第6話
「な、なんで、どうして僕が」
「実はつい先日、朔(さく)ていうもともとヴォーカルだったヤツが実家の仕事の都合でバンド抜けちまって……。それで俺たち今、困っててさ」
「これからのバンドについて、ヴォーカルについてどうしよっかって、今日もこうやって集まって話してたんだ。でそんな折、偶然にも奏汰の歌声に出会ったってそういうワケ」
「むむ、む、無理デス! 僕なんかに、できるわけないです!」
「どうして?」
「どうしてって。そんなの当然、っていうか……。わざわざ言わなくたって」
「でも歌ってる時の奏汰、相当キマってたぜ」
「え……?」
その一言は、樹の言葉には一切の混じりけが無いように思えた。とはいえ急にそんなとんでもないオファー、受け入れられるはずがない。というか信じられなかった。
そもそも彼は、僕のことがちゃんと見えているのだろうか。この、言わば陰キャ丸出しな醜態が。僕は学校では絶滅危惧種の滅びかけ、終わりかけのオッツだぞ。とてもバンドなんかをするような、快活な人間に見えるワケがない。
いったい全体何なんだ。何がどうなってる。完全に思考が停止し、混乱していた。
「僕は……僕は普段無口で、暗くて人見知りで。それに見た目だって」
「ヴィジュアル系ロックなんかとは……バンドとは、程遠い人種なんです」
歌唱の時とは違い、かすれかすれな声。無意識に俯く上半身。慣れた体勢。
僕はカラダの奥底から全てを振り絞るように、思いを吐露した。
「なあ奏汰。んじゃあさ」
すると樹は優しくも凛としたトーンで、親しみを込めるようにその名を呼ぶ。
「――居場所、欲しくないか?」
「え?」
「そんな自分でも、存分に楽しめる居場所。今を変えたいって、そうは思わないか?」
「と、それは……」
「大丈夫だ」
「だ、だいじょうぶって……何を言って」
分かったような事言って、何を根拠にそんな。だが何故か樹はクスクスと笑っていた。
「さっき奏汰、無口で暗くて人見知りって言ってたけど――それ、集も一緒だし」
「なあ? 集」
「うっせ。ほっとけ」
少し照れく臭そうに、恥ずかしさを隠すようにして集が呟く。意外だった。
「それとさ奏汰。見た目っつってたけど……」
そう言葉を放った直後、樹はザザザッと僕の至近距離まで近づき腕を振り上げた。
急に何? 殴られでもしちゃう? 恐怖心から思わずグッと目を瞑る。だが樹は僕の汗ばんだ前髪を軽く掴み持ち上げると、かけている黒縁メガネをサッと取り上げた。
「ほぉら、やっぱりな。俺の目に狂いは無かった」
「へっ?」
「奏汰お前、別にイケてなくなんか無いぞ。こうやって見たら、結構キレイな顔してんじゃん。あとはメイクと髪型変えてカラーリングもすれば……優達よりもうんとイケメンになるんじゃね?」
「おい樹! ホントサラッとひでぇ事言うよな~」
樹に対し、ヤジのように反応する優達。
「ここに居るみんな、俺も含めて、奏汰とそんな変わんないぞ。見た目、性格、それに現在進行形の根暗、そういうのもろもろ。俺も元々は、人と趣味とか合わなくて暗かったし」
「けど。それでも共通してるのは、ここに居る全員が音楽が好きってこと」
「おん、がく?」
「ああ。コンプレックスなんて誰にだってある。けどそんなの関係ない。別人格になって音楽をカッコよく刻み、妖艶に奏で、とことん酔いしれる。それがロックってモンよ」
樹が語ると、集も優達も僕に向け小さく微笑んで見せた。
茫然自失。そんな中ふと……僕は笑顔の先で一人、「あの言葉」を思い出した。
『ボクのように、自分の居場所を見つけること。そうやって踏み出した一歩のおかげで』
『今ボクはこうして――音楽を、人生を楽しめています』
あの日から。気付かぬうちに心の中で保管されていた「エル」の言葉。
これって、もしかして……潜在的に求めていた運命の出会い、だったりする、のか?
三人からの熱視線。
心が、体が。何故だか強烈に揺さぶられる。
確かに音楽は好きだ。
インヘヴンも好き。
それに何より、歌うことが大好きだ。
暗い暗い深淵の中に差し込んだ、青い光。
僕もいつか、エルのようになれる日が来るかもしれない。だ、なんて。
「あ、あの……」
でも。だけど。
だから、こそ。
変わるならきっと、今しかない。
そう思った。思ってしまった。
「おう。どうよ奏汰」
「じ、じゃあ……っ。その……」
十六年間でいちばんの勇気を今、ここで。
「試して……みたい」
「かも、です」
高校二年、春。
こうして僕は。新たなる一歩を踏み出し、意を決し飛び込んだ。
音楽と出会い、インヘヴンと出会い。
そして、「ロックバンド」という想像し得なかった未来へと。
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