5日目 第14話 寄り添う時間
車が信号待ちで止まると、美咲はちらりとルームミラーを覗き、花音の顔をもう一度ゆっくりと眺めた。
「でも……ほんとに似合ってるわよ、その格好。」
花音は一瞬きょとんとし、それからわずかに顔をしかめた。
「……からかってる?」
「ううん、本気よ?」
美咲はくすっと笑った。
「最初、遠目に見たときは“どこのお嬢さんかしら”って思ったくらい。まさかあれが自分の息子だとは、正直気づかなかったわ。ねえ綾香さん、本当の女の子みたいでしょう?」
綾香は横で笑いながらうなずいた。
「はい、私も初日から驚かされっぱなしで。でも、今はもう“花音”っていう感じしかしないかもです。」
「そうそう、その“花音”って感じがね……なんていうのかしら、ちょっと儚げで、でも芯がしっかりしてて、可憐な雰囲気。私の学生時代の後輩にも、そういう子がいたのよねぇ。男子からモテモテで、女子からも人気あって……」
「……やめてよ、そういうの。」
花音は思わず口を尖らせ、顔をそむけたが、耳までほんのり赤く染まっているのを美咲は見逃さなかった。
「ふふ、ごめんなさい。でも、母としてはちょっと誇らしいのよ?」
「……意味わかんないし。」
花音がぼそりと呟くと、美咲はまたおかしそうに笑った。
「でもさっきね、綾香さんと腕組んで歩いてたでしょ?」
その言葉に、花音と綾香が同時に固まる。
「ちょっと……仲、良さそうだったから、つい気になっちゃって。」
「えっ、それは……!」
花音が口ごもる中、綾香が先に声をあげた。
「花音が寒いって言うから、少しでも暖かくなればと思って……」
「あら、優しいのね。しかも自然にそういうことができちゃうあたり、もう立派な彼氏……じゃなくて、彼女?」
「ち、ちがいますよっ!」
花音が思わず抗議の声を上げると、美咲はお腹を抱えるように笑った。
「冗談よ、冗談。でも、あんな自然に寄り添ってる姿を見ると、親としては気になるものなのよ。ねえ、綾香さん?」
「はい……あはは……すみません、ちょっと調子に乗っちゃったかもです。」
綾香も照れたように笑い、ハンドバッグの紐を指先で弄ぶ。
「でも、正直……今日一日、一緒にいてすごく楽しかったんです。花音と外に出かけるのって初めてだったんですけど、プリクラも撮れたし、雨の中の寄り道も含めて、すごく思い出に残る日になりました。」
「へえ、プリクラまで撮ったの?」
美咲の目がぱちりと見開かれる。
「見せてもらえないかしら?」
「えっ……いや、それは……」
花音が慌てて目をそらす。
「うーん、じゃあ今度、こっそり送ってもらおうかしら、綾香さんから。」
「うふふ、機会があればぜひ……。」
二人のやり取りに、花音はますます赤くなりながら、窓の外へ視線を逃がした。雨はまだ静かに降り続いていたが、不思議と心は穏やかだった。
やがて、寮の前に車が滑り込む。車内の空気が一瞬名残惜しいものになる。
「じゃあ、着いたわよ。」
美咲が静かに言い、エンジンを止める。車内に流れる雨音が少しだけ大きく感じられた。
「……今日は、本当に偶然だったけど、会えてよかったわ。花音も元気そうで、安心した。」
「うん……ありがとう。」
花音は控えめに答える。
美咲は最後にもう一度だけ、ミラー越しに微笑みながら言った。
「じゃ、またね。その時には、あなたがどんなふうに成長しているのか、とても楽しみだわ。」
その言葉に、花音は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。言葉には出せなかったが、心の中で小さく「うん」と呟いた。
二人が車を降り、雨の中に出ていくのを見送りながら、美咲はしばらく静かにその背中を見つめていた。雨粒に濡れながらも、まるで花のように並んで歩く姿が、なんとも微笑ましく、美しく映っていた――。
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