第31話、ドジッコメイド

 ”メイドの穴”の所有する孤児院は、メイドを養成する学校が併設されている。

 学校の中庭だ。


「フローレスししょう、ごしゅじんさまってなんですか?」

 小さなメイド服を着た黒髪の少女が、舌足らずな声で言った。

 背中からはみ出た腰の大きなリボンが可愛らしい。


「なあに、ルリ~」

「そうね、ご主人様とはね~」

 肩まで伸ばした金髪に、糸目のメイドが答える。 


メイド達が全てを捧げてお仕えする方よ~」


「おつかえするう?」

 少女が不思議そうに小首をかしげた


「そう、ご奉仕するともいうわ~」

「とても素晴らしいものよ~」

 金髪のメイドがのんびりと言う。


「すばらしいもの~」

「ルリもごしゅじんさまがほしいっ」


「ふふ、ルリがメイドの勉強を頑張って、もっと大きくなったらご主人様がきてくれるわ~」


「ルリがんばる~」


「いい子ね~」

 フローレスがルリをふわりと抱きしめた。

「とっておきのことを教えてあげるわ~」


「とっておき?」


「そう、とっておき~」


「世の中に、”殿」(キリッ~)


「どじっこめいど~?」 


「そうよ~」


 キラ~~ン


 その時、フローレスが、たまたま孤児院にボランティアに来ていた伯爵令息を射抜くように見る。


「し、ししょう……?」

 突然、捕食者のような目をした師匠に慄くルリ。

 

 フローレスがスカートの中から、水の入ったピッチャーとガラスコップの乗せられたお盆を取り出す。


「キャ、キャアアア」


 伯爵令息の前で派手に転倒。

 令息の頭から水をぶちまけた。


「ごめんなさい~~」


 後に、この伯爵令息とフローレスとの間に五人の子供が生まれることになるのである。



「師匠……私、がんばります」

 手には水の入ったピッチャーとガラスコップの乗せられたお盆。

 前には、体に包帯を巻いたアレクの背中が見える。

 あの後、二人は街まで帰ってきていた。


 コ、コホン


「キャ、キャアアア」

 ルリがわざとらしく転んだ。

 フローレスとの特訓の成果もあり、鮮やかな転倒っぷりだ。

 アレクが背中を向けていて見えないのが残念である。


 バッシャアア


 ルリは、アレクの頭からピッチャーの水をぶちまけた。


「ル、ルリさんっ」

 

「ご、ごめんなさああい、私ったらドジで~~」

 ルリが鼻に抜けた甲高い声であやまる。

 

 コツンッ 


 自ら頭にゲンコツを落とす真似すらした。

 うるんだ目でアレクを見つめるルリ。

 上目つかいだ。


「くっ、見事な、”ドジッコメイド”……!!」


「メイド殺法さっぽうその8、”メイド洗濯”っ」

 で、こぼした水も素早く乾かすところも抜け目がない。


「いいっ」

 ――ルリさんのドジッコメイド、すばらしいっ

「しかし……」

 ――次に来るのは……


「アレク、お料理作ってきたの……食べて」

 そっと、アレクの前に料理が置かれた。

 

 ――やはり、外法である、メイド殺法さっぽうその25、”メイドメシマズ奉仕”っ


 ルリほどの上級メイドが創るメシマズ料理だ。

 焦げ付いたり、どす黒いオーラをはなったりはしていない。

 だが見た目は、絶妙に人の心を不安定にする色の組み合わせである。

 赤とオレンジと黄色を、違和感を感じるくらいに微妙に並べてあるというか。

 じわじわとSAN値にくる組み合わせである。


 アレクは、メイド大好き、”メイドゥ―ン”王国に生まれた益荒男ますらお


 ――どのようなご奉仕も受け止める覚悟はあるっ


 震える手でスプーンを取り、名状しがたいスープのようなモノをすくい口に運んだ。


 あまい?からい?すっぱい?にがい?まずい?うまい?


 あらゆる味が舌の上で同時に踊る。


 (ぐっはあ)

 

 表現しづらい味わいだ。

 SAN値をガリガリ削られながらアレクが料理を完食する。

「ご、ごち、ごちそうさまでした」



「アレク……」

 ――アレ(名状しがたいスープのようなモノ)を完食してくれた……!

 ルリは頬を赤く染めて、うっとりとした目でアレクを見つめたのである。



「……あんたたち、どこかよそでやってくれない」

 エリザベスがギルドのカウンターから言った。

 酒場にいた周りの冒険者もうんうんと力強くうなずいた。








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