第5話
目を開けると窓から映る白々とした景色が
六月のカレンダーを七月に替え、今日は二日か……と思い。部屋を開けリビングを見ると、ソファでマルガレーテがブラケットを掛けられた人形のように眠っていた。魂を感じられない人形のように。
本当に人間じゃないんだろうな、と思いながらも、渇いた喉を潤すために冷蔵庫から飲み物を漁るが母が飲んだのだろうか牛乳は無くなっていた。
冷蔵庫で悩んでいたところ後ろから「咲綺さん、探し物ですか」と声がした。あまりに唐突で咲綺は驚き、背筋がピンと張った。
「な、なに驚かさないでよ」
「失礼。冷蔵庫の前で何をしているのかと思いまして」
「ただ飲み物探してただけ」
「なるほど、なら紅茶なんてどうでしょうか」
昨日のことを思い出し咲綺は嫌な顔をした。
「そんな顔なさらなくても……私、上手ですよ」
「……私への仕返しとか考えてないよね」
「悪魔ですよ。恨みなんて感情は存在しません」とマルガレーテは言い、湯を沸かし始めた。
咲綺は起きたばかりで冴えない頭のなかソファに座りテレビ見ていた。流れる情報は冴えない頭では、ほとんど聞いてないようなものだった。匂いが鼻を通る。流れる情報の中でも意識に訴えかける情報は本能的に反応してしまう。目を移せばそこには朝食と紅茶がダイニングテーブルの上に並んでいた。
「朝食のお時間ですよ」とマルガレーテは咲綺に言った後、寝ている母の部屋に行き朝食ができたことを伝えた。
「マルちゃん凄いじゃない。とても美味しい、毎朝作ってほしいぐらい」
「ご要望とあらば、いつでも作りますよ」
二人が談笑している中、紅茶を飲む。
「美味しい……」咲綺は美味しさに驚いた。香りがしっかりとあり昨日と同じ紅茶とは思えない。
マルガレーテは「お味はいかがですか」と聞いたので咲綺は「良かった」と返した。
時計を見れば学校に行く時間だったので支度を始めた。咲綺は制服に着替え、あご下三センチに伸びる髪の毛先をストレートアイロンで外にハネさせているなか、自室のドアを叩く音と共にマルガレーテが顔を出し、学校に行くのですかと尋ねた。
「そう。わかってると思うけど学校にはついてこないでよね」
「お傍にいたい私の気持ちは……」少し悲しそうな顔をした。
「知らない。だいたい、学校の人間じゃないあなたが入れるわけないでしょ」
「――なるほど……そうですね。今日のところは諦めます」と言い、ドアを閉めた。
今日のところは諦める? と咲綺は不審に思っていた。
明日もまた同じことを聞かれるのかな、と考えながら着替え終わり部屋を出た。
「ママ、学校行ってくるね」
「行ってらっしゃい。お昼代そこに置いてあるから」
咲綺は感謝しつつ、お昼代を受け取り玄関を出ようとするとマルガレーテが後ろに立っていた。
「絶対についてこないでよ……」
「わかっていますよ。見送りにきただけですから」
「それならいいけど、行ってきます」
「行ってらっしゃい。咲綺さん」
そう掛け合い玄関の扉を閉じた後、咲綺はカギ閉めといてねと声を出し、はいとマルガレーテが答え。錠前の音がした。
学校に着き咲綺は自身の席に座り、整理していると。
「さっきー、十日ぶりじゃーん」と横から咲綺より七センチ低い体がしがみついてきた。鎖骨よりわずかに下に伸びた髪が揺れた。
「
「だってー。嬉しくてつい――」
「メッセージでやり取りしてたでしょ」
「リアルとネットは違うの、触れて感じることが大事なんだから」そう言いながら莉穂は咲綺に強くしがみつき「……大事な友達なんだから」
その言葉を聞いて咲綺は押すのを止め、そうだねと言いそのまましがみつかれた。
その日の学校での出来事は、毎日のリプライズ。十日間休んでたせいで少し大変なだけ、人生の円盤がクルクルと回るように時計もクルクルと回る。はぁと言う疲れの吐息と、はぁと言う相槌の吐息をコツコツと積み上げ、課題をコツコツと積み減らしていった。莉穂が「大丈夫?」と聞いたので咲綺は「大丈夫!」と答えた。今日の授業が終わり学校中がワイワイと騒がしくなるなか、咲綺は莉穂と共に廊下をワイワイ話しながら下駄箱に向かった。下駄箱で莉穂とアレコレ話していたら、莉穂の彼氏がやってきて莉穂とアレコレ話した後、咲綺はひとりで帰ることになり、咲綺はひとりで帰った。
帰り道を歩いていると、池の水が落ちかけてる太陽の光に照らされ、銀紙のようにゆらゆらと動く。揺れる銀紙の中にはミズアオイの葉が鈍く光っていた。
ただいまと咲綺は言いながら玄関の扉を開けた。奥からはおかえりなさい、といつもだったら聞こえない言葉が返ってきた。奥から何やら料理をしているのか匂いがする。
「何か作ってるの?」
「えぇ、夕食をお母様に任されましたので」何やらエビやら挽いた肉で咲綺には到底思いつかない物を作っていた。
「何か飲みますか?」とマルガレーテ。
「牛乳」
「わかりました」
咲綺は自室に入り着替えた。マルガレーテが居る生活は不安ではあったが、過ごしてみると意外にいいかもしれない。少し明るい気分になり部屋を出た。
「咲綺さん、牛乳テーブルに置いときましたよ」ダイニングテーブルに牛乳が入ったコップが置かれていた。ありがとうと言い牛乳を飲んだ。夕食にはまだ時間が掛かるらしいので、咲綺は自室に戻り勉強をやった。
母が帰ってきて、三人で夕食を食べた。マルガレーテが作ってたのはボロネーゼと……トマト・オー・クルヴェットと言うらしい(くり抜いたトマトにエビが入っている)。いつもとは違う食事は新鮮さを与えた。母はマルガレーテを褒め、咲綺は美味しいと言い、マルガレーテは
ソファに座り咲綺はマルガレーテとテレビで映画を見ていた。
「この上司が悪魔ですか? 人間は悪魔を何だと思ってるんですかね」マルガレーテは白髪の女性上司キャラクターを指した。
「一応映画のタイトルには『悪魔』とはついてるけど、本当に悪魔じゃなくて『悪魔のような』みたいな意味で――」
「咲綺さん、私だってそれぐらいわかってますよ。言いたいのは悪魔はもっと優しいという事です」珍しくマルガレーテは興奮気味だった。
「優しいは天使じゃないの?」
「天使を優しいと思うのは、天使を知らないだけです。天使の方が厳しいですよ」
「会ったことあるの?」
「勿論、ありますよ。この上司のように――」マルガレーテが語りだしたタイミングでスマホの通知がなった。咲綺はスマホを見ると莉穂からのメッセージだった。
「さっきー明日学校来る時気をつけて」
「なんで」
「きょうの午前中に聖トーコーロザワ女学院の子が身ぐるみはがされたらしい」
「怖い……」
「なんかね女の人に襲われたらしい、制服盗られたって」
「変な人もいるんだね」
「さっきーも変な人がいたらすぐに逃げてね」
「ありがとう。明日また学校でね」
「そうだね、また明日!」
メッセージをやり取りする集中が切れた時、耳にマルガレーテの声が入ってきた。
「咲綺さん聞いてましたか」笑顔でこちら見ていた。
「――ごめん。聞いてなかった」
マルガレーテはテレビと向き合い、まぁいいですけどと言い映画の視聴を続けた。咲綺は時間を確認しソファを立つ。
「私もう寝るね」
「もうお休みになられるのですね。映画は見ないんですか」
「その映画何回か見てるから大丈夫」それと、と咲綺は付け加え「天使に見える人も見方を変えれば悪魔にだって見えるんじゃない。その逆も。客観的に見ればあなたは天使みたいにも見える。私からすれば悪魔だけど」
「そういうものなんですね」とマルガレーテ。
咲綺は自室に入りベッドに寝転んだ。リビングから映画の音が聞こえる中で眠りについた。
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