第24話
降りしきる外の雨音をかき消すほどに、未だ昼休みで賑わう教室。各自自前のお弁当や売店で購入したパンを頬張りながら、男女問わず談笑の大合唱が絶えない。
「雨」「色付いた」
「澄んだ空」「春風を纏い」「放課後」
「願い」「君との」……。
その中で僕は――「恋愛」をテーマに、感情や情景にまつわる単語とフレーズを思い思いに羅列させていた。
歌い出しはどうしようか。サビではどのような言葉を並べようか。一部は韻を踏んで、リズムをもたせるストーリー構成にしてみようか。
流れては止まり、止まってはまた流れて、筆先を何度も何度も繰り返す。
そうして時を忘れ、ある種のゾーンに入り一人制作に没頭し続けていた。
「ピンポンパンポン」
「みなさん、こんにちは~。お昼の校内放送のお時間でーす♪」
突如響き渡った音声。週に二日、定期的に行われている校内放送がスピーカーから流れ始めた。
特別気にも留めず作業を続けるも。
間もなくして、そうもいかない事態に。
あれっ。この声は、もしや。
耳朶に響く特徴的な語尾の上がり具合と、まるで計算したかのような吐息交じりの甘々口調。集中力が削がれ、半ば強制的に筆が止まった。
間違いない、小悪魔だ。
音羽の声だった。
聞き覚えのあるボイス。まさか放送委員だったとは知らなかった。
「――というわけで、連絡事項は以上になりま~す」
甘味成分強め、そして終始まろやかに。音羽はルーティンの業務アナウンスを進行していく。
「では、続いてはミュージックコーナーです! 本日はコチラの曲を流したいと思いま~す! ジトっとした天気をも吹き飛ばす程に、今勢いのあるロックバンド――」
「ヘルブラッドで、“霹靂”」
校内中に再生される、けたたましいイントロ。先日メンバー内で話題になったバンドだった。
確かに勢いのある演奏だが、校内放送にしては少々、場違いな気も……。選曲は完全に、音羽の意思が反映されたに違いない。マイク前でニヤッと笑う小悪魔の顔が浮かんだ。
『♪……♪……♪……』
だが前奏が始まって十秒で。僕は魅了されていた。エッジの利いたギターとベース音。さらにドラムのコンビネーションが空気を震わせ、途中からは緩急をつけるように奥ゆかしいピアノサウンドが加わる。ヴィジュアル系ロックならではの特徴的で退廃美のある世界観だ。すごい……カッコいい。綿密に作り込まれた、美しいメロディライン。
完全に手を止め、関心を示した僕、だったが。
周りの生徒たちは一切、我関せずの状態で談笑を続けていた。
「ヘルブラッドだってー。ねえ知ってる?」
「ううん、全然知らな~い」
そうして、楽曲そのものとは無関係のやりとりが一部で飛び交い始める。
「こういう音楽って最近はもう聴かなくない?」
中でも僕がいる席から斜め右前方。机を囲うようにして小島を作り、弁当を広げている女子グループの会話がふと耳に届いた。
そこには日頃から仲良くしている友人同士の佳奈、めぐ美、響子。そして、茉莉愛を含む四人が明るく団欒をしている。
「ヘルブラッド? あたしも初耳だわ~」
「ん? あれ? あっいや、ちょっと待って。どっかで聞いたことあるかも」
「あ、わかった! あれだ! ちょっと前にメジャーデビューしたっていうロックバンドで、確かヴィジュアル系のやつ」
「ヴィジュアル系? V系ってこと? なんか久しぶりにそのワード聞いた気がする」
「そんな曲を何でわざわざ。別に流行ってなくない? Vチューバーならわかるけど」
佳奈の発言に、めぐ美、響子の両者が同調するように呼応し相槌を打つ。
一方で茉莉愛は、終始無言のままだった。
「V系って今どきじゃなくない? Vチューバーでもなければ、ボカロとかでもないし」
「だし今は、Ⅰ―POPの時代でしょ」
「神宮寺さんもそう思うよね?」
すると佳奈が合意を求めるように、隣にいる茉莉愛に向け問いかけた。
「わ、わたくしは……」
「………………」
「……好き、です」
タッ――。
瞬間三人の箸が同時に止まり、視線が集中した。
「「「えっ?」」」
あまりに予想外だったのか、茉莉愛の返答を受け
――驚くようなことか?
音楽のジャンルはそもそも多岐にわたるし、楽器の種類や有無、それに言語を加味すれば国やエリアによっても違う。また要素要素を組み合わせてミックスさせたりとバリエーションは多種多様で、その数だけ好みも存在する。要は好き好き、人それぞれだ。
時代ごとに所謂ブームはあれど、世代年代から成る「新旧」の尺度を、そのまま「善悪」の尺度に当てはめないでほしい。時代と良し悪しは、全くの別モノだ。
耳をそば立てながら僕は、佳奈たち三人の反応に強い違和感を覚えた。
「でもさ。ヴィジュアル系って何て言うか。メイクとか衣装とかを派手にして、見た目だけに特化してるって感じがして。それってミュージシャン的にどうなの?」
ここで口火を切ったのは、茉莉愛の向かいに座る響子だった。彼女は茉莉愛の意向をブロックするように、否定的な言葉を並べていく。
いるいる、こういうヤツ。全く、お門違いも甚だしい。
インヘヴンを好きになって以降、時折ネットの掲示板などで同じような言葉を目にしたことがあった。
好き嫌いがあるのは仕方ない。けれどもそれは、あくまで個人的なことだ。うわべだけを見て中傷したり、自分の意見を押しつけ他人を無理に懐柔しようとするのは如何なものか。それにムーヴメントの波があるとはいえ、時流に乗っかる義務なんて無い。
聞こえてくる会話の一語一語に、自然とペンを握る手に力が籠った。
「何が違うのでしょうか?」
「え?」
「それってアイドルの人たちと、何が違うのでしょうか? アイドルも同じですよね」
三人の瞳が大きく見開く。
茉莉愛の発したその言葉に、響子らの視線は硬直した。
「アイドルだってメイクをしていますよね。それに衣装も凝っていて。むしろアイドルこそ、ルックスなど外見が重要視されているようにも思います」
「どちらも、ステージの前で美しくあろうとする努力の結果であって。尊敬されるべき、というか」
「ヴィジュアル系という名前でインパクトは強いかもしれないですけど、彼らは決して外見だけではなく、音楽性や曲の中身そのものも妖艶でカッコよくて。そしてものすごく、美しくて。聴いていていつも、素敵だなって……」
「だから、わたくしは大好きです」
流されることも、合わせることも無く。
反論した茉莉愛は、三者同一であった空気を華麗に一掃して見せた。
まさに僕が感じていたことを一つも漏れ零すことなくハッキリ、丁寧に。
熱の籠ったその語り口調は、普段の聖女ムーブでは見られない一面でもあったようで。佳奈たちは口を半開きにさせたまま、言葉を失い固まっていた。
「っ、すみません! つい、熱くなってしまって」
「う、ううん……。そそ、そうだよね。こっちこそたいして良く知らないのに、一方的に身勝手に否定しちゃってゴメン。ゴメンね、神宮寺さん」
「いえ、そんな」
ちょっとした意見の衝突。けれども流石は茉莉愛。
これぞ、聖女たる所以か。
思いがけず発火した火花は、一切肥大化することなく即座に鎮火した。
「そこまで言うなら今度、ロックとかも聴いてみようかな」
「はい、ぜひ」
「じゃあさ、改めて聞きたいんだけど。神宮寺さんの好きなアーティストは?」
「わたくしの、ですか?」
「うん! どういうのが好きなのか、普段何を聴いてるのか、すっごい興味ある!」
「っ、わたくしは……」
「インヘヴンていうロックバンドと――あと、それと」
「それと?」
「いっいえ、今はそれくらいですかね。少ないですけど」
「そうなんだ。インヘヴンね……ふーん。何だか聞いたことあるようなないような。でもでも、神宮寺さんがロックだなんて。正直ちょっと意外かも」
「確かに。あっ、じゃあさじゃあさ! 今度みんなでプレイリストの聴き合いとかしようよ! あとはCDの貸し借りなんかもしてさ。あたし特典とハイタッチ会目当てで、同じのいっぱい持ってるんだよね! だからどう? ね!」
「あぁっ……は、はい」
グループの会話はそれから、お互いの好きな音楽を共有し合おうという流れに。だが最終的には佳奈たち三人による男性アイドル好きな熱量に気圧される形で、茉莉愛が一方的にⅠ―POPをお奨めされ続けていた。終始タジタジになりながらも、それでも笑顔で応対し続けている。
そんな四人から視線を戻すと、僕はペン先へと意識を戻し作詞作業を再開させた。
先程の会話。
「あと、それと……」の後。
茉莉愛は何と言おうとしたのだろう。
『外見だけではなく、音楽性や曲の中身そのものも素敵』
『だから、わたくしは大好きです』
その言葉から、僕は。
彼女の音楽に対する、心からの慈愛を感じた。
あの夜、樹が僕に聴かせてくれた曲。
クレールのために作ったという、新曲。
宿題だなんて、そんな受け身の感覚でいたらダメだと思った。
彼女にはもっと、クレールのことを好きになってもらいたい。
そして――届けたい。
僕は静かに首肯し、指先を躍動させた。
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