12 冒険者さんと商人さん
「おお、戻ってきたか!」
しばらく歩くと、道の傍で焚き火をしている数人の人影が見えました。
そう言って立ち上がったのは、少しふくよかな体型をした、若そうな男性でした。
冒険者らしい服装はしていませんし、この人が例の依頼主さんでしょうか。
「む、その子は?」
「商人さん、この人も冒険者だ。治癒魔法を使えるらしいから、連れて来た」
「馬が怪我をしたと聞いたので。早速ですけど、見せてもらえませんか?」
「……そうか」
商人さんと呼ばれた男性は、少しだけ疑うような視線を向けてきましたが、その後は特に何も言う事は無く、私を馬の方に案内してくれました
私は動物の身体に詳しいわけではありませんが、地面に座り込んだ馬の表情は苦し気というわけでもなさそうです。
私が近づいて、怖がるような様子もありません。
私は心の中で、これなら治せそうだと安心して、馬の脚の一本に手を当てました。
「自然に漂う無垢なる魔力よ。彼の者に同化し、傷を癒せ――ナルリア」
馬の脚を覆う、微かな光。
折れた杖を人前に出すわけにもいかないので、素手のまま魔法を使います。
いつもより集中力は必要ですが、これでも十分効果はあるはずです。
私は他の三本の脚にも治癒魔法をかけてから、立ち上がります。
「念のため、全ての脚に治癒魔法はかけましたが、元々そこまで大きい怪我でもなさそうです。もしかしたら、単純に疲れてしまっただけかもしれないので、念のため、一晩安静にさせてから出発してあげてください」
私は振り返ってそういいますが、商人さんの返事はなく、表情は少し不満気です。
「な?言っただろ、馬を休ませた方がいいって」
何か機嫌を損ねる事をしてしまったでしょうか。
そんな考えが浮かぶ前に、つば広帽の冒険者さんが商人さんに声を掛けました。
ですが、その声で商人さんはさらに不満気になります。
「いやしかしな、こいつは魔法を使うというのに杖は取り出さないし、治癒魔法をちゃんとかけたのかも怪しい。馬の様子だってさっきと」
「おい」
商人さんの言葉を遮るように、今度はつば広帽の男性が不満気な声を上げました。
「あんた、いくらなんでも助けてくれた人にこいつはねぇだろ。俺達には金払ってるからいいとしても、この人は頼まれてやってくれたんだぞ? 商人なら最低限の礼儀くらいは持てよ」
つば広帽の男性が言葉を続けるにつれて、商人さんの表情はますます不満そうになっていきましたが、最後の「商人なら」という言葉で、突然、ハッとしたような表情に変わりました。
「いや……済まなかった。少し気になってしまってな……馬を診てくれたこと、感謝する」
「えっと……どういたしまして。杖を使わなかったのは、ちょっと今持ってなかっただけです。ごめんなさい」
折れた杖を人に見せるよりは素手の方がいいかと思いましたが、たしかに少し不可解だったかもしれません。魔法の使い方を間違えないとも限らなかったですし、反省するべきでしょう。
「持ってない? 魔法使いなのに、杖を持ち歩いてないのか?」
「いえ、普段は持ち歩いてるんですけど…………直近の依頼で折ってしまって、実は今、こんな状態なんです」
少し悩んでしまいましたが、私は正直にカバンから折れた杖を取り出します。
「あーなるほど、それはしょうがないな」
つば広帽の冒険者さんがそう言って目線を送ると、商人さんも頷きました。
納得してもらえたということは、案外よくあることなのでしょうか。
それならまあ、買い替えることになるのも、自然な流れではありますね……
「なああんた、せっかくだし商品を見せてやったらどうだ? 確か杖もあっただろ」
「うっ……まあ、どうせ一晩は暇だからな……」
「えっ、杖が商品なんですか?」
随分タイミングのいい言葉が聞こえて、思わず声を上げてしまいます。
行商人が積んでいる商品にしても、杖なんて珍しいと思いますが……
見世物用の杖とか、そういったものでしょうか?
「ああ、遺跡のあたりから来たからな、武具もいくつか運んでるんだ」
「ほう」
「って言っても、大体は中古品だけどな」
流石に、武具といっても他の冒険者さん達のお下がりのようです。
ですが、商品として運んでいるということは、それなりに使えはするのでしょう。
案外、安くていいものもあるかもしれません。
「ほら、この辺りが魔法使い用の杖だ」
いつの間にか戻ってきていた商人さんが、大きな布巻きを地面に広げます。
冒険者さんが持つ松明に照らされて、その中身が明らかになりました。
魔物の角らしきものや、小さな宝石や金属が付いた、十本ほどの杖。
私は鑑定ができるわけではありませんが、どれもそれなりに良い物のように見えます。
「ん……?」
ただ、一つだけ。
そんな中でも、一つだけ、特別目に付く杖がありました。
「金属製の杖ですか……」
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