5日目 第15話 帰路の報告

 寮の玄関をくぐると、目の前に広がるのは、白い壁に囲まれた静かな廊下だった。花音は深く息を吸い込んで、普段通りの落ち着いた表情を作ろうとするが、どこか心の中でわずかな興奮と、母との再会の余韻が残っていた。


 「じゃあ、千春さんに報告してから部屋に戻ろうか。」


 綾香が小さな声で言いながら、花音の隣を歩く。二人は無言でしばらく廊下を進み、すぐに千春がいる寮母室前に到着した。花音がノックをすると、優しい声で「どうぞ」と返事が聞こえてきた。


 「失礼します。」


 ドアを開けると、千春がデスクで書類を整理していた。気づいた千春が顔を上げ、にこやかな笑顔を見せる。


 「お帰りなさい、二人とも。どうだった?」


 「ただいま帰りました、千春さん。」


 綾香が先に挨拶を交わし、花音も軽く頭を下げる。


 「いろいろありましたよ。」


 花音は少し照れくさく言いながら、まずは携帯の話を切り出した。


 「携帯、無事に見つかりました。」


 「本当!? よかった、無事で。」


 千春の表情が一気に明るくなった。


 「はい。ブライダルショップの試着室に落ちていて。……でも、その後ちょっと大変なことがあって。」


 花音は少し間を置いて、次の話題に移る。綾香はそれに合わせて、やや苦笑いを浮かべながら話を補足する。


 「実は、私たち、街でちょっとナンパされそうになって……」


 「えっ、ナンパ!? それはまた大変だったね。」


 千春が目を見開いて驚くと、花音と綾香は少し照れながらも続ける。


 「でも、無事に逃げられました。」


 「よかった。でも、どんなふうに逃げたの?」


 千春さんが笑いながら尋ねると、花音は少し困ったように顔をしかめる。


 「……うーん、なんとかうまく誤魔化して。」


 「まあ、そうよね、でも、怖かったでしょう?」


 「ちょっと怖かったですけど、綾香先輩がうまく対応してくれて。」


 「その後、ちょっと足を痛めてしまって。」


 綾香が軽く顔をしかめる。千春が心配そうに綾香を見つめる。


 「足、どうして?」


 「走ったりしたときにちょっと無理をしちゃって。でも、大丈夫です。」


 「よかった。お大事にね。」


 千春さんは綾香の足を心配そうに見守りながら、それでも優しく微笑んだ。次に、花音がモールでの出来事を続ける。


 「それから、ずぶ濡れになっちゃって、ショッピングモールで着替えることになって……」


 「えっ、そんなに?」


 「はい。雨がひどくて。」


 「本当に大変だったのね。」


 「でも、着替えもできたし、無事に帰ってこれました。」


 花音は少し安堵したように肩の力を抜いた。続いて、花音は母・美咲との再会を話す。


 「それと、偶然、母に会ってしまって……送ってもらいました。」


 「へえ、それはびっくりしたわね。お母さん、元気だった?」


 「はい、元気そうでした。」


 「そう。……でも、美咲さんもこちらに寄ってくれればよかったのにね。せっかく会えたのに。」


 千春は少し残念そうに言いながら、花音と綾香を見つめた。


 「そうですね……でも、今日は忙しいみたいだったので、また今度、って感じで。」


 「そうね、また今度、ね。」


 千春は微笑みながら、ちょっとしたため息をつくと、立ち上がって二人に向かって言った。


 「でも、無事に帰ってきたことが一番大事だわ。お疲れ様でした。」


 「はい、ありがとうございます。」


 花音と綾香は揃って礼を言うと、千春の元を離れ、部屋に戻る準備を整えた。千春も二人の後ろ姿を見送りながら、どこか満足そうな表情を浮かべていた。


 「それじゃあ、今晩は二人ともゆっくり休んで。」


 「ありがとうございます。」


 二人は軽く手を振りながら、寮母室を後にした。廊下の奥へと進むと、もう一度、花音は深呼吸をした。


 「やっと、これで一段落だね。」


 「うん、でも今日は色んなことがあったから、ちょっと疲れた。」


 「ほんと、いっぱいあったなぁ。」


 お互いに軽く笑いながら、二人は自分たちの部屋に向かって歩き出した。

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