30 白衣とキジトラ


「さて……」


 白い家の玄関前に立った師匠は、木製の扉へ向け、手の甲でノックを二回打ちます。


「アーフル! シャラ! いるかしら?」


 おそらくそれが、この白い家の住民の名前なのでしょう。

 ずいぶんと張られた師匠の声で、中の方からバタバタとせわしく足音が近づいてくるのが聞こえます。


「ようこそ我らが素晴らしき友よ!」


 直後、扉は勢い良く開け放たれ、中から両手を大きく広げた白衣の男性が姿を現しました。

 身長は高め、髪は長めの癖っぽいブラウンで、顔に身に付けられているのは丸くて透明なアクセサリー。おそらく、眼鏡というものでしょうか。

 右手には陶器の瓶が強く握られ、中から薄緑の液体が飛び跳ねてまた瓶の中へ戻っていきました。


「もー、いんちょー。わざわざ飛び出さなくても私がいきますっていってんのにー」


 続いて姿を現したのは、黒とブラウンの混じったふわふわな髪質の女性。

 身長は白衣の男性よりも小さいですが、女性にしては長身であるように思えます。服装はごく一般的なものですが、注目するべきはその頭です。


「獣人さん?」

「お? そうだよ。見るのは初めて?」


 特徴的な髪色をしている女性の頭上には、これまたふわふわとした毛質の獣耳が、ピンと二本立っていました。

 おそらくは、私と同じ獣人の方。そう思って声に出すと、肯定の言葉と共に、彼女の腰からひょっこりと尻尾が顔を出します。


「私はシャラ。キジトラのシャラとは私のことさ」

「そんなに有名じゃないでしょあなた」


 二つ名の響きに感銘を受けそうになった直後から、横にいた師匠からツッコミが響きました。

 キジトラのシャラさんは頭に手を当てながら「バレたか」といった様子でウインク。

 なんというか、お茶目な人であるようです。


 さておき、この人がシャラさんということは、もう一人の白衣の男性がアーフルさんという方なのでしょう。

 登場が衝撃的だっただけに、今こうして黙って待ってくれているのは少しだけ不気味ですが……見てみれば彼は、真顔で固まっているようです。

 眼鏡の下の黒い瞳が、繰り返しパチパチと瞬きをしていました。


「それで、今日は何の用かな?」

「ああ、そうでした。師匠」


 そういえば、私たちはまだ彼らに要件を伝えていませんでした。

 そう思って、私が師匠に目を向けると、彼女は少しハハハと笑って、真面目な顔立ちに戻ります。


「今日はね、例の子に推薦状を書いてほしいの」

「例の子?」

「ほら、あのカニを倒した二人の話。ここにいる二人がそうよ?」


 あのカニ。というと、浜辺で戦った白い甲殻の魔物のことでしょうか。

 すっかり置いてけぼりになっていた男の子と私は顔を見合わせ、パチりと瞬きを交わします。

 急に話を振られたような感覚になって、私たちはアーフルさんの方を見ます。


 瞬間、アーフルさんの眼鏡がキラりと瞬いたような気がしました。


「君たちがそうだったのか!!」

「えっ」「えっ」


 突如として師匠の横を通り過ぎ、私たちの目の前に詰め寄るアーフルさん。

 彼はまず男の子の方へ行ったかと思うと、その両手を強く握ってぶんぶんと振り、早口で感謝の言葉を述べ始めました。


「君があの魔物、ああ私はクラグクラブと名付けたのだけれど、ヤツを仕留めてくれたという子だね? あの断面はなかなかに鮮やかだった。大きなヒビも一か所にとどめてくれたおかげでなかなか解剖がやりやすくて助かったんだよ、あんな珍しい外骨格を持つ魔物はなかなかいないから私としても研究のし甲斐があるというか」

「え、えーと」


 なんというか、ちょっとすごすぎる迫力です。

 言葉の切れ目が訪れるたびに強く手を振られる男の子を見ていると、なんだか哀れに思えてきます。

 実際、男の子もどうしていいのかわからないといった様子で私の方へ首を向け、助けて欲しいといったようにこちらを見つめてきています。


「あのー」

「そして君!」

「はっ、はい」


 男の子へ向け、私がどうにか助け舟を出そうとした直後、アーフルさんの首が勢いよくこちらを向きました。標的が変更されたような感覚を受けたところで、実際にその通りになります。


「君が噂の冒険者、名前をカヤちゃんと言っただろう?」


 そうして彼はさんは勢いよく詰め寄り、私の両目を見据えて立ちました。


「最近はずっと、君と話がしたいと思っていたんだ」

「私と、お話ですか?」


 どういうことでしょうか。

 私は全く名が売れていないはずですし、誰かに興味を持たれるような生活もしていなかったはずなのに。


「ああ、私の依頼を受けてくれたのは、きっと君だったんだろう?」

「……ああ!」


 その言葉で、私はようやく思い当たりました。

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