第14話

 三階の建ての小さな雑居ビル、三十年以上は経っており、それらしい経年劣化は見て取れる。薄い黄土色おうどいろの壁には雨水を流すパイプがついていて、日の当たりのせいかパイプも壁と似たような色で、壁に合わせてペンキでも塗ったかのようだった(ただの劣化である)。


 それらしい看板もなく、二階から上はブラインドが掛かっていて、一見ではお店とは思えない雑居ビルであった。マルガレーテは何も言うことなく、咲綺の後ろにいた。咲綺は一階のドアを開けてひと声掛けると、明るいレッドオレンジ色をした前髪ぱっつんでサングラスを頭の上に掛けた女性が出てきた。


「来たね咲綺ちゃん、おっサングラス似合って――ん、その子は?」

「ああ……いまちょっと家で居候している親戚で、なんというか――ついてきちゃって」

「へえ、モデルみたいな子。背も高くて細いし、いろいろ着せたら楽しそう――いや、オンライン販売のモデルにして……」マルガレーテをじろじろと見た。

若狭わかささん! そんなことより、入荷したスカート見せてください」

「オッケー、オッケー、二階に行こうか」


 片手に持っていた鍵を使って閉まっていた外のシャッターを開けた。開けた先には階段があり、二階、三階へと繋がっていてる。若狭を先頭に咲綺、マルガレーテと続きながら階段を上がっていき、二階の部屋に入った(階段は体を横にしなければすれ違えないぐらいの狭さ)。


 電気を付けると蛍光灯が光って、若狭はブラインドを上げながら部屋に明かりを伸ばしていった。狭い階段を上がってきたせいか、妙に広く感じる白基調の部屋には服がラックに掛かり、バッグやシューズも置かれていてブラインドが上がってるなか咲綺は軽く服に目を通していた。


 マルガレーテが咲綺に尋ねる「お二人は仲いいのですね」

「だって、近くでこういうブランドの服が置いてあるショップなんてここぐらいだし。だから行けなくなったら困るって言ったの」

「――なるほど」



 ブラインドを上げ終えると、若狭は咲綺に入荷したスカートを渡した。緩んだ表情で咲綺は受け取り試着室に向かって着替え始めた。


「そこの美人さんは咲綺の親戚だっけ? なかなかいいセンスしてる」と若狭。

「マルガレーテと申します。褒めてくれるのはありがたいですが、服は咲綺さんが見繕ってくれたので私のセンスではありません」

「でも、自分で選んだってくらい似合ってる。自分の服ですって着こなすのもセンスのひとつ」


「若狭さんは褒め上手ですね、こんなに素晴らしい店員ならお客も満足でしょう」

 若狭は指をマルガレーテに差して言う「――こう見えてあたし若狭藍わかさあいはこのショップのオーナーで店長だったりする」

「それは失礼しました、あまりの若さについ――」

「若いって言っても二十八、あたしからすればあなたたちが羨ましい」

 マルガレーテが愛想笑いしていると、さっきより少し小さな声で若狭は聞いた。

「――普段は咲綺ちゃん元気してる?」

「はい、ハンバーグを食べながら私の足を踏もうとするぐらいには」

 ラックに掛かった服同士の隙間を調整しながら「なに、笑える」


 ぴたっと手が止まるとマルガレーテの全身を流れるように眺め、ハンガーに掛かる服を取って指を回し、マルガレーテに後ろを向いてと合図をした。若狭に背中を向けながら、マルガレーテは片手を使い長い後ろ髪を前に持っていった。


 独特なショルダーライン(脇から肩にかけて一直線に線が伸び、分離して取り外せるみたいに肩部分が一段上に盛り上がっていた)が特徴的なグレイッシュベージュのテーラードジャケット(ダブルブレスト)を若狭はマルガレーテに着せた。前に持っていった後ろ髪を戻しながら振り返り若狭に姿を見せた。


「やっぱり似合う」若狭は笑みを浮かべた。

 袖を見ながらマルガレーテは言う「上質なウールですね」

「いい感想。秋になったらちょうどいいと思わない?」

「ええ、思いますね――買わせるのですか?」


 その言葉に若狭はゲラゲラと笑う。大きな鏡の前にマルガレーテを押していき、全身を客観的に見せてこう言った。

「咲綺ちゃんはこういう格好の相手が好みなの。君をあまり自分好みにしないようにしてるようだけど……隠し切れてない」マルガレーテの肩に手を回し、思わせぶりな笑みを見せる「少しずつ雰囲気を変えてけば、すぐに振り向くかも」

「私は振り向かせたいなんて思ってませんよ」マルガレーテは鏡を見ていた。

「そうなんだ。新しい恋人かと思ってた――でも、君のおかげで少しは元気になってる感じだから、咲綺ちゃんのこと――よろしくね」


 マルガレーテは彼女に少し目線を向けてると、試着室のドアを開けて咲綺が出てきた――太ももから裾にかけて大胆に横糸だけを残したクラッシュ加工のデニムロングスカートをはいて。

 ホワイトカラーのデニムスカートは左右の脚の位置を中心にしてズタズタに横に切り裂かれおり、糸から糸の間からは生脚とシアーハイソックスが露出していて、スカートの中央には前後スリットが入っていた。咲綺の表情からは抑えきれない笑みが見て取れた。


「どうかな……派手だけど、ソックスとかも上手く合わせれば遊びもできてかわいいと思うけど」

 マルガレーテはじいっと見て「……はあ、それは一般的にかわいいと言いますので――」

 若狭がマルガレーテの肩に回していた手を動かして、口を塞いだ。


「いいねえ、咲綺ちゃん。今日のソックスがよく映える、もしよかったらあそこにあるソックスなんてどう? セールで三〇パーセント引きなんだけど」もう片方の手で商品を差した。


 咲綺が白い大理石調のボックスの上に置かれたソックスを見ながら考え込んでいるなか、マルガレーテは若狭に言った。

「――このお店が上手くやれている理由がわかりましたよ」

「持ちつ持たれつ、ってね」

 咲綺は試着室に戻ろうとする時にマルガレーテを見た「言い忘れてたけど、あなたのそのジャケットとても似合ってる」そう言うと試着室へと入った。

「どう? ジャケット買う?」と若狭。

「――とりあえずは保留でお願いしますかね」とマルガレーテは言った。


 それから咲綺は悩み抜いた結果、デニムロングスカート買うことにした(ソックスもつけて)。大胆にクラッシュ加工の施されたデニムロングスカートはショップではき、ショッパーにはソックスと来る時にはいてきていたショートパンツを入れて、三人は一階の外に立っていた。


「若狭さんありがとうございます。やっぱり買ってよかったー」自分の下半身を見ながら咲綺は言う。

「ならよかった、満足してもらえたようで」

「また、お願いしますね」


 若狭は小さく手を振り、咲綺とマルガレーテはショップを後にした。気に入ったスカートを見ながら、ろくに前を確認せずに歩く咲綺がマルガレーテに聞いた。


「おとなしくしていてありがとうね、若狭さんいい人だったでしょ」

 マルガレーテは間をおいて「――まあそうですね、いい人ではありますね」

「なにそれ、変な言い方」

「人間は興味深いということですよ。私も――まだまだでしたね」

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