第30話、メイドリべンジ

「……静かすぎる」

 鳥のさえずりひとつしない。

 森自体が、まるで何かに怯えて息をひそめているようだ。

 昼なお暗い森の中、老猟師がつぶやいた。

 若いころからこの森で猟をしてきた。

 いわば、自分の庭のようなものである。


「なっ」

 (なんだあれはっ)

 声が出そうになった口を手でふさいだ。

 近く木の影に身を隠した。


 ――馬車……か?

 二頭立ての豪華な馬車が深い木々の中をゆっくりと走ってきた。

 

 ――首無し馬車だ


 二頭ならんだ馬の首が透明に透けて見える。

 時々ゆらいで見えなくなった。


 ――妖精騎士だ。


 昔自分の爺様に聞いたことがあった。


 豪華な貴族用の馬車を、周りの木々がぐにゃりと歪んでよけていく。

 通り過ぎると元に戻る。


 ――死を報せると言う


 老漁師は、森の中を進む大きな馬車が通り過ぎるのを、息を殺して待った。



 森の中を、揺れも無く音も無く走る馬車の中だ。

 前の席には首なし騎士。

 後ろの席にはご主人様と小柄なメイド。

 メイドは横になっており、ご主人様の膝に頭を乗せていた。

 眠っているようだ。


「……ゆっくりお休み」

 ご主人様が、愛おし気にメイドの額に掛かる髪をはらう。

 

「ここ数日大変でしたね」

 首なし騎士が言う。

「ああ」 


 暗殺者の襲撃で三人とも死亡。

 小柄なメイドが闇落ちし、メイドヴァ―ヴァンシーへ。

 暗殺者を撃退しスクワイヤゾンビ化。

 村を襲い、ご主人様と護衛騎士を上位アンデッド化。

 紋付メイドとメイドラゴンナイトに襲われ、”メイドレーザー”で撃退。


「こんな小さな体で、よくがんばったよ」

 流石に限界がきたのかレーザーを放った後、意識を失った。


「……侯爵家へ向かうのでいいですね」

「ああ……」


 首なしの馬が引く馬車は、森の中を自分たちの実家である侯爵家に向かって走る。


 

「着きましたね、ご主人様」

 小柄なメイドが言った。

 これから起きる復讐劇を思いクスクスと笑う。

 血塗れのメイド服は新しく着替えていた。

 肌が不自然に白い。 



「…………」

 首の周りに太いベルトを巻いて自分の首を固定した首なし騎士だ。


「まあ、いきなり〇すのは止めようか」

 ご主人様が凄みを聞かせた笑いを浮かべた。


 三人が侯爵家の館に入った。


「な、お前たちは……」

 三人を見た父親が驚きの声を上げる。


「なんだお前ら、誰が帰ってきていいって言ったんだあ」

 義理の弟が顔を歪めながら言う。

「ふふん、もうここにあなたたちの居場所は無くてよ」

 義母が睨みつけながら言う。


「お前たち何故生きている……」

 父親が小さな声で言う。


「へへっ、いつもみたいに這いつくばれよっ」

 義弟がご主人様に殴り掛かる。


 ブワッ


 突然ご主人様の周りに黒いもやが立ち込めた。


「ヒッ、ヒイイイイイイ」


 黒いもやの中には無数の白い髑髏(どくろ)が浮かび上がる。

 義弟が腰を抜かして倒れ込んだ。


「お、お前たちは殺したはずだっ」


「ええ、死にましたよ」

 ご主人様が肩をすくめる。

「でも、地獄の底から帰ってきましたよ」

 クスクス

 メイドがうつむいて笑う。

「ふんっ」

 首なし騎士が自分の首を脇の下に抱えた。


「あ、あなた、殺したのっ」

「くびっ、くびがっ」

「ゆ、許してくれえ」

 父親が地面い顔をこすりつけて叫ぶ。



「イイイいいヤややあああアアアア」


 小柄なメイドが泣き叫んだ。

 


「ああ、侯爵家、遠い親戚なんだけどね、私が管理しているよ」


「早くに亡くなった前妻が正統な侯爵家の後継者でね」


「入り婿とその後妻と義弟が家を乗っ取ろうとしたらしいね」


「いやあなんか、髪を真っ白にした入り婿と後妻と義弟が騎士団に自首したみたいだよ」


「え、ああ、入り婿と義弟は厳しい鉱山で強制労働させられてるよ」


「義母はどっかの娼館で見たとか見ないとか」


「え、後継者とメイドと護衛騎士?」


「ん~、噂ではこの館で姿を見たとか、でも今は行方不明だよ」


「ヴァ―ヴァンシーに首なし騎士?」


「いやあ、見てないなあ」


「ああ、三人を見かけたらギルドに報告するよ」


 ルリとアレクは、侯爵家を調べに来ていた。


 

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