聖なる結婚




「私は、おさなころ、家族と出かけた時、迷子になってしまって、それから、この鳥籠・・で、家族が迎えに来るのを待っていたんだ」



しかし、男性の家族が、迎えに来ることはなく、男性は、馬車にられて、神殿のある丘に連れて行かれた。


そこで、彼は、施設の女の手から、迎えに来た、神殿のばんをする、老爺ろうやに引き渡された。


神殿は、見た目も内部ないぶ白一色しろいっしょくで、そのまばゆい光に、彼は、ここが天国かと思ったほどである。



男性は、はじめのころは、家族とはぐれたショックと、会えないさびしさに、毎日泣いてごしていたが、神殿の人たちは、みな優しく、まだ幼子おさなごだった男性に寄り添い、慰めてくれた。


そのうち、だんだん、神殿の暮らしにれて、周りの人たちにもなついた男性は、神殿を家だと思い、人々を家族としてしたうようになった。



神殿の人々は、様々さまざまな年齢の男たちで、皆、フードをかぶり、白くて長い服を着て、つつましくおだやかに暮らしていた。




「神殿に、悪いことは何も無く、私は、愛情に包まれて育った」




男性も皆にならい、平和な日々がぎたが、運命の時は、おとずれる。




「私は、“結婚”することになったんだ」





「結婚!?」



二人ふたりは驚き、レナトスは、長椅子ソファから、身を乗り出した。



ニコロの話では、神殿は、男を隔離して飼い殺す場所なのでは?



「どういう事ですか?そもそも、なぜ貴方あなたが」



「もともと、決まっていたことなんだ」




神殿の役割とは、この、アマゾーン国で、命をつなぎ、繁栄させるために、男を保護、隔離して、養育することである。


この国の神話にると、男は、繁栄のために、神々から人々に、与えられた恩寵おんちょうである。


アマゾーンたちは、神殿を聖域として、おそうやまい、神殿に、男を連れて行く時と、特別な日以外は、決して近づくことは無い。



その特別な日とは、神殿の男たちの中で選ばれた者が、丘を降りて、下界の女と結ばれる、結婚の日、である。



「それはそれは、悲しかった。なぜなら、丘を降りたら、二度と戻ることは許されない。結婚は、家族との、永遠の別れを意味していたからね」



男性は、遠い目をする。



みな、涙を流しながら、私を見送った。これが最後と、抱きしめてくれた。私は、白い服を脱ぎ、婚礼の衣装である花の冠を被り、鮮やかな服を着て、迎えに来た老爺に連れられて、神殿から、丘のふもとまで降りて行ったんだ」



レナトスとルキウスは、感心したような、め息をつく。



「…話は、終わりじゃない。むしろ、これからなんだ」



男性の目に、光が宿る。



「下界に行って、私が見たものは、大勢おおぜいの人だった。皆、私をむかえに来てくれたんだ」



そこで男性は、下界の人々、つまり、地上の女たちから熱烈な歓迎を受けて、豪華な馬車に乗せられて、町中まちじゅうり歩き、婚姻こんいんむすんだ妻の家に向かった。


「結婚式は、それは素晴らしいものだった。妻や家族は、私を大事にしてくれた。私は、新しい家で、愛をはぐくみ、自分の家族ができた」



アマゾーン国の結婚式は、ある神話がもとになっている。


それは、人間の男の王が、大地の女神と結ばれて、大地に実りをもたらすという話で、王は、今でも女神のもとで暮らし、春になれば、緑とともに王が戻ってくるという、言い伝えもある。


王が、女神のもとへ行くように、男は、女と、結ばれる。


結婚は、神聖なものとされ、特に、神殿の男と婚姻を結ぶことは、聖なる結婚、“聖婚せいこん”と呼ばれている。



「しかし、貴方あなたは、何人もの女性と…」


「それは、この国の事情もあるが、アマゾーンの人々は、夫を分け合うんだ。他人に与える行為こういは、美徳とされているんだよ」




窓からは、夕日が差し始めている。




「まさか、神殿に住んでいたかたと、話す機会に恵まれるとは」


「神殿の謎が、こんな形でわかるとは、思いませんでした」



偶然ぐうぜんって、話した相手が、これほど劇的ドラマチックな人生を歩んでいたとは。



「私こそ、神殿の話をしたのは、久しぶりだ。こちらこそ、話を聞いてくれて、ありがとう」




ちょうど、そのころ、レナトスの荷物を確かめに行った、かしこまった印象の女性が戻ってきた。


彼女が言うには、男性の家族が迎えに来たとのこと。



男性は、二人ふたりに、何度も礼を言うと、部屋から出て行った。




「お二方ふたかたに、神々と、女神の加護があらんことを」






「そういえば、私の身分証は…」


「このカバンのことね、ちゃんとあったわよ。ただ…」



彼女は、持ってきた鞄を、レナトスに渡した。




「あなたの言う、“身分証”は、どこにも無かったわ」




「そんな、バカな!」



レナトスは、信じられないという顔をして、あわててカバンの中身を探った。



「無い!無い無い無い!身分証が、あの革製の身分証の中に王国の紋章が」


「レナトス、落ち着くんだ」



レナトスは、一心不乱にカバンの中身を取り出し、所持品を一つひとつ一つひとつ、確かめ、ついにはカバンそのものを逆さにして、激しくった。




「それじゃあ、私は、また明日あしたここに来るから、それまでゆっくり休んでね」



「違うんです!本当にあるんですよ!これくらいの、革製で、中に王国の紋章がきざまれた!…私は、王家に近い人間なんです!」



レナトスは、両手で身分証の大きさをしめしながら、必死に訴える。



「王家、ねぇ…」



女性は、レナトスの“あかぎれ”だらけの手を見て、軽く相槌あいづちを打つ。


ニコロたちとの楽しく、新鮮な体験が、ここでは、完全にあだになってしまった。




「では、明日になれば、あなたたちの身元もわかって迎えが来るでしょう。用事があったら、入り口のベルを鳴らしてくださいね。それでは、おやすみなさい」





女性は、そう言って、さっさと部屋から出て行ってしまった。




「待ってください!」



女性を追いかけようと、け出すレナトスの手を、ルキウスがつかんだ。



「レナトス!やめるんだ、見苦しい」


「離してください!あの身分証が無ければ」




「運命にはあらがわず、したがう時も必要なのだ」







すっかり夜になり、窓から差し込むのは、月明かりになった。





レナトスは、長椅子ソファに座ったまま、窓を見上げていた。



窓の飾りが、月の光で輝いている。




「眠れないのか?」



ルキウスは、レナトスが寝室にいないのを心配して、様子を見に来た。



部屋には、飲み物やお菓子が置いてあったが、食べた様子はない。




「…どこにも行けず、何もできない。私は、自分の非力ひりきを、生まれてはじめて感じています」


「それは、私もだ。今の私は、見知らぬまち彷徨さまよう、幼子おさなご同然どうぜんだ」




ルキウスは、持ってきた燭台しょくだいをテーブルに置く。


ろうそくのあかりはれながら、小さくもまわりを照らし、その姿を二人ふたりは、おのれの運命とかさね合わせる。




「私は、詩の女神ムーサに祈ろう」


「ムーサ?」



「我々には、詩がある。詩には、人の心を動かし、希望を与える力があると、私は、信じている」


「…詩は、たとえ、非力でも、何を失っても最後まで残るものだと、私も信じています」




二人ふたりは、小さなほのおを、見つめながら、この先、何があろうとも、こころだけは絶やさぬよう、みずからに誓った。






やがて、朝が来る。




白い廊下のような部屋は、光がして、とても明るかった。





そんな、光の射す白い部屋に、見知らぬ女が来た。


かしこまった女性は、悲しそうに二人ふたりを見ている。


女は、レナトスたちの前で、巻物まきものを広げ、仰々ぎょうぎょうしく告げた。





「この、身元不明・・・・ 二名にめいは、引き取り手不在のため、本日開かれる、いちにより売り出すことになった」








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