えに来るのだ。


「いや、ただの過保護っすよ。」


 まぁ、正直母の気持ちも分からなくは無い。分からなくは無いのだが、俺だってもう大学生なのだ。

 少しは俺の自由に任せてほしい。


 と、このタイミングで注文した黄道ブレンドが先にテーブルに運ばれてきてそこで会話が一瞬途切れる。


 共に提供された砂糖には手をつけずミルクのみをコーヒーに混ぜ、先ずは香りを嗅いでから一度、二度…念の為四度吐息で冷ましてからどうにか音を立てずに一口飲む。

 一方で先輩はコーヒーにティースプーン二匙分の砂糖を加え、その上でミルクを注いでかき混ぜる。


「ひょっとして、今日学校でうなされてたことと何か関係があるの?」


 いきなり核心を突かれ心臓が止まりかけた。

 

 

 

 



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