花婿市場




ニュムペは、走っていた。



そこが土手どてだろうと砂利道じゃりみちだろうと、かまわず走った。


たとえ今が夜で、頼るものが月明かりしかなくとも、ニュムペにとっては、どうでもよかった。




なぜ?あの時、逃げたのか?


なぜ?実家に帰って、素直に助けを求めなかったのか?




自分じゃ、何もできないくせに!




ニュムペは、あれから、二人ふたりの様子を見に、こっそり戻った実家の庭で、たまたま出くわした兄の、怒号どごうくやなみだで、ようやく自分のした、取り返しのつかないおこないに気づいたのだった。



私は、二人ふたりを守れなかった!




暗闇の中でも、ニュムペは、走る。




どうすればいい?何ができる?


ニュムペは、走りながら考える。




自分だけじゃだめた!



そう、


ガイアなら。



ガイアなら、二人ふたりを助ける手立てを見つけるかもしれない。


今頃いまごろ、街の見回みまわりを終えて、どこかにいるだろう。


街の、どこかに。




探せ、ニュムペ。お前は、街一番まちいちばん飛脚ひきゃくだろう?この街のことなら、何でも知ってるだろ!?


走れ、もっと早く!


自慢の足はどうした!



ニュムペは、自身に言い聞かせ、みずからを鼓舞こぶする。




遠くに見える、街のあかりを目指して、ニュムペは、走り続ける。







「手を出して」




鳥籠・・では、女たちが、二人ふたりを市場に連れて行く準備をしていた。



ルキウスは、素直に両手を差し出す。


「ルキウス!何をしているんですか!?」



レナトスは、女たちをさえぎるように、ルキウスの前に立ちはだかった。



「レナトス、逆らうな」


「私たちは、悪いことは何もしていない!」



女の一人ひとりが、レナトスの腕を捕らえて、手枷てかせを付ける。


ルキウスも、両手にかせを付けられ、女たちは、二人ふたりの鎖を引いて、外に引き立てて行った。




外は、晴れわたり、さわやかな風がいていた。




女たちは、施設の外で待機たいきしていた、おりいた荷馬車にばしゃに、二人ふたりを連れて行く。




レナトスは、動かなかった。女が鎖を引き寄せても、足を地面に突っ張り、かせの付いた腕を引いて全身で抵抗した。


レナトスは、動けなかった。すべてが、はじまろうとしている。


今まで、自分が見聞きした、異国の習慣、神話、神殿、男たちの保護、隔離かくり売買ばいばい花婿はなむこ生贄いけにえ…すべてが、自分に降りかかってくる。自分もこれから、同じ道を歩もうとしている。



「この男、動きません!」 「持ち上げろ!」



恐れをなして固まるレナトスに、ルキウスが歩み寄った。



「レナトス、聖王を思い出せ。王の名をかんする者としてのほこりはどこに行った」


「私は、そんな立派な人間じゃない!」



レナトスは、叫ぶように言いはなつと、みずから荷馬車に乗り込んだ。



「できたじゃないか」



あとから乗り込んだルキウスに、レナトスは、何も言わなかった。


レナトスが、荷馬車に乗ったのは、決して腹をくくったからではなく、せまる女たちがこわかったからである。



荷馬車は、街を通って、中央にある広場を目指していた。



街の人々は、荷馬車が通ると、好奇の目を向ける者や当たり前のように見て通りぎる者、面白がってしばらく追いかける者たちなど、反応はさまざまだった。



レナトスは、格子こうしあいだから街を見ている。旅をはじめた時、まさか自分がこんな事になるとは思わなかった。



荷馬車は、石畳の道を走る。車輪がガタガタと音を立てて、馬車全体が揺れている。



子供が荷馬車を指差して、母親に何かを言ったが、母親はあわてて子供の目を、自分の手で隠した。





広場は、群衆であふれていた。





どこもかしこも、ひしめき合う女たち。


レナトスは、この国に来て、女ばかりの環境に、慣れたつもりであったけれど、これはさすがに胸が悪くなった。




広場の中央にある、舞台をかこんで、女たちは、ある人物を見上げている。




「さあ、今年も緑の季節がやって来ました!女神と結ばれ、大地をよみがえらせた“みどりおう”が、帰ってきたのです!」



舞台の上で、恰幅かっぷくのよい中年の女が、皆に向かって、饒舌じょうぜつをふるう。



「王は、人々ひとびとのために与えられた、神々の恩寵おんちょうみなで、ありがたくおがもうではありませんか!」




レナトスとルキウスは、荷馬車から降ろされて、舞台の裏側でその様子を見ていた。




「早く見せろよ!へぼ商人!」


「今日のために、金貨を用意したんだぞ!」




どうやら、女は商人で、これから“り”が始まるらしい。




「まあまあ、あわてなさんな。これから存分ぞんぶんに、吟味ぎんみできますぞ。…それでは皆さん、ご覧ください!王様・・の登場です!」



商人が手でしめした先、レナトスたちとは反対側の舞台袖ぶたいそでから、女に鎖を引かれて、若い男が出て来た。


男は、花のかんむりを被り、鮮やかな赤と紫色のころもをまとっていた。


両手には、レナトスたちのようかせが付けられている。


男があらわれると、群衆から歓声が上がった。男は、そのまま舞台の中央に連れて行かれ、群衆の前に立たされた。





「…ルキウス」



レナトスがルキウスを見ると、彼も同意したようにうなづいた。



「あの姿は、まるで…」



それはかつて、神殿育ちの男性が話した、婚礼の衣装とそっくりだった。



「なるほど、花婿市場・・・・か…」



ルキウスの、皮肉めいた言葉 どおり、これから、女たちによる“品定しなさだめ”が、始まるのだった。




「…春の日差ひざしのよう亜麻色あまいろの髪に希少きしょうな緑の目、そしてこの美しい容姿と、瑞々みずみずしい肌からあふれる若々しさ!まさに、緑の王!これを逃したら、二度と手に入らない、絶品ですぞ!」



商人は、男の名前や年齢、出身地、健康状態を群衆に伝えると、あとは、ひたすらめちぎって、女たちに売り込んだ。



女たちは、銀貨がいくらとか、男の値段を口々くちぐちに言い合って、競りは盛り上がりを見せたが、ある女が商人に言った。



「この男は、検品・・済みかい?」


「そりゃあ、血色けっしょくいし、ごらんになればおわかりでしょう」


「いや、私は、中身・・を確認したいんだが」



それを聞いた女たちは、しめわせたように、ニタリと笑って物申ものもうす。



「そうだ!もし、買い取ったあと、問題があったらどうする!?」


「私たちは、知る権利がある!」



「私は、この子の体を、調べてはいないんですよ。服も自分で、着替えさせたし。なんせ、神聖なものだからねぇ。大事なことは、買い手のお楽しみということで」



「検品だ!」 「中を見せろ!」



「服を脱がせろ!」



女たちは、口々に叫ぶ。



「そんなに言うなら…まあ、仕方がないですねぇ…ふふ」



商人は、女たちの下心したごころ見透みすかしていて、あおることが上手うまくいったと、内心ないしん満足げに笑う。



「では、さっそく…」



ふたたび、女たちから歓声が上がる。




「あ…」



男は、あとずさった。



鎖を持つ女が、自分を引き寄せ、商人が近づいてくる。


舞台の上に、何人かの女がのぼってきた。



「あ…ああ…い…」



商人は、男の服をつかんだ。




「いやだ!」




男は、その場でしゃがみ込んだ。




「さあ、皆さんにお披露目ひろめするんだ。ほら、立って」



男は、うずくまったまま、かせの付いた不自由な手で服を押さえて、かたくなに動かない。




いやです!ゆるしてください!」




涙声なみだごえさけぶ男を、女が数人がかりで腕を掴んで立たせると、服のすそめくり上げる。



悲痛な声がひびきわたる舞台を、女たちは堪能たんのうした。一瞬いっしゅんだけ見られた足を、服のなかかくして、泣きながらゆかに転がる男を、女たちは、目でなぶった。





「待てい!」



それは、興奮した女たちに、冷や水を浴びせるような強い声だった。



舞台にむらがる女たちと、舞台 じょうの商人たちは、声のする方を振り返る。



群衆のこうから、大勢の召使めしつかいと護衛ごえいしたがえた、貫禄かんろくのある女が、輿こしかつがれてあらわれた。




「その男、私が買い取ろう」




女がはらったのは、ほかの女たちとは、桁違けたちがいの金額きんがくだった。



男は、召使いたちにむかえられて、女のもとへ行き、もうひとつの輿にせられて、去って行った。




「よかったですね!」


「このおよんで、他人たにん心配しんぱいをするとはな」




舞台のそでから、様子ようすを見守っていたレナトスたちは、結末に胸をなでろしたものの、今度は自分たちの運命をえる時が来た。




「覚悟はいいな?」


「はい、おそれは捨てました」




二人ふたりが、決意をあらたにするなか、ふたたび商人の、群衆へ向けた声がひびく。




「さて、お次は~異国いこくから来た二人組ふたりぐみだー!」



「待ってくれ!、話がある」





ルキウスが、商人の前に歩み出て、にぎやかになった群衆は、一人ひとりの男に釘付くぎづけになる。


レナトスも、あとに続いて、二人ふたりならんで舞台の上から、群衆を見下みおろす。




「おっ、何か面白いものを、見せてくれるのかな?」



商人は、長年ながねんの経験とかんで、人の心情しんじょう意図いとを読むことにけていた。




ルキウスは、たからかに宣言せんげんする。




「…たしかに、私たちは異国の者だが、それ以前に、詩人である!」








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