9 霧の晴れた砂浜で


「ここですね。間違いありません」


 もうすっかり霧が晴れ、少し薄暗くなった砂浜に立つ、布の巻かれた一本の流木。

 浜辺に着いたときに立てた、目印です。

 私は立ち止まり、後ろを振り返ります。


「こんな時間になっちゃいましたけど、改めて。手伝ってくれてありがとうございます。助かりました」


 私の後ろには、荷車を引く男の子の姿。

 声をかけると、彼は少しだけ口角を上げて、私に微笑みました。


「助けられたのは俺の方だ」


 男の子はそう言って荷車から手を離します。

 荷車の上には、多数の漂流物の他に、流れ着いた小舟や、先程倒した魔物も載っていました。


「私だって、あなたに助けられましたから。その魔物を倒せたのだって、あなたのおかげです」


 実際のところ、この人が居なければ、私は魔物にやられていたでしょう。

 魔物を倒したあの剣だって、私には扱える気がしません。


「俺が居なければ、危険な目にあうこともなかったはずだ」


 男の子は少し申し訳無さそうにそう言いますが、それは違うと言うものです。


「私はしばらく浜辺を進むつもりでしたから、あなたが居なくても、魔物には遭遇していましたよ。むしろ、あなたが居たおかげで、助かったんです」


 それは、お世辞でもなんでもない、私の本心です。

 私一人では、あの魔物を倒す事は出来ませんでした。

 魔物の動きは素早かったので、逃げることも難しかったはずです。

 彼も分かってくれたようで、私の言葉を聞き終えると、再び口元に小さな笑みを浮かべました。

 しかし、少しすると、何かを思い出したように、男の子は考え始めます。


「……ところで、怪我は大丈夫なのか?」


 少しの沈黙の後、男の子はそう言いました。

 どうやら、私の怪我のことを思い出し、心配してくれたようです。


「ええ、杖が無くても一応治癒魔法は使えますし、杖自体も魔法を使うのに必要な部分は残ってましたからね」


 そう言って私は、折れて半分になった杖を見せます。

 ツノの付いた頭側半分は残っていますが、石突き側の半分は、完全に無くなってしまっています。

 これでも魔法は使えますが、流石に買い換える必要はありそうです。


 実際のところ、左腕の怪我は軽くありませんでした。

 魔物と戦っている最中もそうでしたが、特に戦いが終わって興奮が冷めた後、激しく痛んでちょっと泣きそうになってしまいました。

 彼が荷車を引いてくれることになったのもそれが関係しているのですが、それはまあ置いておきましょう。

 とにかく、治癒魔法をかけてしばらく経った今では、左腕もすっかり元通りです。


「そうか……それも魔法だったのか」

「まさか、自然に治せると思ってたんですか?」


 意識したわけではないですが、少しからかうような言い方になってしまいました。

 一応、治癒魔法をかける姿は、彼にも見えていたはずですが、単なるおまじないか何かだと思われていたのでしょうか。


「ああ、獣人は生まれつき治癒力が高いと、聞いたことがある気がする」

「あー……なるほど……」


 男の子の言葉で思い出します。

 そういえば、彼には私の耳を見られていました。

 今はまた帽子を被っていますが、見られてしまったことには変わりありません。


「そう言えば、あなたは何故、尻尾が……いや、なんでもない」


 私が黙っていると、彼は話すのをやめてしまいました。

 見ると、男の子は申し訳無さそうな表情をしています。


「ごめんなさい、少し、話しすぎた」

「ああいや、大丈夫ですよ。私は獣人と言っても半分だけですし、私に尻尾が無いのは……気にしないで下さい」

「ああ……」


 男の子は私の返事を聞くと、頷いて、そのまま黙ってしまいました。

 気まずい沈黙が流れます。

 何か話題を出すべきでしょう。


「そうだ、もうすぐ日が暮れますし、私の家に泊まって行きませんか?」


 言うまでも無く、夜は危険です。

 彼も、それは分かっているはず。

 自分から泊めて欲しいとは言い辛いかもしれませんが、私から言い出せば、彼も受け入れやすくなるでしょう。

 申し訳無さそうな表情をしていた男の子ですが、私の言葉を聞くと、再びこちらに小さく微笑みました。


「いや、あなたにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない」


 それでも、返事はそんな言葉でした。

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