第29話
「――聴いてくれてありがとう」
「クレールです。みんな、盛り上がってますか!」
ようやく迎えたMC。樹の挨拶と煽りに「おおぉっ!」と声援が湧き立つ。
ありがたいことに、観客の大多数が両手を高らかと掲げ笑顔で応じてくれた。
「どうも。ギターでリーダーの樹です」
「……ベースの集です。よろしく」
「どーも! ドラムの優達でーす! みんなよろしくっ!」
そして最後、回って来たターン。
「ん、あ……」
音楽が無いからか、どうしてもMCは歌唱時よりも緊張感が増す。
照明も明転し、より一層一人一人の顔が鮮明に見えた。その眼力たるや、ボクの「奏」モードのヴェールをも一瞬にして焼き尽くしてしまう程に熱く熱く輝いていて。だからこそ、照れ臭くて。
「どうも……ヴォーカルの、奏です」
迷う視線をどうにか最奥の音響スタッフへと固定させ、ボクは挨拶を済ませると。
柔軟性を欠き若干言い淀んだものの、客席からは温かな拍手の連弾が返って来た。
そうして一言ずつ自己紹介をしたのち、再び樹へとマイクをバトンタッチ。
「僕たちクレールは、このハザードでは二回目の出演になります。前回観に来てくれた方も、今日がはじめましての方も。僕たちの演奏を聴いてくれて、どうもありがとう」
「僕らはまだアマチュアのロックバンドですが。これからもっともっと精力的に活動して、たくさんの音楽を届けたいと思ってます。クレールのことを知ってもらって、そしてぜひ、好きになってもらえたら嬉しいです」
「というわけで、あっという間ですが――。次が、ラストの曲になります」
すると樹はボクに向け、そっと目配せをした。
ボクに与えられた「曲紹介の合図」だ。
「え、はい……」
「次の曲は。クレールとしては初の、バラードになります」
「この曲は先日完成したばかりで……等身大の今の想いを、歌詞の中に込めました」
あれ。どうしてだろう。
タイトルだけ言って、終わるはずだったのに。
「じつは今まで、ボクは他人との関わりを一切避けてきて。友情とか愛情とか夢とか、そういう感情が正直わからなくて。そういったモノからは一切背を向けて生きてきた、というか。きっと生涯かけて縁遠いものなんだと、ずっとそう思ってました」
「けど……違った」
「この三か月間で――ボクは、人生が大きく変わりました」
思いは堰を切り、止まらなかった。
「ここに居るみんなはおそらく、インヘヴンは知ってる、よね? ボクは彼らの音楽を始めて聴いて、それからどっぷりハマって。音楽が、ロックが好きになって……。それがキッカケでボクは、ここにいるメンバーと、みんなと出会えました」
「場所は行きつけのカラオケ店でした。もちろん当時は顔見知りじゃなかったから、部屋は別だったんだけど……。ここにいる樹がいきなし、ボクの部屋に飛び込んできて」
直後樹がフッと息を漏らす。同時に会場からも大小さまざまな笑声が沸いた。
「ボクは小さい頃からずっと、声が人一倍高くて、同級生たちからも小馬鹿にされてきて。だけどメンバーのみんなは、ボクの歌を心から褒めてくれて、認めてくれた」
「そして。その直後でした」
「『俺たちと一緒に、バンドやらないか』って、樹たちがボクに声を掛けてくれたんです」
「嬉しかった。初めて居場所ができたって、そう思った。そこからクレールに加入し、ボクも歌を届けたいって思って、バンド活動を始めて。だけれどボクは、根が暗い人間だから……。ずっとずっと、いつまでも不安だけは消えなくて」
「そんな時に。メンバーとは別に、ボクの背中を押してくれたヒトがいました」
「そして勇気と希望と」
「ずっと失っていた、自信を――」
ああ……何を語ってるんだろう。
すっかり夢見心地なこの空間に当てられ、どこか自分に酔いしれてしまっている。さらに口下手が故、若干話が空回りし、余計に間延びしていることを自覚した。
静まり返る会場。
上手から下手へ、奥から手前へと客席を見渡し、最後は中央へ。
ニコッと笑う音羽とアイコンタクトを交わすと……その、となり。
祈り子のように両手を握り合わせ、見守ってくれている彼女へ。視線を終着させた。
「そのヒトっていうのは、つまり」
「応援し、聴いてくれている――みんなです」
嘘ではない。決して嘘ではなかった。けれど「みんな」という単語の中には、限定的な人物が含まれている。いちロックバンドのヴォーカルとして立場を一応は考慮し、敢えて複数形での意味合いへと変換し、ボクはようやく締め括った。
ただ一つ。視線だけは、彼女から逸らさないまま。
音楽に。バンドに。メンバーに。
そして、こうして出会ってくれたファンのみんなに。
君に。
今日のために用意した一曲。
ボクはマイクを握り、合図を送った。
「では、聴いてください」
「クレールで――」
「“ルミナス”」
暗転するステージ。息を呑むような静寂と共に、注がれる数多の視線。
ゆっくり。じんわり。先程までの「動」から、今度は「静」へ開かれる扉。
新曲「ルミナス」の前奏を、樹のみずみずしいギターサウンドがリードしていく。そこへ優しく包み込むように、安定した重低音を織り込む集のベースライン。そんな二人の弦奏を根底からしっかりと支える、優達のドラムストローク。
――どうか、届いてほしい。
三人の演奏が心地よく、ボクの体内へと浸透していった。
『モノクロの空 描いたのは僕 それでもまだ 慣れなくて 恐くて 目を伏せた』
『大丈夫と 君は笑った 一人じゃないと 震える手を取り 約束の場所へ』
人前で自ら手掛けた詞を歌うというのは……やっぱり、恥ずかしいな。
メンバーを思い、書き上げた言葉たち。照れ臭くてつい頭を掻きそうになる。
スモークがかった空間を貫く、頭上からの幾つもの光の束。
歌いながら、ボクは。
集まった過去の記憶の断片たちを客席の頭上に浮かべ、そして見つめていた。
「――俺たちの目標はさ、奏汰」
「積極的にライブをして、ファンを増やして、晴れてデビューを果たすこと。アルバムだって何枚も制作しヒットさせたい。でも朔が脱退してからは正直、諦めかけてた」
「けど、奏汰がこのバンドに入ってくれて。俺たちはまた、希望を取り戻せたんだ」
「だから、ありがとな!」
夜空に浮かぶ三日月。そこから零れ落ちたように、地上に咲き誇る大小さまざまな光。
街灯と食卓の灯りに照らされた、とある日の帰路で。
いつかの夜に樹がボクに向け語った、バンド結成時から秘めていたという目標。そして、感謝。
まるで映写機から映し出されるフィルムのように。歌いながら、記憶のカケラたちがロードムービー仕立てで回想されてゆく。
(ありがとう……僕に居場所をくれて。礼を言うのはボクの方だ)
樹たち三人の目指す目標を。
「四人」の目標にしたい――そう思った。
『無邪気に笑う イタズラな君 けどその優しさに いつしか 募る想い』
『願い浮かべた 虹色の種 泣きじゃくる空に 咲かせよう ただ強く 信じて』
――届くといいな。
続いてこの部分は、悪戯好きな「きみ」に込めて綴った歌詞だった。
きみは小悪魔だ。
けれど本当は、とても優しい。
だってきみが、気づかせてくれたから。
忘却の彼方へ捨て去っていた「自信」という感情。その種を、僕に与えてくれたから。
きみが見せたこれまでの数々な破天荒。だがそれも、今ではどこか愛らしいとすら思えていた。
美しい調べに乗せ紡がれていく言の葉と、一つ一つの音階が世界観を構築し、情景を鮮やかに映し出してゆく。
そしてBメロを終えると、「静」から「動」へと切り替わるサビパートへ。
『ルミナス 色付いて 君がくれた 光のパレードへ』
『ルミナス 咲き誇れ 移り変わる 季節を超えて』
詞の中に何度も出てくる「君」という言葉。
これは大風呂敷を広げた、欲張りな歌だ。
メンバーであり、ファンであり、きみであり……キミであり。
そこには色んな「君」が含まれていた。そしてそれら全部が一つとなって、ボクを前進させてくれた。この場所まで連れて来てくれた。
「過去の自分の積み重ねが今の自分」だなんて、ビジネス動画や自己啓発本で飽きるほど見聞きしてきた、意識高い系のセリフなんかじゃない。
「未来の自分が今の自分を変えてくれる」
光ある未来があるからこそ、意識が、行動が変わる。
その瞬間から、今の自分が変わる。変えられるんだ。
全部「君」が教えてくれた。
演奏はやがて、第二章へ。
ボクは「キミ」を見つめた。
二番の歌詞は全て、キミに向けての言葉だった。
時折見せる天然な所。戸惑う瞳。焦り、恥じらい、赤らめた頬。その全部が愛しくて。
振り返るだけで。足音が近づくだけで。ただ名前を呼ぶ、それだけで嬉しかった。
『またねと手を振り 言葉をくれた君 その笑顔に ただそれだけで 救われてたんだ』
『共に過ごした時間 こんなに傍にいるのに もどかしくて 言えずにいた 想いを今』
ありがとう。
ボクを見つけてくれて。手を引いてくれて。
どんな時も飾らず、笑顔で言葉を掛けてくれて。
――ありがとう、傍にいてくれて。
キミは今、どんな思いで聴いてくれてる。
キミは今、何を感じてる。
キミには今、どんな景色が見えているの。
キミの瞳に映るボクは、どんな風に映ってる。
照明、空気、音響。
全てが演奏と調和し、折り重なり、クライマックスへと導く。
――届け。
『ルミナス 色付いて 君がくれた 光のパレードへ』
『ルミナス 咲き誇れ 移り変わる 季節を超えて』
解き放つファルセット。
ボクはただひたすらに、全てを込め訴えかけた。
……ッ、……タッ。
けれど。
ステージを見つめる彼女を一瞥し、ボクは時間が止まったような感覚を覚えた。
(――り、ぁ……)
でも。それでも。
今にも崩れ落ちそうなその身を掬い上げるように、最後のサビに全ての力を注ぎ込む。
そして物語は再び、「動」から「静」へ。
マイクスタンドから手を離すと、しなやかなアウトロが青々とした深海へと向かう波のように、優しく紡がれていく。
一秒、二秒、三秒……。
やがて明かりは消え、全ての音色が止まった。
……………………。
……………………パチ。
パチパチ、パチパチパチパチパチ。
数秒間の静寂を経たのち、夜空に舞う夏花火のように輪唱し始めるクラップ。
「キャーー!」
「さいこーっ!」
「おおおおおお!」
男女問わず歓喜と興奮の喝采が乱反射し、ステージは幕を下ろした。
(せーの、っ……)
「「「「ありがとうございました!!」」」」
流れる汗をそのままに。
僕らは深く一礼をし、歩き出す。
その間も、ずっと。
ラスサビ以降からボクは、彼女を見ることができなかった。
きっと見てしまったら、想いが溢れ、すぐに堰を切ってしまいそうだったから。
けど、それでも。
瞼の裏に残り続けるキミの表情、キミの瞳。
降壇する最後の最後まで。
ずっとずっと、離れない。
彼女は――泣いていた。
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