第6話 音の癒し手との出会い

 診療所の午後、30代の女性、泉美(いずみ)が診察室を訪れた。彼女は数か月前から耳鳴りに悩まされており、どんな治療を試しても改善しないという。


 「夜も眠れなくて、ずっと『キーン』という音が頭の中で響いているんです。もう気が狂いそう……。」


 泉美の顔は疲れ切っていた。彼女は仕事も家事もこなす中で、心の余裕を失っているようだった。


 マナミは泉美の話を聞き、耳鳴りに隠された「病気の声」を探ることにした。




 診察台に座った泉美にそっと手を置き、マナミは目を閉じた。耳鳴りの病気の声を聞こうとするが、今回はいつもと違った感覚があった。


 「……何も聞こえない?」


 耳鳴りの語りは、ただ「静寂」を求めるような感覚をマナミに伝えてきた。それは泉美が長らく向き合ってこなかった心の奥底の孤独や、不安の中に潜む「静けさ」への恐れだった。


 「泉美さん、耳鳴りが伝えたいのは、静寂に耳を傾けてほしいということかもしれません。」


 だが、その言葉だけでは泉美の不安を解消することはできなかった。彼女は眉をひそめたままだった。




 診療後、マナミは解決の糸口を探るべく、図書館で関連資料を調べていた。すると、棚の向こうから心地よい音色が聞こえてきた。それはクリスタルボウルが奏でる響きだった。


 「この音、癒される……。」


 マナミが音の方向へ進むと、そこには一人の青年がいた。長い髪を後ろで束ね、優しい目をした彼は、クリスタルボウルを優しく叩いていた。


 「こんにちは。気に入ったなら、もっと近くで聴いてみて。」


 彼はリオと名乗る音楽療法士だった。音を使った癒しの力を研究し、病院や施設で音楽療法を提供しているという。




 リオと話す中で、マナミは音が心と体に与える影響について深い興味を抱いた。彼は言った。


 「音はただ聞くだけじゃなくて、感じるものなんだ。心地よい音を聴くと、体の緊張がほぐれて心も安らぐ。特に耳鳴りのような症状には、静けさと音のバランスが大事なんだよ。」


 マナミはリオの提案で、リオが行う音楽療法のセッションに参加することになった。




 リオのセッションでは、クリスタルボウルや風鈴、シンギングボウルなど、多彩な音色が部屋に響いていた。音が空間を満たす中、マナミは深いリラックスを感じた。


 そのとき、リオが泉美の耳鳴りについてアドバイスをくれた。


 「耳鳴りの原因がストレスや過去の感情に関係している場合、音楽を使ってその感情を和らげることができるよ。静寂を怖がるのではなく、音の中にある静けさを感じてみるといい。」


 マナミはリオの言葉に深く感銘を受け、彼と協力して泉美に音楽療法を取り入れることにした。




 次の診察で、マナミは泉美にリオの音楽療法を提案した。


 「泉美さん、耳鳴りの音を消そうとするのではなく、音の中にある静けさを探すことを試してみませんか?リオさんという音楽療法士のセッションを一緒に受けてみましょう。」


 泉美は半信半疑だったが、マナミの真剣な眼差しに押され、挑戦してみることにした。




 セッションの中で、泉美はクリスタルボウルの響きに身を委ねた。当初は耳鳴りの音が気になって仕方がなかったが、徐々にその音が他の音に溶け込み、消えていく感覚を味わった。


 「こんなに静かだなんて……。」


 彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。それは、耳鳴りが伝えてきた「静寂に耳を澄ませる」メッセージを受け入れた瞬間だった。




 マナミは音楽療法を自身の医術に取り入れることを決意した。音と語り部の力を組み合わせることで、患者に新たな癒しを提供できる可能性を感じたのだ。


 リオとの協力関係は続き、彼女の診療所では音楽の力が新たな柱となった。泉美もまた、音楽を通じて心と体の調和を取り戻し、耳鳴りに悩まされることが少なくなった。




 音が生む静けさは、心の奥底にある不安や恐れを和らげる力を持っている。マナミは「語り部の医術」に音楽療法を加え、新たな一歩を踏み出した。患者たちとの対話はさらに深まり、診療所には新しい希望が満ちていくのだった。

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